小羊の悲鳴は止まない

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毒を以て毒を制す(「女神の見えざる手」ネタバレ考察)

目次




初めに

おはようございます、レクと申します。
今回は映画「女神の見えざる手」のネタバレ考察になります。

未鑑賞の方はご注意ください。



作品情報


原題:Miss Sloane
製作年:2016年
製作国:フランス、アメリカ
上映時間:132分


あらすじ

天才的な戦略を駆使して政治を影で動かすロビイストの知られざる実態に迫った社会派サスペンス。大手ロビー会社の花形ロビイストとして活躍してきたエリザベス・スローンは、銃の所持を支持する仕事を断り、銃規制派の小さな会社に移籍する。卓越したアイデアと大胆な決断力で難局を乗り越え、勝利を目前にした矢先、彼女の赤裸々なプライベートが露呈してしまう。さらに、予想外の事件によって事態はますます悪化していく。
女神の見えざる手 : 作品情報 - 映画.comより引用

キャスト

ジェシカ・チャステインマーク・ストロング、ググ・バサ=ロー、アリソン・ピル、マイケル・スタールバーグ、ジェイク・レイシー、デヴィッド・ウィルソン・バーンズ、チャック・シャマタ、サム・ウォーターストンジョン・リスゴー


予告編



予備知識として

ストーリー自体は銃規制強化法案の論争になるのですが、会話のスピードと展開が早く、情報量が多くて内容は少々複雑、というか収集するのに疲れます(笑)
なので予備知識はそれなりに必要なのかもしれません。



ロビイストと政治

ロビー活動(ロビーかつどう、lobbying)とは、特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動である。議会の議員、政府の構成員、公務員などが対象となる。ロビー活動を行う私的人物・集団はロビイスト(lobbyist)と称される。
Wikipediaより引用

本作においては銃規制法案を可決させるべく、政治家などに働きかけて、政治的に動かす。

もともとロビー活動という言葉は議員が院外者と控え室(ロビー)で面会することから出来た言葉ですね。

イギリスの弁護士だったジョナサン・ペレラが初めて書いた映画の脚本。
それが本作「女神の見えざる手」です。
着想したのは不正行為で逮捕された男性ロビイストのインタビューからである。
ロビイストの仕事は政治と諜報活動が合わさったものだ。彼らがどうやって影響力を行使するのか。合法ぎりぎりのラインで、どんなストーリーが生まれるのかに興味があふれた』と彼女は語っています。



・銃規制法と米国憲法修正第2条

憲法修正第2条とは

規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。
Wikipediaより引用

銃の保持が安全とされるアメリカ。
裏を返せば銃が使用される犯罪が多いということになる。


銃規制法案の核となるものはバックグラウンド・チェックと呼ばれるものです。
簡単に説明すると、銃の購入者は過去に犯罪歴や精神病歴があるか否かのチェックを義務付ける制度のこと。
つまり、既に登録された銃の保持者には何の制限もない。

たとえこの法案が通ったとしても、犯罪歴や精神病歴のない登録された銃所持者が犯罪を犯さないとも限らない。
逆に銃の保持を許された民間人が犯罪を犯さないとも限らない。

結局は憲法修正第2条の銃を所持する権利を認める法律を改正する他にアメリカの安全を得る手はないのだ。



本作の魅力

正直なところ、日本で平凡に暮らす我々にとっては分からない世界です。
そんな業界の一部をのぞき込めるような、良くも悪くもアメリカの政治の実態が見えてくる。
銃規制法案という物議を醸す題材もまた知らぬ間に惹き込まれた部分だろう。


そして、何と言っても魅力的なのはアンチヒーローとも言えるジェシカ・チャステイン演じるエリザベス・スローン。


では、エリザベス・スローンとはどのような人物なのか?

一言で言うと
目的のためなら手段を選ばないドS。


彼女はただの敏腕ロビイストではない。
部下を道具のように扱い、時には法律違反をも犯す。
それは全て勝利を手にするため。
その勝利に取り憑かれた冷酷で辣腕ロビイストである彼女は敵にも味方にもしたくない人物。

一方で、冷静で仕事のことしか考えない彼女の裏側には常に目的達成のための情熱のようなものを感じる。
時に感情的に見せる姿すらも彼女にとっては策の一つに過ぎない。
そして、キツい不眠剤を飲んでまで眠る時間すら惜しんで仕事をするストイックさ。


彼女にプライベートという言葉は似合わない。
仕事以外の食事は全て中華料理店で同じメニューで済まし、性欲はエスコート・サービスで満たす。
機械的と言ってもいい彼女の生活スタイルは常人には理解し難い部分だろう。
そんな共感できない主人公だからこそ見えてくる彼女の姿。

