小羊の悲鳴は止まない

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脳内を赤く染める中毒映画(「RAW 少女のめざめ」ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクと申します。
今回はずーーーっと楽しみにしていた映画「RAW 少女のめざめ」について語りたいだけ語っていきます。
こじつけも多く、好き勝手語っていますが、興味ある方はお付き合いください。

この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


原題:Grave
製作年:2016年
製作国:フランス・ベルギー合作
配給:パルコ
上映時間:98分
映倫区分:R15+


解説

2016年・第69回カンヌ国際映画祭で批評家連盟賞を受賞した、フランス人女性監督ジュリア・デュクルノーの長編デビュー作品。厳格なベジタリアンの獣医一家に育った16歳のジュスティーヌは、両親と姉も通った獣医学校に進学する。見知らぬ土地での寮生活に不安な日々を送る中、ジュスティーヌは上級生からの新入生通過儀礼として、生肉を食べることを強要される。学校になじみたいという思いから家族のルールを破り、人生で初めて肉を口にしたジュスティーヌ。その行為により本性があらわになった彼女は次第に変貌を遂げていく。主人公ジュスティーヌ役をデュクルノー監督の短編「Junior」でデビューしたガランス・マリリエールが演じる。
RAW 少女のめざめ : 作品情報 - 映画.comより引用


予告編



人間の三大欲求

人間の三大欲求は睡眠欲食欲性欲と言われています。

この作品の特徴として、その三大欲求が誇大表現されているんですよ。


・睡眠欲

冒頭の新人の洗礼では先輩よりも先に眠ることは許されませんでした。
先輩が窓からマットレスを放り投げたことからも、直接的表現として描かれています。
そしてジュスティーヌは初め、睡魔に負けて眠ってしまうんです。


洗礼の儀式として生のウサギの肝を食べ、少しずつ肉食に芽生えていくのですが、その体と心の葛藤として幾つもの睡眠シーンが導入されています。


初めの異変はアレルギーとして体の表面に現れました。
痒みが睡眠を妨げます。
お医者さんから痒み止めの薬を貰って痒みは収まっていきます。


次の睡眠シーンでも、何者かの妨害により眠れず叫んでしまいます。
これは物理的に妨害されているわけではなく、精神的なものでしょう。

そうして睡眠欲を満たせぬまま、物語の終盤に差し掛かるとその葛藤が無くなるんですよね。
ラストのシーンからもジュスティーヌが熟睡していたことがわかります。
これは精神状態の安定でもあるんです。

両極端な睡眠描写を描くことで、心理描写の移り変わりを誇大表現しているんですよ。




・食欲

次に食欲ですが、これは物語の主軸でもありますね。
ベジタリアンだった彼女が洗礼の儀式により少しずつ肉食に目覚めてしまう。

キャッチコピー
「知ってしまった味一一一。」


初めはベジタリアンであった彼女の気持ちとして肉食に恥じらいすらあって、堂々とハンバーグを食べられませんでした。

夜中に眠れず冷蔵庫の生肉に齧り付く。

肉が食べたいけれど食べられなくて髪の毛を食べて戻す日々。


そんな中で姉の指チョンパ事件が起こり、姉の指をもぐもぐしちゃうんです。
もうジェットコースター並の急加速(笑)

ベジタリアンだった彼女がここまで野菜を食べずに肉ばかり貪り食う誇大表現は恐怖すら覚える


また、初めての肉食からアレルギー反応が出たように、変化には常に恐怖が付き纏うもの。
初めての物を口にする時、興味や好奇心の裏側で不安や恐怖を感じるものです。

しかし、味を知り、味覚が慣れ、そこに満足感を覚えてしまったら歯止めは効きません。
犬のクイックが人肉の味を覚えたとされて安楽死させられたように、危険とも隣合わせ。

歯止めが効かなくなった食欲は暴食へと繋がります。
暴食はキリスト教でも七つの大罪の一つとして挙げられるほど、罪深きことなんです。



・性欲

最後に性欲ですが、食欲と性欲は非常に関係性が強いものなんです。
満腹状態、つまり食欲が満たされた状態では性欲が薄れるらしいです。


ジュスティーヌも肉食に目覚めていくと同時に、性にも目覚めていきます。
16歳、思春期の彼女ですからそれは自然なこと。
しかし、その自然なことが異常だとさえ思えてしまうほど誇大表現で描かれています

一方で、逆から見てみると、異常だと思える人食が自然なことである思春期の悩みと同等に、さも当たり前の悩みのように描かれているんです。
この自然さと異常さのバランスというか、食欲と性欲の関係性の描き方が素晴らしいんですよ!



