感情の波に飲み込まれる(『ブルー・バイユー』ネタバレ考察)
目次
初めに
どうも、レクです。
今回は『ブルー・バイユー』について語っています。
第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、8分間に及ぶスタンディングオベーションで喝采を浴びたそうで。
とても素晴らしい視点で描かれた映画なので、出来るだけ多くの方に観てもらいたい映画のひとつですね。
※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。
作品概要
原題︰Blue Bayou
製作年︰2021年
製作国︰アメリカ
配給︰パルコ
上映時間︰118分
映倫区分︰G
解説
養子としてアメリカにやってきた韓国生まれの青年が、移民政策の法律の隙間に突き落とされ、家族と引き離されそうになりながらも懸命に生きる姿を描いたヒューマンドラマ。「トワイライト」シリーズへの出演などで俳優としても知られる韓国系アメリカ人のジャスティン・チョンが監督・脚本・主演を務め、「リリーのすべて」のアリシア・ビカンダーが主人公を支える妻役で共演した。韓国で生まれ、3歳の時に養子としてアメリカに連れてこられたアントニオは、大人になったいまはシングルマザーのキャシーと結婚して自ら家庭をもち、娘のジェシーも含めた3人で貧しいながらも幸せに暮らしていた。ある時、些細なことで警官とトラブルを起こして逮捕されたアントニオは、その過程で30年以上前の養父母による手続きの不備が発覚。移民局へと連行され、国外追放命令を受けてしまう。下手をすれば強制送還となり、そうなれば二度とアメリカに戻ってくることはできない。アントニオとキャシーは裁判を起こして異議を申し立てをしようとするが、そのためには5000ドルという高額な費用が必要だった。途方に暮れる中、家族と離れたくないアントニオはある決心をする。
ブルー・バイユー : 作品情報 - 映画.comより引用
感想
泣いたよね。
いやー、あれは泣かされますよ。
それに映画館が貸し切りだったということもあって、映画に集中できたというのもかなり大きな要因なんですが。
ということで、早速内容に触れていこうと思います。
まずはTwitterに上げた感想から。
『#ブルー・バイユー』観た。
— レク@映画ブロガー (@m_o_v_i_e_) 2022年2月24日
先に言っておくと、号泣した。
国際養子縁組と人種問題による不条理さが純粋な家族の想いを引き裂く。
物語を丁寧に紡ぎ、フィルム撮影で捉える表情で語る雄弁さたるや。
知るべき現実の厳しさを叙情的に描き出したあの声が今も耳に残っている…心を完全に飲み込まれた。 pic.twitter.com/jPxss8vQCl
本作『ブルー・バイユー』は現在もアメリカにある法律の穴、不条理さをテーマに描いた社会派ヒューマンドラマ。
そのテーマが国際養子縁組と人種差別なんですね。
現行、移民問題は取り上げられている中で、アメリカ人の両親に引き取られた他国籍の子どもがその家庭でアメリカ人として育てられ大人になった主人公を描いています。
国籍と親子の血縁を跨いだ養子縁組、これが国際養子縁組と呼ばれています。
国際結婚による連れ子や孤児の引き取りなど様々なケースが考えられます。
ちなみに、本作『ブルー・バイユー』の監督、ジャスティン・チョン自身も韓国系アメリカ人で1981年生まれです。
ここに深く関わってくるものが、2000年の児童市民権法Child Citizenship Act of 2000(略してCCA)という法律です。
アメリカ市民の子どもによる市民権の取得に関する1965年の移民および国籍法を改正し、アメリカの選挙で投票した個人を保護するための保護を追加した米国連邦法です。
CCAの下では、アメリカ国外で生まれて出生時に市民権を取得しなかった特定の子どもは、永住者としての入国後に自動的に市民権を取得するか、迅速な帰化の対象となる場合があります。
CCAが連邦議会を通過し、2001年にクリントン大統領が署名して法制化されました。
簡単に言えば、アメリカ国外で生まれた養子の両親のうち少なくとも1人が米国市民である場合、その子どもに自動的に市民権を付与するというもの。
しかし、この法律には穴があったのです。
法案通過当時、適用対象を制定日である"2001年2月27日の基準で満18歳未満に制限"したことで、"すでに成人だった養子はどこにも属すことなく、市民権が与えられていない"ことになるのです。
自動的に市民権が与えられたと誤認したままアメリカで育った成人が、突然「アメリカ人ではありません」と言われるようなもの。
韓国保健福祉部によると、1955年から2015年の間に韓国からアメリカに渡った養子は約11万2000人。
そのうち、約2万人の市民権の取得が把握されていないらしい。
本作『ブルー・バイユー』では、養子としてアメリカ人夫婦のもとで育った韓国国籍の男性がアメリカで育ち、家庭を持ち、アメリカ国籍の妻とその連れ子とこれから生まれてくる実娘の家族4人で幸せな家庭を築くはずだった。
ところが、私情の縺れから警察官と揉めたことで、彼が市民権を取得していないことが発覚し、強制送還を命じられる。
白人警官による暴力や移民問題など、人種差別についても描かれています。
この手前の白人警官が妻の元夫というのがまた私情も絡んで面倒臭い。
最終的には妻のことを考えて行動したりもしますが、心のどこかでは排他的な思想が拭えないという側面が見えてくるんですよね。
ベトナム系移民女性と主人公の邂逅が印象的で、彼女の善意が主人公アントニオの家族と共に過ごしたいという気持ちを強くする。
特に水辺で向き合い会話するシーンはとても美しく幻想的でした。
さて、ここで泣いた泣いたと言っているラストについても触れておこうと思いますが、この物語のあらすじを読んだ時に概ねラストは予想がつきますよね?