その上、彼女には好感度という言葉も似合わない。
愛想を振りまくわけでもなければ、女の武器を使うこともない。
作中でもセリフにありましたが、まるで男のように弱みや隙を全く見せない強い女である。

利用できるものは全て利用するミス・スローンの人となり、異常とも言える生き方を映した物語には何か魅力を感じてしまう。


まさしくジェシカ・チャステインが本領発揮した作品と言えますね。
女性の権利や政府に対する講義など力強く訴えるジェシカ・チャステイン自身の精神力や姿勢が演じた役に説得力を含ませる。

また内面の感情が動作で表現しなくても伝わってくる。
彼女の才能は本当に素晴らしいものです。
はまり役なのは誰もが納得せざるを得ないのではないだろうか。



「毒」で正す

ミス・スローンは規定違反の疑いで聴聞会への出席を求められましたが
そこで弁護士から憲法第5条を行使して黙秘することを助言されます。


憲法修正第5条とは

何人も、大陪審の告発または起訴によらなければ、死刑を科せられる罪その他の破廉恥罪につき責を負わされることはない。ただし、陸海軍、または戦時、もしくは公共の危険に際して現に軍務に服している民兵において生じた事件については、この限りではない。
何人も、同一の犯罪について重ねて生命身体の危険にさらされることはない。
何人も、刑事事件において自己に不利な証人となることを強制されることはなく、また法の適正な手続きによらずに、生命、自由または財産を奪われることはない。
何人も、正当な補償なしに、私有財産を公共の用のために徴収されることはない。
Wikipediaより引用

しかし、彼女はこれを放棄して発言します。
何故なら自身のキャリアよりも目的を達成するため。

エリザベス・スローンの目的とは?
意見がぶつかり合ってクビの危機に瀕した彼女はその大企業から小さな会社へ移る。
銃規制法案支持という絶対劣勢の立場である。
仕事に生き、キャリアを積み重ねてきた彼女にとっての目的とは何か?
勝利への執念と劣勢の立場からの逆転劇という刺激。
この新たなる挑戦は彼女にとって最も魅力あるものだったのだろう。

自分の腕に自信がある。
それもあるだろうが、部下だけでなく自分までも犠牲にして勝利を掴み取る執念には驚かされる。



アメリカの政治と現状は?

アメリカ政治は国民が政策の決定に直接関わっていると思われている。
しかし、実際の議員選挙投票率は30%ほど。
つまり、議員は投票者ではなく資金を恵んでくれる人の意見に耳を傾ける傾向があるということ。
つまり、法案の善し悪しではなく、議員存続の為にお金でしか動かないということです。

現実、アメリカで登録された銃の所持者の数は増えている。
NRA(全米ライフル協会)などの力のある団体の影響力が大きい。
大金を投じて銃の所持や販売規制に関する法案を尽く潰されている。



作中でミス・スローンは民主主義の寄生虫と揶揄されてましたが、金でしか動かない議員たちを寄生虫と力強く批判しました。

毒と言っても様々な種類があります。
毒の総称、poisonではなく、この場合は昆虫を含む動物が噛んだり刺したりすることによって注入する毒、venomの方がイメージしやすいかもしれませんね。


油汚れは油で落とすとも言いますが本作は
毒を以て毒を制す。

毒とはミス・スローンの行動のその手段とアメリカの現状であり、またこれらは互いに対となるもの。
そして「女神の見えざる手」とはその毒を盛ること。


毒を盛るのに相手に気付かれてはいけない。
そして相手よりも先に手を打つ必要がある。
つまり見返りや賞賛、仲間、全てを投げ打ってでも優先すべき誰にも理解されない勝利への執念が生んだ行動力。


ロビイストという特殊な職業に就く1人の女性がここまでの影響力を持つことはある種アメリカ政界にとって 毒となる存在なのだ。


終わりに

本作は相手の裏をかく女性ロビイストが主人公の人間ドラマであり社会派サスペンス映画でもある作品です。
ミス・スローンの策略は敵陣営はもちろんのこと、鑑賞者側までも欺く、サスペンスとしても非常に上質なものだと思います。

そして、行き過ぎたロビー活動への警鐘を鳴らす社会風刺な側面もあると思われます。


意志の強い芯のしっかりした女性像を描いた映画
たとえば

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

でのマーガレット・サッチャーにも引けを取らないくらい印象的でした。


法律の改正。
近年、日本でも議論を呼んでいますが「女神の見えざる手」は国境を越えたリアリティのあるものとなっています。
興味のある方はこの機会に是非劇場へ足を運んでみましょう。

上映舘数は少なめですが(笑)



ここまでお読みいただいた方、ありがとうございました。


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