小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

短歌と恋、青春と人生(「ちはやふる 結び」ネタバレ考察)

目次




初めに

こんばんは、レクと申します。

鑑賞後、随分経ってしまいましたが今回は「ちはやふる 結び」について語っています。

この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


製作年:2018年
製作国:日本
配給:東宝
上映時間:128分
映倫区分:G


解説

末次由紀の大ヒットコミックを広瀬すず主演で実写映画化した「ちはやふる 上の句」「ちはやふる 下の句」の続編。瑞沢高校競技かるた部の1年生・綾瀬千早がクイーン・若宮詩暢と壮絶な戦いを繰り広げた全国大会から2年が経った。3年生になった千早たちは個性派揃いの新入生たちに振り回されながらも、高校生活最後の全国大会に向けて動き出す。一方、藤岡東高校に通う新は全国大会で千早たちと戦うため、かるた部創設に奔走していた。そんな中、瑞沢かるた部で思いがけないトラブルが起こる。広瀬すず野村周平新田真剣佑ら前作のキャストやスタッフが再結集するほか、新たなキャストとして、瑞沢かるた部の新入生・花野菫役をNHK連続テレビ小説あまちゃん」の優希美青、筑波秋博役を「ミックス。」の佐野勇人、映画オリジナルキャラクターとなる千早のライバル・我妻伊織役を「3月のライオン」の清原果耶、史上最強の名人・周防久志役を「斉木楠雄のΨ難」の賀来賢人がそれぞれ演じる。
ちはやふる 結び : 作品情報 - 映画.comより引用


予告編





上下の句を結ぶもの

まず、本作の話に入る前に前作と今作の位置づけについて考えていきます。

そもそも上の句、下の句とは何か?



競技かるたの基本ルール

競技かるたの公式大会では、大石天狗堂製のかるた札が用いられ、百人一首の100枚の字札のうち50枚を使用する。

その50枚を裏返した状態でよく混ぜ、25枚ずつ取り、それを自分の陣地(自陣)の畳に、上段、中段、下段の3段に分けて並べる。このとき札を並べる範囲は横87cmまでとなっており、そのとき相手の陣地(敵陣)にも同様に25枚が並べられた状態となる。その後15分間の暗記時間が設けられ、その間に自陣・敵陣の50枚の位置を暗記した後、競技が開始される。15分の暗記時間中の最後の2分間は素振りが認められる。

暗記後は対戦相手、読手の順に礼をしてから競技が始められる。これはかるたは礼に始まって礼に終わるというかるた道の精神によって、定式化されている。競技開始時にはまず百人一首に選定されていない序歌(一般的には王仁の「なにはづの歌」)が詠まれる。これは一旦上の句・下の句が通しで詠まれた後に下の句だけがもう一度繰り返され、そこから百首の詠み札がランダムに詠まれる(場にある字札が下の句であるのに対して、詠まれるのは上の句からである)。

詠まれた歌に対応する字札に相手より先に触れることで、その字札を自身の「取り」とする(以降、字札のことを単に「札」と表記する)。自陣にある札を取った場合、その札を自身の横に置いて自陣から除外する。敵陣にある札を取った場合、自陣にある好きな札を敵陣に送ることで自陣の札が1枚減る。これを「送り札」という。

詠まれた札のある陣と反対の陣の札に誤って触れると「お手つき」となる。相手がお手つきをした場合は、自陣の好きな札を1枚敵陣に送ることができる。一方で詠まれた札のある陣と同じ陣内にある別の札を触ったとしてもお手つきにはならず、また自陣(敵陣)の札に触れた際勢いがついて札が敵陣(自陣)の札を動かした場合も、同様にお手つきにはならない。

詠み札は百首全てが用意されるのに対して、場にある札は半分の50枚のため、詠まれた歌の札が自陣・敵陣どちらにも存在しない場合もあり、これを「空札(からふだ)」という。空札が詠まれているのにも関わらず、自陣または敵陣のいずれかの札に触った場合もお手つきとなる。

また、お手つきには、『ダブル』や『空ダブ』と言われるケースもある。『ダブル』は、敵陣の札が詠まれて、自分がその札を取り、対戦相手がこちらの陣の札を触ったときに成立する。この場合は札を2枚(敵陣取りと相手のお手つきでそれぞれ1枚ずつ)送ることができ、相手と自分で3枚差がつくことになる。 『空ダブ』は、空札のときに、敵陣、自陣をともに触ってしまったときに成立する。この場合、相手から2枚札が自分に送られ、相手と自分で4枚差がつくことになる。ただし、両者ともお手付きをした場合は「共お手(共付き)」と呼ばれ、互いに送り札は行わない。

札を取る手は、1試合を通してどちらか片方の手のみが認められる。試合開始後最初に札を取りに行ったほうの手で最後まで取り続けなくてはならない。

札の配置は競技中に、相手に宣言することで自由に動かすことができる。ただし、頻繁な移動や、一度に大量の札を移動させることは、マナー上好ましくないこととされている。

これらを繰り返し、自陣の25枚の札を先に絶無とした方を勝者とし、競技は終了する。

競技かるた - Wikipediaより引用



かるたには読み札に上の句、取り札に下の句が書かれています。


短歌の他にもよく似たものとして、俳句というものもありますよね?

