小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

「Xの文字」と「癒し(CURE)」の関係性とは?

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。

9/9に公開された役所広司さん出演の「三度目の殺人」と黒沢清監督作「散歩する侵略者」を記念して(?)

今回は自分が"邦画トップクラスのサスペンス映画"だと謳っている役所広司さん主演、黒沢清監督作「CURE キュア」を個人的な見解も交えつつ掘り下げていこうかと思っております。

ネタバレしかないので、まだ観ておられない方は注意してください。



CURE キュア


キャスト
高部賢一:役所広司
間宮邦彦:萩原聖人
佐久間真:うじきつよし

1997年公開映画。
1997年日本インターネット映画大賞日本映画作品賞受賞作。
本作で監督の黒沢清は世界に名を広めた。
主演の役所広司は、この作品で第10回東京国際映画祭最優秀男優賞を受賞。



あらすじ

不気味な殺人事件が発生した。被害者は鈍器で殴打後、首から胸にかけてX字型に切り裂かれていたのである。犯人は現場で逮捕されたが、なぜ被害者を殺害したのか、その理由を覚えていなかった。そして酷似した事件が次々と発生していった。これらの事件を追うことになった刑事の高部は、精神を病んでいる妻との生活と、進展しない捜査に翻弄されて疲弊してゆく。やがて、加害者たちが犯行直前に出会ったとされる男の存在が判明する。男の名は間宮邦彦。記憶障害を患っており、人に問いかけ続けるその言動は謎めいていた。そんな間宮の態度が高部をさらに追いつめていく。しかし、間宮と関わっていく中で高部の心は密かに癒されていく。
Wikipediaより引用


冒頭でも言いましたが、恐らく自分が観てきた邦画サスペンスの中でもトップクラスの秀作

日常生活の中で起こる非日常的な出来事が上手く溶け込んでいます。
ラストがスッキリしない終わり方で、一度観ただけではその全容は見えてこないかと思われます。
というより自分も全容は見えてません(笑)
全てを語らず謎を多く残すこの作品は色々解釈できるので楽しいですよね。



まずタイトルのCUREについてですが
CUREとは"癒し"という意味合いを持ちます。

犯人の間宮は自分の記憶の有無に関わらず催眠暗示によって人に殺害をさせる殺人教唆の罪を問われます。
彼の催眠方法は女性内科医のシーンで明らかになりますが、単なる殺害を促す暗示ではなく、人の心(主にマイナス面)に語りかけるというもの。

更に言えば心理学、主にカウンセリングなどで用いられる"補償行為"に働きかけるものだと思います。
補償行為とは何かを補おうとする。埋め合わそうとする行為

自分やその周りの環境の中の弱みや欠点を補う為に何かを犠牲にするということ。
つまり、間宮は話を聞き、相手の心に入り込み、その鬱憤、ストレスを晴らすことで疲れた心を"癒す"といったところでしょうか。


初めてご覧になられた方は驚いたであろうラストシーンについて。

犯人間宮の催眠方法は上記に述べた通りです。
ではその催眠が主人公高部にどう影響したのか。

刑事として真面目に働く一歩で、精神病患者の妻を抱えながらこの連続殺人事件の不可解さに苛立ちを募らせます。
間宮の身柄を確保し、取り調べをした時にも苛立ちを隠せずにいました。

しかし、間宮と独房で会話を終えた後、高部は落ち着いていませんでしたか?