大きく分けてハッピーエンドかバッドエンドです。
その想像できるラストがこれまたエモーショナルで、「泣いた」というより「泣かされた」なんですよね。
しかし、しかしですよ。
これを泣ける感動作とするのはまた違う話で…。
現状、市民権を与えられず家族と離れ離れになった人たちがたくさんいるということ。
これは本人の問題でもなく、またその家族との絆でさえ引き裂きかねない問題でもあるんです。
一方で、アメリカでは移民問題は暫し話題に挙げられるが、こうした実情に国民ですら無関心であり、知らない人も多いはず。
そんな苦しみを理解はできないが、感じることはできると思います。
空港で娘に触れようとした時、娘は一歩後ろへと下がります。
これは妹ができたことで赤ちゃん返りをした延長ですね。
韓国に向かう飛行機へと搭乗するために家族と離れていく父親の背を見て漸く気付いたわけです。
父親であるアントニオも娘の声を待っていたかのように振り返り抱き合います。
この時、改めて"家族"なんだと…観客に対して現実の厳しさを突きつけられるんですよ。
この映画を通して、法律の穴によって引き裂かれる家族がいること。
その"声"が届くことを祈ることしか今はできないのかと思うと、実に辛くて、やるせなくて、心を締め付けられるんです。
考察
さて、ここからは考察に入っていきたいと思います。
まずタイトルの『ブルー・バイユー』の意味を考えていきます。
「バイユー(bayou)」とは細くて、ゆっくりと流れる小川を意味します。
加えて、主にルイジアナ州とミシシッピー州の河川や湖に注ぐ、支流や入り江のこと。
また、劇中で妻役アリシア・ヴィキャンデルが歌う同名楽曲『ブルー・バイユー(Blue Bayou)』(ロイ・オービソンが1963年に発表)からタイトルがつけられているのでしょう。
更に深読みしていくと、本作は水に関する描写がポイントポイントで敷かれていることがわかります。
アントニオが赤子の頃、実母に川に沈められそうになった記憶。
妹が生まれることを知って赤ちゃん返りする娘とバイクを走らせて向かった先も水辺。
家族で夕日をバックに戯れる姿も水辺。
ベトナム系移民女性と会話するシーンも水辺。
そして、法廷に出向かなければならない時間に警官たちによって暴力を受け、バイクを走らせて突っ込んだ先も水辺でした。
「バイユー」のように、水も本来は流れていくもの。
しかし、本作『ブルー・バイユー』における水はそこに留まるもの、また深さも表していると思われます。
生活に必要不可欠な水には様々なメタファーがある。
例えば、「感情が溢れる」「言葉が流れる」「金に溺れる」など人にとって密接に関係するものでもあるんですよね。
言葉が停滞し、金に枯渇した時、犯罪に手を染めて感情が沈む。
アントニオの選択の善し悪しで見れば悪だろう。
それでも家族とともに過ごしたいという気持ちは本物であり、そこに悪はないはず。
それでも罪は流されることはない。
心の奥底に滞留し、蓄積され、自身をも飲み込んでしまう。
「ブルー」に関してもマリッジ・ブルーやマタニティ・ブルーなど気持ちの浮き沈みの時に使われるワードでもあります。
精神状態を表す水の映像表現は、もう一度言いますがアントニオが赤子の頃の実母による行動が根源。
物理的だけでなく心理的にも、暗い水の底へと沈んでいくアントニオを掬い上げる救いの手はあるのだろうか。
そんなことを考えながらずっと鑑賞していました。
見事に感情の波に心が飲み込まれてしまったわけです。
即ち、本作のタイトル『ブルー・バイユー』はとても素晴らしいタイトルだと言えるわけです!(笑)
終わりに
ということで、今回は『ブルー・バイユー』について語ってきました。
少なくとも2022年の上半期を語る上では必須な映画ではあると思います。
僕自身の年間ベストに絡むかもしれませんね。
最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
(C)2021 Focus Features, LLC.