小羊の悲鳴は止まない

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西部劇のアンチテーゼ(「ゴールデン・リバー」ネタバレあり考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は先日観てきました「ゴールデン・リバー」について語っています。

この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


原題:The Sisters Brothers
製作年:2018年
製作国:アメリカ・フランス・ルーマニア・スペイン合作
配給:ギャガ
上映時間:120分
映倫区分:PG12


解説

ディーパンの闘い」「君と歩く世界」「真夜中のピアニスト」などで知られるフランスの名匠ジャック・オーディアール監督が初めて手がけた英語劇で、ジョン・C・ライリーホアキン・フェニックスジェイク・ギレンホールリズ・アーメッドという豪華キャストを迎えて描いた西部劇サスペンス。2018年・第75回ベネチア国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。ゴールドラッシュに沸く1851年、最強と呼ばれる殺し屋兄弟の兄イーライと弟チャーリーは、政府からの内密の依頼を受けて、黄金を探す化学式を発見したという化学者を追うことになる。政府との連絡係を務める男とともに化学者を追う兄弟だったが、ともに黄金に魅せられた男たちは、成り行きから手を組むことに。しかし、本来は組むはずのなかった4人が行動をともにしたことから、それぞれの思惑が交錯し、疑惑や友情などさまざまな感情が入り乱れていく。
ゴールデン・リバー : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編




ゴールドラッシュ


1851年、ゴールドラッシュに湧くアメリカで金の採掘で夢を追う男達の物語。

ゴールドラッシュ(英語: gold rush)とは、新しく金が発見された地へ、金脈を探し当てて一攫千金を狙う採掘者が殺到することである。特に、1848年ごろにアメリカ合衆国のカリフォルニアで起きたカリフォルニア・ゴールドラッシュを指す。
ゴールドラッシュ - Wikipediaより引用


長い年月を経ても変化しない金の性質は神秘性を産み、不老不死との関連としても研究された。
金を生み出す錬金術、不老不死を目的とされた賢者の石。

このように切っても切れない人の欲との関係を露わにしてきました。





さて、本題に入りますが
ウォームが使用した"預言者の薬"とは一体何なのか?


金は、標準酸化還元電位に基くイオン化傾向は全金属中で最小であり、反応性が低い。
要約すると、金属の中でも非常に化学反応しにくい物質なんです。

劇中では薬剤を川に混ぜると、水中の金が化学反応を起こし輝いて見える。



金の製錬のひとつに、"青化法"といったシアン化合物(有毒物質)を使用する方法があります。
恐らくはこれです。

青化法(せいかほう)とは、金を水溶性の錯体に変化させることによって、低品位の金鉱石から金を浸出させる湿式製錬技術である。シアン化法とも言う他、開発者の名を取ってマッカーサー・フォレスト法(MacArthur-Forrest process)とも呼ばれる。
青化法 - Wikipediaより引用


シアン化合物水溶液(シアン化合物を溶かした川の水)に金を溶かすことで浮かび上がらせ回収する方法です。



シアン化合物とは、推理小説などで殺人を犯す際の薬物として使用される青酸カリなどが挙げられます。
青酸カリとはシアン化カリウムの通称で、経口致死量は成人の場合150〜300mgと推定され、水に溶けやすい。
遷移金属と反応して水に可溶なシアノ錯塩を形成する性質を持ち、この反応により銀や銅の錆落としに使用することができます。

僕の好きな漫画「名探偵コナン」でも何度か登場し、十円玉をピカピカにするシーンも演出されています。



経口致死とは別に、皮膚から吸収することによっても中毒を起こします。
今作「ゴールデン・リバー」で"預言者の薬"を浴びたチャーリー、モリス、ウォームの皮膚が焼け爛れたのも、細胞死を招いたものと考えられる。

また、川に撒いた薬物で川魚の死骸が浮いていたことからも、"預言者の薬"が水生生物への毒性が非常に強いシアン化合物であると推測される。



つまり、劇中の"預言者の薬"は錬金術ではなく単なる冶金術であり、非現実的な魔法のようなものでもなんでもなく非常に現実的な手法なんです。



西部劇のアンチテーゼ

まずはTwitterに上げた感想から。



ということで、今作は西部劇という形を取りながらも対比的な人物相関図と西部劇のアンチテーゼが劇中に散りばめられています。




シスターズ兄弟の兄イーライと弟チャーリーは正反対の性格。


シスターズ兄弟と真逆の価値観を持つウォームの存在。


ウォームと利害の一致で行動を共にするモリス。



イーライはチャーリーに殺し屋を辞めて一緒に店を出そうと持ちかけました。
結果、口論となったがイーライはこの時点で西部劇からの脱却を図る。
しかし、チャーリーのことが心配でその意向は保留とされる。

