小羊の悲鳴は止まない

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「ユリゴコロ」と心に寄り添うもの(ネタバレ考察)

目次




初めに

おはようございます、レクと申します。
今回は沼田まほかるの同名ミステリー小説の実写化、熊澤尚人監督作「ユリゴコロ」について語っています。

ちなみに原作小説は未読です。
ネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品紹介


製作年:2017年
製作国:日本
配給:東映、日活
上映時間:128分
映倫区分:PG12



あらすじ

亮介は余命わずかな父の書斎で1冊のノートを見つける。「ユリゴコロ」と書かれたそのノートには、ある殺人者の記憶が綴られていた。その内容が事実か創作か、そして自分の家族とどんな関係があるのか、亮介は様々な疑念を抱きながらも強烈にそのノートに惹きつけられていく。
「人間の死」を心の拠り所にして生きる悲しき殺人者の宿命と葛藤を、過去と現在を交錯させながら描く。
ユリゴコロ : 作品情報 - 映画.comより引用


キャスト

映画『ユリゴコロ』オフィシャルサイトより

謎に包まれた殺人者・美紗子役を吉高、彼女と運命的な出会いをする洋介役を松山ケンイチ、ノートを発見しその秘密に迫る亮介役を松坂桃李がそれぞれ演じる。



予告編




美紗子のユリゴコロ

作中で語られた「ユリゴコロ」とは
『心が安全な場所にある』という安心感。



ここからは美紗子の過去を時系列で見ていきます。



① 幼少期の美紗子は喜びを感じることはなかったが、ある遊びにそれに似た感情を持ち、夢中となる。
それは井戸の蓋に開いた穴に生き物を投げ入れるというもの。
そして、友達(と呼べる関係ではなかった)少女が足を滑らせて池で溺れ死ぬ光景を目の当たりにする。



②中学生時代、妹の帽子を取ろうと排水溝に入る少年を手伝うために重い鉄板を持つ青年を見かけ、手伝うフリをしながら鉄板を叩きつけて少年を殺害する。


③調理の専門学校へと進んだ美紗子はスーパーで万引きしようとするみつ子と出会う。
美紗子はラーメンことジョーに絡まれて二度目の殺人を犯す。



自傷行為を我慢出来ないみつ子を見た美紗子は三度目の殺害、みつ子を殺す。


⑤みつ子というユリゴコロを失くした美紗子は一人暮らしをしながら調理の職に就くが、退職して娼婦の仕事を始める。
調理の元職場の男と偶然出会い、調理場でその男を鉄鍋で殴打、四度目の殺人を犯す。



⑥金の尽きた美紗子は娼婦として洋介という男性と出会う。
妊娠していることがわかり、洋介と結婚。
男の子を出産。


⑦幸せな家庭を築いていた美紗子の前に現れたのは宅配の田中。
佐藤シェフが殺害された日に電話を貰っていたと脅され、ラブホテルへ行くも五度目の殺人の標的となり毒殺される。





幼少期の美紗子は親に買ってもらったミルク人形を逆さにし、肛門からミルクを入れて口から出すというサイコチックな一面を見せてくれます(笑)

井戸に放り込むのはカタツムリやヤモリ、ミミズといった小さな生き物が対象。
子供の頃はまだ善し悪しの判断もままならず、そういった行動に出る無邪気さってのはありますよね。

美紗子の心の中で人の死に対する関心が喜びに近い感覚を覚える。
更にいうなら殺人衝動ユリゴコロを感じるようになったと思われます。

逆さ吊りにしたミルク人形や井戸の穴へと放り込む生き物は溺死する少女のメタファーとして描かれたわけですね。



幼少期に覚えてしまったユリゴコロ(殺人衝動)がついに実行され、美紗子の心を満たしたといったところでしょうか。



みつ子自身、自傷行為ユリゴコロを持っていた?
吉高さんかみトリスハイボールを選ばなかったので残念です(笑)

自傷行為は○○二ーと一緒
はい、名言いただきました!

お互いに切り合うことで混ざり合う二人の血。
美紗子は次第にみつ子でないとユリゴコロを感じなくなります。
二度目の殺害は男嫌いのみつ子を守る為の行為。
その時、自分の名前を「みつ子」と偽ったのも、みつ子にユリゴコロを持っていたから。



みつ子が自傷行為をしなければ人を殺さなくて済む。
みつ子=ユリゴコロが手に入ると思っていた。
結果、自傷行為をしたみつ子を殺すことになりました。



料理する側から料理される側、謂わば肉の解体と同じと語られた娼婦の仕事。

これは男を嫌いになるため。
みつ子になれる=ユリゴコロが手に入る
ということでしょう。

美紗子は結局、殺人でしかユリゴコロを得ることはできないのか?