人肉の味を知ってしまい、食事をろくに取らないジュスティーヌは少しずつ痩せていきます。
姉のワンピースがいいアクセントになってますね。

空腹は性欲を爆発させます。


姉のワンピースを纏い、ヒールを履き、赤いリップを付け、少しずつ大人の女性としても目覚めていくんです。
所謂セックスアピール。


また、睡眠欲で書きましたが、先輩が窓から投げ捨てたマットレスを部屋に持ち込もうとするんですよね。
これもあからさまなセックスアピール。


ルームメイトでゲイのアドリアンを男として認識し、アドリアンと親しくする姉にも嫉妬するようになっていきます。


ジュスティーヌとアドリアンのセックスはまさに獣のようなセックス(笑)

いつ噛み付くのかハラハラするくらい。
自分の腕を噛み、なんとか理性を保ちましたが食欲と性欲が入り交じったことを証明するシーンでもあります。



美徳の不幸

この作品は七つの大罪の要素が散りばめられています。


ヒエロニムス・ボスの『七つの大罪と四終』(Table of the Mortal Sins / The Seven Deadly Sins and the Four Last Things)。1485年

七つの大罪
キリスト教の西方教会、おもにカトリック教会における用語。ラテン語や英語での意味は「七つの死に至る罪」だが、「罪」そのものというよりは、人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すもので、日本のカトリック教会では七つの罪源(ななつのざいげん)と訳している。

七つの大罪は、4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコス(英語: Evagrius Ponticus)の著作に八つの「枢要罪」として現れたのが起源である。キリスト教の正典の聖書の中で七つの大罪について直接に言及されてはいない。八つの枢要罪は厳しさの順序によると「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」である。

6世紀後半には、グレゴリウス1世により、八つから七つに改正され、順序も現在の順序に仕上げられる。その後「虚飾」は「傲慢」へ、「憂鬱」は「怠惰」へとそれぞれ一つの大罪となり、「嫉妬」が追加された。そして七つの大罪は「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」となった。

Wikipediaより引用


ジュスティーヌは肉食に目覚めてから貪るように食らいつく「暴食」とハンバーグを盗む「強欲」の罪を犯す。
そして同時に「色欲(肉欲)」にとらわれ、姉への「嫉妬」心を抱く。

神童と呼ばれ、その「傲慢」からテストでミスをする。
アレックスや母親に対し「憤怒」し、酒に溺れて「怠惰」に至る。



では何故、ここでキリスト教における七つの大罪を挙げたのか。
それは主人公であるジュスティーヌの由来から関連付けています。


ジュスティーヌあるいは美徳の不幸の挿絵

『美徳の不幸』 (Les Infortunes de la Vertu)
サド侯爵 (Marquis de Sade) が1787年に著した小説である。のちに大幅な加筆修正が施され、『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』 (Justine ou les Malheurs de la Vertu) 、さらに『新ジュスティーヌ』 (Nouvelle Justine) として出版された。『悪徳の栄え』と対を成す作品である。

ジュスティーヌという名前の由来はこの「ジュスティーヌあるいは美徳の不幸」

ジュスティーヌは幼い頃、姉と修道院で育てられる。
修道院を出たジュスティーヌは、宗教的美徳に忠実であろうとするばかりに幾度も貶められたり辱められ、ついには罪をも被せられる。
しかし、彼女はそれに対して少しずつ悦びに目覚めていくというもの。

この作品は彼女が辛酸の数々を嘗め、"美徳を守ろうとする者には不幸が、悪徳に身を委ねる者には繁栄が訪れる"という皮肉的主題が描かれています。


宗教的美徳に逆らい、数々の辛酸を嘗め、罪を重ねることにより、自我が芽生える。
まさに本作のジュスティーヌの行動そのものなんですよね。



作中に詰め込まれたメタファー

詰め込まれたメタファーの数々。
全て拾いきれませんでしたが、ひとつずつ見ていきます。


・テストでの間違い
→高校生活で道を踏み外すことの暗示。

神童と呼ばれるほどのジュスティーヌが簡単なミスを犯すことから、たった一つのミスで失敗し、やり直しが効かない人生を表しています。



・猿の話題と四つん這い行進
→人と獣の境界線の曖昧さ。

感情と理性の狭間で葛藤する姿を表現しているのでは?