イーライがチャーリーを見守る理由はウォームとの会話で明かされますが、父親との確執はモリスとも重なる。
そしてウォームに影響され、協力関係になっていく双方。

このように各々の人物がそれぞれ対比的な立場でありながら、共通する立場を選ぶ



モリスの発言、"弾切れの銃のような人生"
連絡係として仕事をしてきたモリスが、ウォームと出会い理想社会を目指すその時のセリフで語られました。

これは非常に直接的な表現です。
弾切れとは西部劇においては死に直結します。
西部劇として生きてきた自分を殺し、そこに"理想社会"という現状況から逸脱した夢の社会形態を求めるという二重構造となっています。
つまり、この時点でモリスとウォームは西部劇から脱したことが明確に劇中で示される。





次に、喪失したものたち。
劇中で失ったものたちからも西部劇のアンチテーゼが見受けられる。


まずは、イーライの馬。
西部劇には欠かせない足である馬を亡くす。
ここで実質、イーライの西部劇からの事実上の退場を意味する。

西部劇において馬泥棒は即絞首刑と相場は決まっていました。
馬を盗み、用がすめば肉にして食べてしまえば犯人を捜し出すのは困難。
よって馬泥棒は縛り首にし、馬肉の売買を禁止したそうです。
馬を失うことは即ち死を意味するんです。


チャーリーの右腕。
欲に目が眩み、川に預言者の薬を流し込もうとした際に誤って零してしまったチャーリー。
彼は右利きであり、乗馬、銃の発射、弾の装填など、西部劇としての重要な所作に支障をきたしていることから、物理的な西部劇からの強制退場が描かれる。

また、"右腕"には懐刀という意味があります。
絶対的な権力を持っていた提督から殺し屋として評価されていたチャーリーがその立場を失ったことのメタファーでもある。


提督の死。
イーライとチャーリーに司令を送る上官。
彼の死によってシスターズ兄弟が殺し屋である理由がなくなる。

また、金は新約聖書において、東方の三博士からの贈り物のひとつとして知られています。
これは"王権の象徴"とされ、権力を手にする、価値のあるものを意味します。
金を手にすることで、チャーリーは提督の後釜を狙ったという脚本にも沿う。


母親のセリフ。
シスターズ兄弟が帰郷した際に、母親が呟いた言葉「何か無くしたようだね」。
勿論、これはチャーリーの右腕のことであるが、それをわざわざ強調したことから、ダブルミーニングとして殺し屋としての仕事も指す。
つまり、このセリフからも、シスターズ兄弟が西部劇から脱却したことを意味する。

また、西部劇のラストには相応しくない"平和への帰郷"
理想社会を求めたウォームとモリス。
チャーリーの暴力を制止するイーライ。
理想社会を求めたウォームとモリスが平和を掴み取れず、暴力で解決するシスターズ兄弟がそれを制した。



感想

この作品は原題からも察する通り、兄弟愛の物語です。
兄弟愛は西部劇によく使われるモチーフであり、例えば暴力の連鎖、その過程を描くのに活きる設定のひとつ。
「ゴールデン・リバー」では、正にその暴力の連鎖からの脱却、西部劇のアンチテーゼを見事に描き切ったわけですが。


今作の目的は、ウォームが目的とする金の採掘であり、4人の男がそこに収束していく。
中でもイーライの価値観が中心である。
そこに社会主義の前進とも取れるウォームという人物を通して表現され、そのイーライの価値観そのものに変化を齎した。

大枠は勿論西部劇であるが、そこに脱西部劇的要素を盛り込むことで、西部劇であって西部劇ではない異色の一風変わった物語へと昇華している



この映画は安易に非暴力を謳うものではなく、従来の西部劇で描いてきた暴力の連鎖からの脱却、つまりは変化を起こすこと。
その変化が齎す"平和への帰郷"を掬い上げる術が"暴力"に頼ったものというのも意義深い。


金欲、暴力、権力に家族の確執など、現代に通ずる問題も描かれており、ラストは新たな人生の始まりを匂わすような希望を見させてくれる。

錬金術というまやかし、金欲に溺れ、代償を払いながらも、彼らは金に相当する価値のあるモノを手に入れたのだろう。



終わりに

邦題のせいもあって一般的にあまり評価は芳しくないようですが、個人的には兄弟のロードムービーとして楽しめた作品でしたね。


なんと言っても豪華キャストが良い。
ジョン・C・ライリーホアキン・フェニックスジェイク・ギレンホールリズ・アーメッド
なかなか見られる共演ではないので、その点に関しても必見ですね。


最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。




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