短歌は上の句である五・七・五に加え下の句七・七で成り立ち、俳句は五・七・五で成り立つ。

このふたつの相違点は句の数だけではありません。
俳句は情景を詠むもの。
短歌は心情を詠むもの。



前々作である「ちはやふる 上の句」では、高校生活と競技かるた部、千早と幼馴染との情景を。
前作の「ちはやふる 下の句」では、千早のクイーンに対する気持ちや太一の微妙な心情を描いた作品だと思います。



一方で今作は、主人公でもある綾瀬千早というよりも千早の幼馴染であり瑞沢高校競技かるた部部長の真島太一の映画だったようにも思う。

勿論、千早やもう一人の幼馴染である綿谷新、クイーン若宮詩暢、今作が初登場の周防久志、瑞沢の他部員や原田先生も絡めつつなのですが。

真島太一は容姿もイケメン、学年トップの学力という一切非の打ち所のない人物。
ただ一点、敵わない相手が新であり、それは競技かるただけでなく千早に対する行動や心情もだ。

そんな彼が部活と受験、そして千早や新に対する想いで葛藤する。
完璧のように見えて完璧ではない。
彼は隠れたところで努力をしているんです。
その部分が今作で深く掘り下げられていたと思います。



千早は競技かるたに関して"感じ"という優れた才能がある。

今回、新たに登場した周防名人(賀来賢人さん)。
彼もまた千早同様に競技かるたに関して"感じ"を持ちつつ、更に一線を超えたずば抜けた才能がある。

太一は自分の持ち合わせていないもの、そして想いを寄せる千早と似通った才を持つ周防名人につく。



前作である上の句と下の句では現在の姿を描いています。
そして今作の結びでは千早、太一、新の原点とそして未来へ繋ぐもの。



1000年前に詠まれた歌が今現在にも語り継がれ詠まれるように、上の句と下の句がひとつになって意味をなすように、ひとつの歌として過去と現在、未来を結びつける。
それがこの作品、ちはやふる結びだと思います。



短歌

主要登場人物を表す短歌を確認しましょう。



・千早

「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 唐紅に 水くくるとは」
在原業平

訳:様々な不思議なことが起こっていたという神代の昔さえも、こんなことは聞いたことがない。
竜田川が(一面に紅葉が浮いていて)真っ赤な紅色に水を絞り染めにしているとは。


「はや」は敏捷、「ぶる」は振る舞いを意味し、「ちはやぶる」で激しい勢いという意味を成す。
ちはやふる 下の句」で千早の「ちはやぶる」描写があったので説明は不要かと。



・太一

「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで」
平兼盛

訳:私の恋心は誰にも知られまいと心に決めて耐え忍んできたが、とうとう堪えきれず顔に出てしまったのか。
何か物思いがあるのですかと人が尋ねてくるほどに。


この短歌はしのぶの得意札でもありますね。

太一は受験という精神的に不安定になる時期に恋心で悩み葛藤します。
新入部員から、新が千早に告白したことを聞かされるシーンでは、太一の表情はカメラワークから外され、あえて見せない演出となってます。
しかし、この短歌のように顔に出てしまっているのだろうと安易に想像できる。



・新

「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」
壬生忠見

訳:「恋している」という私の噂がもう立ってしまった。
誰にも知られないように、心ひそかに思いはじめたばかりなのに。


「しのぶれど〜」の対となる短歌としても有名。
千早への想い、最終決戦の最後の残り札二枚。
太一と新が対の立場で描かれる。



・周防

「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
小野小町

訳:桜の花の色はむなしく衰え色あせてしまった、春の長雨が降っている間に。
ちょうど私の美貌が衰えたように、恋や世間のもろもろのことに思い悩んでいるうちに。


これは講義で学生に向けた言葉のようにも見えて、実は太一に向けられた言葉なんですよね。

本来の意味から、悩んでいるうちに時間は経過して取り返しがつかなくなってしまう後悔を詠ったもの。
太一に「君はこんなところで何をしているの?」と言ったこの言葉は太一の背中を大きく押すこととなる。



・千早と太一

「ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる」
後徳大寺左大臣

訳:戸外の明け方近い夜空を、ひと声ほととぎすの鳴いた方角を見ると、もうその姿はなく、ただ夜明けの下弦の月だけが残っているのであった。


部室の畳の間から見つかった札の句。

ほととぎすが鳴いた後でそこを見てもその姿はない。
千早の太一がいなくなった後の心情を表現する的確な歌。



また、個人的に千早と太一の二人を結ぶのに相応しい短歌を紹介しておきます(笑)

「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わむとぞ思ふ」
崇徳院

「劇場版名探偵コナン から紅の恋歌

こちらでも主人公の新一(コナン)がヒロインの蘭に対して詠んだ歌です。

訳:川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が二つに分かれる。
しかし、また一つにらなるように、愛しいあの人の今は分かれてもいつかきっと再会しようと思う。

ちはやふる 結び での千早と太一そのものではありませんか?