親友の佐久間が自殺しても顔色一つ変えず、冷静でした。
仕事と家庭に悩みを持ち、食事も手をつけられなかった中盤のファミレスのシーンと、完食しコーヒーまでいただいたラストのファミレスのシーンにも同じことが言えます。


間宮と話す前は感情的だった彼が、間宮と会話した後、つまり暗示に掛かった後では非常に理性的です。
この描写が特に素晴らしいという印象でした。
前半を思い返すと一見、悩みから解放され"癒された"ようにも見えてしまいます。


ラストの少し前のワンカット、病院で妻が首をX字に斬られて運ばれるシーンが写ります。

直接的な描写はありませんが、恐らくは高部の犯行でしょう。



そしてファミレスのシーンで食事を完食し、タバコに火を付け、コーヒーを受け取る。
高部の横顔から接客したウエイトレスへとピントが合う。

このカメラワークで高部とウエイトレスが単なる客と店員の関係でないことを示唆させ、高部がウエイトレス催眠を掛けたであろうということが憶測できます。

尚且つ、記憶障害の間宮と違い記憶のある高部がより優れた催眠術士となったと推測されます(ウエイトレスとの会話が暗示なのか?)。


ウエイトレスが包丁を手に取った後にエンドクレジットへ入るこの大胆なカット割りは、鑑賞者側が辛うじて理解できる瞬間に強制的に終わらせることで、鑑賞者側の想像に委ねる黒沢清監督の手腕を最も見せつけられた点ではないだろうか。


なぜ高部が間宮の後を継ぎ、犯罪に手を染めたのか、詳しくは謎です。
間宮の「本当の声を聞けるのは高部だけ」という会話の内容から高部はこちら側の人間だと感じ取った描写がありました。


間宮を射殺した後に聞いた蓄音機が鍵ですね。

これもあくまで個人の想像でしかありませんが、後程記述します。



メスメリズムとは

間宮の部屋の参考文献にメスマーの名前がありました。


フランツ・アントン・メスメル(メスマー)(独: Franz Anton Mesmer, 仏: Frédéric-Antoine Mesmer,1734年5月23日 - 1815年3月5日)

ドイツの医師。動物磁気 (magnétisme animal, en:Animal magnetism) と呼ばれるものの提唱者。メスメルは動物磁気と呼んだが、他の人たちはそれをメスメリズム (mesmerism) と呼んだ。メスメルの概念と実践の発展が、1842年のジェイムズ・ブレイド(James Braid, 1795年 - 1860年)による催眠術の開発をもたらした。メスメルの名前は英: mesmerize(催眠術をかける)の由来となった。
Wikipediaより引用


グラス・ハーモニカという楽器をご存知でしょうか?

メスメルが実際に治療で使用した楽器です。

1777年、18歳の盲目の音楽家マリア・テレジア・フォン・パラディスの治療を行った。しかし、彼が療法に用いていた神秘の音色をもつ楽器「グラス・ハーモニカ」は、人の気を狂わせ、死霊を呼び起こし、奏する者や聴く者を死に至らしめる恐怖の楽器と恐れられていたものであった。実際にコンサートの客席で幼児が亡くなった事例が起きたことから、グラス・ハーモニカには正式に禁止令が発令されていた。それにもかかわらず、グラス・ハーモニカを療法に長年使用してきた彼は、禁止令に反してその使用をやめようとせず、マリア・テレジア・フォン・パラディスにその音色を使った療法を施したばかりか、視力の取り戻しをかなえられず、後の彼女の精神に悪影響を与えたと言われるスキャンダルが起き、禁止令に反した罰として、メスメルはウィーン追放を命じられてしまった。
Wikipediaより引用


ここで思い出してもらいたいのが、高部が間宮を射殺した後、最初に聞く音は、廃屋の病院に置かれた蓄音機


上記のように音と催眠は何らかの関係性が示唆されています。
声、言葉もその音の一つとして捉えるなら当たらずとも遠からずだと思います。

少なくとも作中にはこの蓄音機以外にもボイラーや洗濯機など様々なシーンで音が散りばめられています。
この蓄音機から発せられる声?雑音?で高部は催眠に掛けられたと見て間違いはないでしょう。