優しくしてくれる洋介に少しずつユリゴコロを覚える美紗子の心の中ではある考えが巡ります。
「いつ洋介を殺すのだろう」
みつ子同様に洋介も殺してしまうのではないか?と不安が過ぎる。

映画「蛇にピアス」で脱いだのに今作では見せない吉高さん(笑)

出産した男の子が亮介であったわけですが、この時の美紗子は洋介と亮介に他愛ない愛、ユリゴコロを感じています。



美紗子にとってユリゴコロは洋介と亮介に囲まれた幸せな家庭。
それを壊されることを恐れた為に殺人を犯してしまってます。

違和感に気付いた洋介との間に小さなヒビが入るが、今までの美紗子なら洋介を殺していただろう。
しかし、愛情を得た美紗子は殺人を犯すことなく一部始終をノートに書き綴っています。



①~⑦を見ると、当初は人が死ぬことをユリゴコロとしていた美紗子が人の愛に触れ、次第に愛する人へとユリゴコロを持つようになったことがわかります。

本当の意味で美紗子は安心できる場所を見つけたんです。




亮介のユリゴコロ


亮介のユリゴコロは言うまでまもなく愛する人である千絵。
そしてその愛する人と二人で建てた料理店。



千絵の隠していた事実を知り、焦りからくる苛立ちや怒りを露わにする姿や、ムカデを何度も何度も踏みにじる姿は美紗子との親子関係、殺人鬼の血が流れているんだと示唆させるような演出でもあります。


親子の対面で亮介が美紗子に声を荒らげて言った台詞。
「俺にもユリゴコロがあるんだ!」

これは塩見を殺すことで千絵を救い、自分の幸せを、安心できる場所を取り戻すという決意の表れだったのだと思います。


また、間もなく逮捕されるであろう美紗子にあと何日保つかわからない洋介が入院している病院を教えたのも、両親に最後のユリゴコロを与えてあげたということでしょう。
ラストの洋介の家を庭から見るシーンがそれを物語っていますね。



親子を繋ぐもの

自分が最も親子の繋がりを感じたのはオムライスでした。

亮介は父親から教わったと言っていましたが、調理の専門学校を卒業した美紗子が洋介に作ってあげたオムライスだったんですね。
ここ、一番ぐっときたところかもしれません(笑)


親と子の関係は何も血縁だけではない。
それは洋介の亮介に対する愛情からもわかります。
自分の子ではない子供を我が子のように育てたことから明らかです。

そして、殺人鬼の母を殺せなかった亮介には殺人鬼の血が流れていない。
殺人鬼と殺人鬼の息子ではなく、あくまでも純粋に母と子の関係であるということでもあるのではないでしょうか。

美紗子は亮介が愛した人である千絵を救うためにヤクザの事務所に乗り込み、大量殺人を犯しましたが、美紗子は自ら殺人を犯すことで亮介を殺人鬼にしたくなかったんでしょう。
これもまた母親の愛情なのではないでしょうか。


ひっつき虫が意味するもの

ひっつき虫とは?


オナモミ(葈耳、巻耳、学名:Xanthium strumarium)
キク科オナモミ属の一年草。果実に多数の棘(とげ)があるのでよく知られている。また同属のオオオナモミやイガオナモミなども果実が同じような形をしており、一般に混同されている。
Wikipediaより引用


過去編から何度も出てくるひっつき虫


これが意味するものとは一体何なのだろうか?


過去に登場するひっつき虫は恐らく、恐怖や不安の象徴

洋介と初めて夜の営みをするシーンでも無数のひっつき虫が現れます。
これも美紗子が心の中で罪悪感や不安を抱えていたということなのかもしれません。

田中殺害時に現場から見つかったひっつき虫もまた、洋介にバレたくないという思い、家族を守る為に犯した殺人への不安感の表れと考えています。

幼少期の亮介がわざと付けたひっつき虫を美紗子が取り除くシーンがありましたね。
これは亮介にとって不安を取り除く母親の存在が如何に大切なのかを強調するシーンだったのでしょう。


そうです。
恐怖や不安を取り除いてくれる存在=ユリゴコロ
美紗子にとってのユリゴコロはかけがえのない家族なのです。



では現代でのひっつき虫が意味するものは?

ずばり、母親の存在…でしょう。

また、家族を守るために殺人を犯そうとする我が子の姿を過去の自分と重ねたのでしょう。
そんな亮介を守ろうとした母親の愛情でもあります。


いつも心に寄り添うもの。

場合によっては、鉤によって傷つけてしまう。
ヒトや動物にくっつくことで生息地域を広めることができる、いわゆる適応である。

恐怖の象徴がいつしか愛情へと変わる。
まるで美紗子の人生そのもののようではありませんか?
それがひっつき虫の意味するものだと自分は感じました。



終わりに

ユリゴコロ
過去と現代を繋ぐ一冊のノート。
タイトルからは想像出来ないほど衝撃の内容が書かれていました。

この手のミステリーやサスペンス映画はどこか視覚と脚本、演出が感情と結び付かない作品も多い。
所謂、感情移入できないというやつです。
モラルハザードを無意識で回避しようとする本能的なものなのかわかりませんが、単に第三者目線で見てしまうこともしばしば。

今作においては、その第三者目線でありながらもどこか感情に訴えかける内容だったと思います。
何か一部分でも、自分の心を刺激する所があるといった印象を受けました。

それが何かはわかりません。
しかし、これは単なる殺人鬼の記録ではなく、宿命と贖罪、そして家族の在り方を問う話なのです。


最後までお読みくださった方、ありがとうございました。




映画『ユリゴコロ』オフィシャルサイトより