言葉の力

周防名人、そして原田先生の太一への言葉がなかなか印象的だった。

原田先生のいう手触り。

青春というものは見えないもの。
青春が終わった後には何が残るのか?
手触りは残る。

そう。理由はどうあれ、かるたを通して得たもの、その感覚は残るんです。
そこに残ったものが青春なのではないでしょうか。



太一は新が千早に告白したことを知る。
太一の心は揺れ動きます。
そこで出会ったのが周防久志だ。

上記の短歌でも記述しましたが、周防名人の「花の色は〜」で学生達にマイクで語るシーン。
作中ではなく原作の台詞を引用します。

「僕は器用でしたので 予備校に行かずとも東大にはいれましたが 青春ぽい日々はなくて…… まあ 君たちのこともザマァ(笑)と思いますよね」

「でも ある日 気がついたんです 『青春』という文字の中に『月日』があったこと とたんに青春が惜しくなりました 自分の中に青春を探し始めました」

「言葉には 力が確かにあることを 忘れないでいてください」

第141首「かるたを好きじゃないのに」より


この台詞が自分の心にもズシンと響いた。
自分にとっての青春ってなんだったかな?って。
青春だと感じられるほど自分は青春を満喫したのかって。



周防はかるたが好きではない。
自分のやれること、自分を生かすことが出来る場所が競技かるたの世界だったんです。
周防は青春ではなく人生をかるたに懸けていました。

「こんなところで何をしているの?」

太一にとってこの周防の言葉は心を突き動かすものだったでしょう。
太一自身もかるたを好きで始めたというよりも、千早に近づきたいという想いから始めたのかもしれない。
かるた部を作ったのも千早の為。
そこで出会った肉まんくんや机くん、かなちゃん、かるたではなく彼らといることが好きだったんです。

しかし一方で、きっかけはどうあれ、かるたに触れることでかるたを好きになっていく自分にも気付き始めていたのではないだろうか?

だから走る。
千早の為に、仲間たちの為に。


太一が周防名人と出会ったことで気付かされたこと。
それは聞こえる音と聞く音の間に線を引いていること。
聞く音の外側、一線を超えた先の音を聞く。

これは競技かるたにおける読み手の発する音の前に聞こえる音、決まり字の先を行く決まり字。

しかし、その本質はそこではない。
その"感じ"という才能を持つ千早ならまだしも、太一にはその才能がない。


その一線とは、太一の気持ちの中にある自分に言い聞かせている声と本音の一線を示しているのではないだろうか。

欠点を埋めてくれるのが仲間であり、他人に強さを与えることが本当の強さだと気付かされる。
彼らは個々で成り立つ存在ではなく、チームとしてひとつの存在なのだから。



この作品は競技かるたという世界で単純に全国優勝を手にする話ではない。
各々が競技かるたを通して精神的に成長していく。
青春スポコン映画に留まらない人生の成長譚なんですよ。



青春が惜しくなる。

この歳になりましたが、今もどこかで青春を探してるんですよ。
だからこそ、このちはやふる結びのような青春映画が心にに響くんです。

原作ではまだ完結していない作品を3部作でまとめあげたこと。
そして結びで締めくくられたこと。
この点だけ見ても秀逸としか言えない。
シリーズ最高傑作でした。


ありがとうございました!!!



終わりに

実写化映画の中でもトップクラス。

そしてこれだけは言っておきたい。

「すずより、アリス」

…すみません、これは好みの問題なのですみません(笑)


ですが、昨年の「三度目の殺人」から、広瀬すずさんの演技にも幅が出たように思います。

ちはやふる」での役どころ、ヒロイン的なポジションも抑えつつ、「三度目の殺人」のようなシリアスな演技にも磨きを掛けていってもらいたいですね。
今後も期待している女優さんのひとりとして注目しています。



主題歌「無限未来」(Perfume)

中毒性のある主題歌にも注目です!



また、原作の方は少女向けコミックなので、個人的には絵柄的に少々難ありですが、読んでみたくなったのも事実。

機会があれば読んでみようかと思います。



最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。




(C)2018 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀講談社