小羊の悲鳴は止まない

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受け継がれる悪夢(「ヘレディタリー/継承」ネタバレ考察)

目次




初めに

こんばんは、レクと申します。
久しぶりの更新となってしまい、すみません。


今回はホラー好きの間でも好評な「ヘレディタリー/継承」について少し語っています。

最近ご無沙汰でしたが、当管理人はホラー映画が大好物です。
もうこれは無理してでも観たい!という勢いだけで観た映画ですが、大満足。
TOHOの1ヶ月フリーパスを使ってタダで観ちゃったもんだからお得感がハンパないです(笑)

というわけで、久しぶりにブログに書きたいと思える映画となり、鑑賞後の興奮覚めやらぬままに書き殴った次第です。


この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。
鑑賞後にお読みいただけたら嬉しいです。



作品概要


原題:Hereditary
製作年:2018年
製作国:アメリカ
配給:ファントム・フィルム
上映時間:127分
映倫区分:PG12


・解説

家長である祖母の死をきっかけに、さまざまな恐怖に見舞われる一家を描いたホラー。祖母エレンが亡くなったグラハム家。過去のある出来事により、母に対して愛憎交じりの感情を持ってた娘のアニーも、夫、2人の子どもたちとともに淡々と葬儀を執り行った。祖母が亡くなった喪失感を乗り越えようとするグラハム家に奇妙な出来事が頻発。最悪な事態に陥った一家は修復不能なまでに崩壊してしまうが、亡くなったエレンの遺品が収められた箱に「私を憎まないで」と書かれたメモが挟まれていた。「シックス・センス」「リトル・ミス・サンシャイン」のトニ・コレットがアニー役を演じるほか、夫役をガブリエル・バーン、息子役をアレックス・ウルフ、娘役をミリー・シャピロが演じる。監督、脚本は本作で長編監督デビューを果たしたアリ・アスター。
ヘレディタリー 継承 : 作品情報 - 映画.comより引用


・予告編




悪夢の元凶

まずはTwitterに上げた感想から。




まず、ラストに明かされた元凶、悪魔ペイモンについて語らなければなりません。


『ゴエティア』に記載されているパイモンのシジル

パイモンまたはペイモン(Paymon, Paimon)は、ヨーロッパの伝承あるいは悪魔学に登場する悪魔の1体。悪魔や精霊に関して記述した文献や、魔術に関して記したグリモワールと呼ばれる書物などにその名が見られる。

現れる際には、王冠を被り女性の顔をした男性の姿を取り、ひとこぶ駱駝に駕しているとされる。
召喚者に地位を与え、人々を召喚者の意思に従わせる力も持つ。

パイモン - Wikipediaより引用



グラハム家はこの悪魔によって絶望の悪夢を体験することになります。

祖母エレンのペンダントにもこのペイモンのシジルがデザインされていたことから察することができます。



冒頭で妹のチャーリーが鳩の首を切断し、絵を描いていたシーンを思い出してください。
その絵には鳩の生首に王冠が描かれています。
この時点で既に悪魔ペイモンの影響を受けていることが分かります。

その他の不可解な行動も。


チャーリーはケーキを食べて呼吸困難に陥り、病院へと運ばれる途中で電柱に頭部をぶつけて死亡しました。
恐らくチョコレートケーキにナッツが入っていた為にアナフィラキシーショックを起こしたと考えられます。


ここから少し余談に入ります。
クリスマスツリーはキリスト教以前の異教時代で魔除けとして常緑樹を家の内外に飾ったという習慣が起源です。
クリスマスツリーの装飾にもそれぞれ意味があり、例えばリンゴはアダムとイヴを想起させ、楽園の木を。
ナッツは神の計り知れぬ御心を表します。

また、リンゴやナッツは古代ケルト人にとってとても重要な果実です。
寒くて長い冬を乗り越えるにはナッツやドングリは保存食として最適なものであり、中でもヘーゼルナッツは神聖なものとして崇められていました。
言語学的にリンゴを意味するポーモーナという果実と果樹を司る女神と古代ケルト人にとって大事な果実を結びついていったという話もあります。

ナッツには魔除けの力があり、ただのアレルギーだとは思いますが、ペイモンが避けていたということも考えられるのではないでしょうか。



またアニーの話から、祖母エレンから息子であるピーターを遠ざけたとあります。
その理由はアニーの兄チャールズ。
彼は16歳で自殺しており、彼の遺書には「母が自分の中に何かを入れようとした」とされています。
この時にはペイモンはエレンを使ってチャールズを我が肉体として使おうとしていたことが分かります。

