小羊の悲鳴は止まない

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人間の本質とは(『岬の兄妹』ネタバレなし感想)

目次




初めに

こんばんは、レクと申します。

またまた久しぶりの更新になって申し訳ございません。
今回はポン・ジュノ監督が傑作と認めた片山慎三初長編監督作『岬の兄妹』について、ネタバレなしで語っています。

最後までお付き合いいただけると幸いです。



作品概要


製作年:2018年
製作国:日本
配給:プレシディオ
上映時間:89分
映倫区分:R15+



解説

ポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品などで助監督を務めた片山慎三の初長編監督作。ある港町で自閉症の妹・真理子とふたり暮らしをしている良夫。仕事を解雇されて生活に困った良夫は真理子に売春をさせて生計を立てようとする。良夫は金銭のために男に妹の身体を斡旋する行為に罪の意識を感じながらも、これまで知ることがなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れることで、複雑な心境にいたる。そんな中、妹の心と体には少しずつ変化が起き始め……。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で優秀作品賞と観客賞を受賞。
岬の兄妹 : 作品情報 - 映画.comより引用



予告編



貧困がテーマの映画

『母なる証明』のポン・ジュノ監督作品や『マイ・バック・ページ』の山下敦弘監督作品などで助監督を務めた片山慎三の初長編監督作であり、個人的にこの二人の監督の共通するテーマは人間の本質だと思います。
今作『岬の兄妹』を鑑賞し、片山慎三監督も少なからずこれらの影響は受けているように思いました。

普段何気なく平穏な生活を送るにあたって、我々が目にも留めないであろう貧困層、障害者の抱える問題。



昨今、日本映画では貧困に焦点を当てた作品が多数作られています。

例えば、2017年公開の個人的邦画ベストにも入った白石和彌監督作『彼女がその名を知らない鳥たち』。


所謂貧乏生活の中でも愛の多様性を訴えた作品。
愛とは見返りを求めず、ただ純粋に与えるもの。
これは恋人だけでなく家族にも通ずるものがあります。
イヤミスと言われていますが、個人的には純愛そのもの。
共感出来ない愛、それは当人たちの間で育まれたひとつの愛の形だからです。



そして、2018年公開の是枝裕和監督作『万引き家族』。


こちらも貧乏生活の中で、血の繋がらないひとつの家族としての在り方を描いた作品。
生きるために犯罪を犯す。
その犯罪が共有する秘密、擬似家族としての絆を育んでいく皮肉。
不可視である家族愛というものを主観的に、そして現実の厳しさを客観的に見せたこの作品は心に複雑な想いを残しました。



日本映画以外にもアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作『ビューティフル』や、ケン・ローチ監督作『わたしは、ダニエル・ブレイク』、ダニス・タノヴィッチ監督作『鉄くず拾いの物語』など、貧困をテーマに鑑賞後に心に重くのしかかるも家族愛を描いた作品も多数あります。



ここで疑問に思うのが、貧困とは生活だけの問題なのだろうか?ということ。
確かに金銭面での貧困は目に見えるものです。
『万引き家族』のように居場所のない人達が社会的弱者となること。

そんな貧困を問題提起とし、人と人の絆を描いたこの作品、個人的評価はイマイチな理由がその更に一歩先に踏み込んで欲しかったという点に尽きる。


今作『岬の兄妹』のように兄の良夫は正しく貧困であることは目に見えています。
しかし、妹の真理子のように一人で出歩くことすらままならない自閉症などの精神疾患を抱えた人たちは生活が潤っていたとしても満足なのでしょうか?

"貧困な発想"などと表現されるように、貧困には目に見えない精神的な部分も示されるのではないか?


そう、今作『岬の兄妹』では金銭面での貧困だけでなく、障害者としての社会的弱者の貧困をも描き出した『万引き家族』では描ききれなかった、生きる為ならなんでもするという更に一歩踏み込んだ現実の生々しさや厳しさから人間の本質を炙り出した衝撃作なんです。



社会的弱者から見た視点

上記でも挙げさせていただいた『万引き家族』でも生活苦を脱却するために犯罪が正当化されるような演出がなされています。
勿論、犯罪は犯すべきものではないのですが、それを主観で見ることで劇中で正当化しているんです。


今作『岬の兄妹』でも身的障害を持つ兄がリストラに逢い、罪の意識を抱きながら生活苦から無許可の売春斡旋を行う。
犯罪に手を染めながら、知的障害の妹真理子の姿に喜びを得て、そして生を性で繋ぐこの生活から逃れられなくなっていきます。

そこには社会的弱者から見た主観が入る。
苦肉の策とでも言おうか、その選択肢しかなかったのです。
そうするしか生きる道はなかったのです。

真理子の視点から見ても、自閉症ということもあり、善悪の判断は出来ません。
言い方は悪いですが、そこにつけ込んだ良夫の罪はあるでしょう。
そんな行動も、美味そうに飯を食う姿、快楽、そして潤っていく生活に犯罪行為や倫理観が正当化されてしまっている怖さ。


決して共感出来るものではない。

自制が効かず自分から性を求める真理子の姿は痛ましいものがある。
あくまでも客観的に、第三者から見れば明らかな異常。
これは良夫の親友でもある警察官・肇の視点でも示されます。

この社会的弱者と我々との視点の齟齬が鮮明に描かれています。



障害者と健常者の視点

この作品はあらすじにあるように、貧困による生活苦から金銭のために妹の身体を商品とする売春斡旋に手を出してしまう。

そんな重いテーマの中、妹の真理子の台詞から笑いを誘うようなブラックユーモアな演出が幾つもされている。

これは例えば某番組での運動神経悪い芸人を笑いものにするように、或いは外国人のカタコトな日本語を嘲笑うように。
我々が普段何気なく目にするバラエティ番組などでの無自覚な偏見に気づかせるものでないのか?

何不自由のない平穏な生活を送る我々が、客観的に社会的弱者を、自分よりも劣る対象を見て揶揄したり嘲笑うこと。

片山慎三監督はこのブラックユーモアを見せることで、健常者が無意識に持つ障害者への差別や偏見を伝えたいのではないのか?

この疑問は鑑賞後にも、今も尚、自分の心に留まり続けています。



終わりに

第71回カンヌ国際映画祭で、最高賞のパルムドールを受賞。
第91回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。
第42回日本アカデミー賞最優秀作品賞を含む8部門で最優秀賞を受賞。
現在も劇場での上映がされており、話題性も高い『万引き家族』を敢えて引き合いとして挙げさせていただきました。

勿論、共通する部分は多いのですが、『岬の兄妹』は上記で述べたように更に一歩踏み込んだ現実の厳しさを見せられます。
生々しい性描写など、美化されていない人間の本質を顕著に描き切っています。


小規模上映が勿体無いと思えるほどの力作であり、衝撃作。
映画館で鑑賞することをオススメいたします。

人間の本質とは何か?
是非、その目で確かめてください。


最後までお目通しいただいた方、ありがとうございました。



(C)SHINZO KATAYAMA