・アレルギーによる痒み
→生まれ変わり。

肉の味を知ってから、その欲は加速していく。
この変貌は身体の皮膚を剥くシーンで直接的表現がされていましたが、成長や生まれ変わりを意味する"脱皮"ではないでしょうか。



・走る馬の挿画
→肉食に目覚めた欲望の加速を表現。

馬自体は草食動物、つまりこの時点ではジュスティーヌもベジタリアンなわけです。
ここで走らされる馬の描写は物語が加速していく様を表しているのではないかと考えました。



・車のクラッシュシーン
→クラクションは欲への目覚めの警告音。

このシーンは冒頭シーンに繋がります。



・犬の死体の挿画
→獣のようなセックス。

七つの大罪で「嫉妬」は悪魔レヴィアタンを指します。
同時に「嫉妬」は動物では犬が挙げられる。
嫉妬という感情からの脱却、初体験に至るという比喩。



・色彩表現
→性欲と食欲が入り交じる様。

青色のペンキと黄色のペンキが混じり合い緑色となる。

青色は落ち着かせる鎮静のイメージがあります。
食欲を抑える色でもあるんですよね。
黄色は警告色、不安感のイメージがあります。
混ざり合うことで緑色となる。
緑色はリラックスのイメージです。
ジュスティーヌの心理状態の変化を表しています。

鎮静、緊張感からリラックスすることにより緩和され、本能的になってしまって相手の唇を噛み切ってしまったのでしょう。



・シャワーシーン
→感情と理性の切り替え。

シャワーシーンも印象的です。
人食を終えた後、理性を取り戻すルーティンのように見えました。

ただ、このペンキシーンからのシャワーシーンだけは歯に詰まる肉片を再び食べるという感情的な部分が描かれています。



人食へのめざめ
→少女の成長のメタファー。

まとめとして、全体的なメタファーは人食を通じて描く少女の思春期と成長の比喩。



歪んだ愛情

直接的に映せないようなシーンが多少ありました。
姉の指がチョンパされるシーンやキスで唇を噛み切るシーン、ラストシーンなんかもそうですね。

あと、下品なシーンも。
牛の肛門に腕突っ込むシーンやブラジリアンワックス(笑)
そして女性の立ちション初めて見ました。

そんな中、姉妹のワイルド過ぎる喧嘩シーンに爆笑でしたよ!
妹の頬肉を噛み千切るとか。
それでも二人の間には歪んだ愛情があるんです。


ジュスティーヌの姉であるアレックスは指を失う事故の際に失神してしまい、目覚めた時に失った指に貪りつく妹の姿を目撃する。
しかし、アレックスはそれを両親に隠し、そして自分もカニバリストだと車の事故のシーンで見せました。
アレックスが妹のその異常とも取れる行動を許したのも、それに対する"理解"があったからです。

それがラストシークエンスに繋がっていくんです。



そのラストシークエンスも秀逸。

ジュスティーヌは自分だけが異常者だと葛藤しつつ人食に目覚めたんだと思いきや、実はアレックスも人食に目覚めてましたってオチ。
アレックスの部屋の洗面台に痒み止めの薬があったことから、姉妹揃って同じ道を歩んでいたんです。

そして、刑務所の面会でガラス越しに二人の顔が重なるシーンからも人食姉妹でした的なオチの演出となっています。

ただ一つ、違ったことはか。
本能と理性の狭間で葛藤するジュスティーヌと本能のまま行動してしまったアレックス。
ここが大きな人生の分かれ目でしたね。



って終わりだと思いきや
実はお母さんからの遺伝でした っていうまさかの二段階オチ!

お母さん、お前もか!って叫びそうになりました(笑)


そして…

お父さんドMかよ!!!

これも全力で叫びそうになりましたね(笑)

お父さんはお母さんと出会うことで、本当の自分に目覚めたってことですか(笑)


相手の嗜好を"理解"すること。
姉が妹の嗜好を理解して許したように、父もまた母の嗜好を理解して許しています。

第三者から見れば歪んだ愛情ですが、この家族にとっての究極の愛なのかもしれません。



越えてはいけない一線を越えたアレックス。
母親の嗜好を受け入れる父親。
二つの前例を目の当たりにしたジュスティーヌが今後歩む人生とは?

自分の嗜好を理解し、その上でどうやって生きていくかは彼女次第だと言うことを最後に残したように思えます。


「RAW」とは
「生の」、「皮のむけた」、「未熟な」、「下品な」
という意味があります。
タイトルそのままですが、原題は全く違ったものなんですよね。

原題『Grave』
意味としては
名詞「墓」
動詞「墓を掘る」
形容詞「重大な」「尤もらしい」
などがありますが、この作品は
「(心や記憶などに)刻み込む」という意味が「尤もらしい」ですね。



終わりに


映画「サスペリア」を彷彿とさせるシーンもありましたね。
学校という閉鎖的空間も共通点ですが、何より非常に色彩の使い方が上手く、この物語も「サスペリア」同様に赤い色が映える。


赤色は興奮や愛情、危険や怒りなどのイメージがあります。
また、食欲を促進させる効果があります。
本作「RAW 少女のめざめ」のカラーとして鮮やかな色彩を楽しめると思います。


最後までお読みくださった方、ありがとうございました!






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