ピーターの代わりにチャーリーがエレンに関わることで、そしてエレンが亡くなったことでペイモンの魔の手がチャーリーへと継承されたことになります。

チャーリーはエレンが「男の子なら良かった」と語っていたことも話します。
チャーリーとは本来、男の子に付ける名前であり、このことからもエレンがペイモンの召喚に強い拘りがあったことを窺い知ることができます。


つまり、エレンの死後、チャーリーへ。
チャーリーの死後、アニーへ。
最終的にアニーを使って、ピーターをペイモンの宿主としてラストシークエンスへ。
という流れだと考えられますね。



ペイモンは"女性の顔をした男性の姿"
肉体はピーター、顔は家族のうちの女性の誰かでないといけないんですね。
従って、祖母、母、妹と一族の女性全員が首を落として亡くなる必要があったのです。


"召喚者に地位を与え、人々を召喚者の意思に従わせる力も持つ。"
とあるように、召喚とは例の降霊術、従わせる力とはラストシーンで神を崇めるように取り囲む人々を指します。
ジョーンが「降霊術は家族一緒に」と注意喚起したことも、ピーターを降霊術に参加させてピーターを召喚者とさせる為だと考えられます。



と、Twitterの感想でも書いたように
ラストを知ってしまえばラストにつながるプロットは至極単純なんです。

そこに家族の在り方や状況、精神状態などを重ねることで単純ではない恐怖が演出されてるんですよ。



音と光の演出

悪魔ペイモンとラストシークエンスについては簡単にまとめました。
ここからは細かな演出について着目していきたいと思います。


まず印象的なものが"音"です。
そうです、チャーリーの「コッ」という舌鳴らしです。
非常に不快感の募る不気味な音ですよね。

鑑賞後に家に帰って、突然後ろから、暗い部屋の隅から、「コッ」と聞こえてきたらチビること間違いなしです(笑)


チャーリーは赤子の頃から泣かない子だったそうで、生まれた時にも鳴き声をあげなかったとあります。
仮にそれが意味のある台詞と捉えるなら、チャーリーは生まれながらにペイモンに操作されていた可能性が高い。
チャーリー=ペイモンとした場合、"女性の顔をした男性の姿"が当てはまらないので、あくまでもペイモンに唆されている生贄のようなものだと思って間違いないでしょう。

元々音を発さない子供だったとしたら、舌鳴らしはペイモンに唆されてからの癖ではないかと考えられる。
劇中でも舌鳴らしを初めて行ったのは祖母エレンの葬式だったように思います。



では本来、舌を鳴らすとはどのような状況で行うのでしょうか?

1軽蔑・不満の気持ちを表す動作。「不服そうに―・す」
2賛美する気持ちを表す動作。特に、おいしい物を食べて、満足した気持ちを表す動作。「ごちそうに―・す」
舌を鳴らすとは - コトバンクより引用


相反する二つの意味があります。
つまりはペイモンの感情や心情の現れではないかと。

また、ペイモンの名前の由来はヘブライ語の"POMN"(「チリンチリン」という音)だそうで、ヘブライ語では音節はすべて子音で始まり「コッ」(k)という音も子音です。



次に印象的なのが"光"の演出ですね。

光の演出が可視化されたのは恐らく降霊術後。
皆さんもお分かりだと思いますが、ジョーンに教えて貰った降霊術は地獄の門を開くこと。
チャーリーではなくペイモンの召喚だったというわけですね。

ということはジョーンもまたエレン同様に悪魔崇拝によりペイモンに唆されていたということになります。
アニーが二度目に彼女の家を訪れた際の部屋の中の儀式、学校でピーターに声をかける姿などからも察することが出来ます。



ここで斬新なのが、悪魔であるペイモンを光として見せたことです。
分かりやすい描写はピーターが窓から転落した際に光が体へと取り込まれるシーン。
ここでペイモンがピーターに完全に憑依したことが明確に啓示されています。


一般的なイメージとして、悪魔といえば闇を連想すると思います。
実はですね、ペイモンは悪魔でありながら、天使の一面も併せ持つんですよ。

イギリスで発見されたグリモワール『ゴエティア』によると、パイモンは序列9番の地獄の王である。一部は天使からなり一部は能天使からなる200の軍を率いており、ルシファーに対して他の王よりも忠実とされる。彼自身は主天使の地位にあったという。