蓄音機から聞こえてきた聞き取れない声の主は恐らく伯楽陶二郎ではないかと予想されます。



メスマーと同じく、間宮の部屋にあった参考文献『邪教』。
そこに記載されていた名前がこの伯楽陶二郎です。

「動物磁気(メスメリズム)」
動物から発せられる自然エネルギーの一つとしてその存在をメスマーが提唱し、そのバランスを整えることが"癒す"ことだと仮定したもの。
その過程が"催眠"の存在を証明したとされる。
そのメスメリズムを日本に広めた人物が伯楽陶二郎である。

小説ではこの人物についてこのような記載がある。

 伯楽陶二郎は明治時代に実在した精神医療グループ「気流の会」のリーダー。
「気流の会」は明治政府の弾圧を受け解散に追い込まれ、警察の摘発を受け全員逮捕されたが伯楽は行方を眩ませた。
それから1年後の1898年、富山県在住の村川スズが自分の息子の首筋を十文字に切り裂く事件が起きた。

『邪教』の研究を進める中で、間宮はメスメリズムに取り憑かれ、この事件に辿り着き、催眠を受け継がれたのでないかと推測されます。



X字と猿のモチーフ


「CURE」のジャケットに写っているこの猿のモチーフの置物。


作中にも登場します。

腕と足を交差し、X字になっていることがわかりますね。

他にも暗示を掛けた場所や遺体にX字が刻まれています。


「CURE」とは「癒し」。
悩みや鬱憤などから救い解放すること。
つまり、そんな負の感情を切り離すという意味合いでX字が刻まれているのだろう。

X字を螺旋、DNAなど二重螺旋構造の交差点とする考察もありますが、可能性はあると思います。


世界保健機関を始め世界各国の医療機関で用いられている、医の紋章である「アスクレーピオスの杖」は本来ヘビが1匹の意匠。しかし、2匹の蛇が巻きつく杖のシンボルが「medical caduceus」という名で、欧米の医療機関の標章として、また、軍隊では医療部隊章として、広く用いられている。
Wikipediaより引用

癒しを医療とするならば、2匹のヘビが巻き付く杖「アスクレーピオスの杖」を連想させ、医療を象徴するものと捉えることも出来る。



そうやって猿のモチーフを見てみると、何とも杖っぽいではないか?(笑)


そして、この「アスクレーピオスの杖」と酷似した杖がギリシア神話に存在する。


アスクレピオスの杖」はヘルメースの持っている杖「ケリュケイオン」(ラテン語カドゥケウスカードゥーケウス)とデザインがよく似ているが、両者はまったく別のものである(前者はヘビが1匹であるのに対し、後者はヘビが2匹で杖の上に翼が付いている)。ただ、二者の混同は欧米においてもしばしば見られる。
Wikipediaより引用

この「ケリュケイオンの杖」を持っているヘルメースはトートと呼ばれる古代エジプトの神と同一視されているんです。


トート(ギリシャ語:Θωθ)
古代エジプトの知恵を司る神。古代エジプトでの発音は完全には解明されていないがジェフティ(エジプト語:ḏḥwty)と呼ばれる。聖獣はトキとヒヒ。
Wikipediaより引用

無理矢理ではありますが、X字と猿のモチーフが繋がりました(笑)
これらの複合型を「CURE」の象徴としているんでしょうか?


もう一つのX字の意味も考えてみました。
「X」ってどういう時に使いますかね?

例えば、数学で使われる代数「x」もそうです。
サスペンスで使われる容疑者に当てるアルファベットも「X」。

精神とは目に見えない、わからないものです。
作中で精神科医の佐久間も「人の心は誰にもわからない」と語っています。
催眠術に掛かった加害者も何故、殺人を犯したのかわからないんです。

そんな不特定なものを表す最も適した文字が「X」なのではないかと思います。



終わりに

長々と「CURE」について書いてきましたが、役所広司さんの演技力も黒沢清監督の手腕も素晴らしいですね!



黒沢清監督

憎悪は催眠で覚醒する。

このキャッチコピーも秀逸。



ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。



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役所広司さん出演「三度目の殺人



黒沢清監督作「散歩する侵略者