イギリスの文筆家・政治家レジナルド・スコットが記した『妖術の開示(原題:The Discoverie of Witchcraft)』1655年版では、パイモン、バティン、バルマを呼び出し、その恩恵を受ける方法が書かれている。この書によれば、パイモンは空の軍勢に属し、座天使の位階の16位にあるという。Corban およびマルバスの配下にあるという。

パイモン - Wikipediaより引用

主天使とは神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、第四位に数えられる天使の総称。
座天使とは神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、第三位に数えられる上級天使の総称。


また、ペイモンを智天使とされる文献もあります。

『悪魔の偽王国』(あくまのぎおうこく、あくまのにせおうこく、Pseudomonarchia Daemonum)はヨハン・ヴァイヤーの主著『悪魔による眩惑について』(De praestigiis daemonum)の1577年の第五版に付された補遺である。原題は「デーモン(悪霊)の偽君主国」の意であり、地獄の悪霊たちを神聖ローマ帝国の封建体制を思わせる位階秩序をもつものとして記述している。
悪魔の偽王国 - Wikipediaより引用



このようにペイモンは悪魔でありながら、一部天使であるという光と闇の二面性があるんですよね。
"闇"とは対称的なもの"光"を悪魔として演出したアリ・アスター監督のこのセンスが素晴らしい。


そう、この映画の最大の魅力がこの演出力にあると思います。
ストーリー自体はそこまで目新しいものでもなく、ラストも衝撃と言えば衝撃で後味の悪さもあるのですが、ホラー映画を見慣れた方ならばそこまで驚きはないと思います。

それよりもホラー映画としての散りばめられた伏線と回収、恐怖心の煽り方、家族の精神面の描き方、これらの演出力が他のホラー映画作品と比べても一線を画していると感じました。



もう一度言います。

アリ・アスター監督のセンスが素晴らしい。

これが長編初監督作品というから驚きだ。



タイトルの意味

さて、ここで改めて考えてみましょう。
タイトル「ヘレディタリー/継承」とはどういうことなのか。

原題『Hereditary』
直訳すると「遺伝的な」「代々の」「親譲りの」となります。

このタイトルとラストに向けたプロットからも、祖母であるエレンの悪魔崇拝によるペイモンの継承。



もうひとつが、遺伝的な脳の病気ではないか?です。

父は重度の鬱病で餓死。
兄は統合失調症で自殺。
エレンは解離性同一性障害。
そしてアニー自身も夢遊病。


ここでもう一つの解釈として
劇中のオカルト的な現象は遺伝的な脳の病気が引き起こした精神の崩壊が見せた幻覚ではないか説です。


アニーの仕事でもあるミニチュアの製作。
冒頭でそのミニチュアの家にカメラが寄っていって物語が始まりました。

そう、我々が観ていた劇中でのオカルト体験は全てアニーがミニチュアの家の中で想像した架空の出来事ではないだろうか。


祖母の死、娘の死、夫の死、これらは全て現実に起こったこと。
チャーリーの死をきっかけに、アニーの精神が壊れてエレンの幽霊を見るなどの幻覚に囚われる。


ピーターは妹を過失事故とはいえ殺してしまい、そのショックや責任感、罪悪感から幻覚を。
夫スティーブもそんなアニーやピーターに囲まれて精神的ストレスに。
精神安定剤を飲んでる描写からも精神的に病んでいたことは明らかです。



主軸はエレンが始めた悪魔崇拝が家族崩壊へ繋がるというものであり、その脚色されたオカルト的な演出は精神異常からくる幻覚。
そして、家族にトラウマを持つアニーが悪魔崇拝を通して擬似家族による集団を形成することである種の救済措置として機能している
というのも考えられるのではないだろうか。



終わりに

ということで、端的にめちゃくちゃ好みでした。
「シャイニング」や「ローズマリーの赤ちゃん」などが挙げられていますが、過去の傑作と言われるホラー映画を踏襲しつつ、しっかりと監督の作品として作り上げられた秀作。



そして、アニー役のトニ・コレットの顔芸は一見の価値ありです(笑)



久しぶりに考察をしたので鑑賞後の補足なものになりましたが、楽しかったです。
いつもながら乱文ですみません。

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



(C)2018 Hereditary Film Productions, LLC