小羊の悲鳴は止まない

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鹿の角アタックでゲット・アウト(「ゲット・アウト」ネタバレ考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は先日鑑賞してきました映画「ゲット・アウト」について語っていこうと思っております。

タイトルはふざけてますが、至って真面目です。

ネタバレがございますので未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


原題:Get Out
製作年:2017年
製作国:アメリカ
配給:東宝東和
上映時間:104分
映倫区分:G


解説

「パラノーマル・アクティビティ」「インシディアス」「ヴィジット」など人気ホラー作品を手がけるジェイソン・ブラムが製作し、アメリカのお笑いコンビ「キー&ピール」のジョーダン・ピールが初メガホンをとったホラー。アフリカ系アメリカ人の写真家クリスは、白人の彼女ローズの実家へ招待される。過剰なまでの歓迎を受けたクリスは、ローズの実家に黒人の使用人がいることに妙な違和感を覚えていた。その翌日、亡くなったローズの祖父を讃えるパーティに出席したクリスは、参加者がなぜか白人ばかりで気が滅入っていた。そんな中、黒人の若者を発見したクリスは思わず彼にカメラを向ける。しかし、フラッシュがたかれたのと同時に若者は鼻から血を流し、態度を急変させて「出て行け!」とクリスに襲いかかってくる。
ゲット・アウト : 作品情報 - 映画.comより引用


予告編



今作品の魅力

自分はあまり予備知識等を入れずにまっさらな状態で映画と向き合いたいので、基本的に予告やあらすじすら見ないことが多いです。
特にこの手の作品は出来るだけ予備知識をシャットアウトして観た方が楽しめると思うので、今作でも予備知識なく映画館へ赴いたわけですが…。

正解でした。


まず、この作品の凄いところは人種差別や偏見を逆手に取った点です。
そこが評価出来るところであり、この作品の肝でもあります。
それを最も顕著に表したのが、冒頭シーンと本作の核心部分の2つ。

そしてそのミスリードに繋がるヒントがアーミテージ一家の周りで至る所に散りばめられていました。



・冒頭シーン

ホラー映画の定番といえば、夜道を歩いている女性やか弱そうな白人が襲われる展開。
これは自分の勝手な先入観からくるものです。
今作では冒頭シーンで黒人男性が夜道を歩いていて襲われるという逆の展開に少々驚きが。

そして、気付かぬうちに食い入るように観ている自分がいました。
初っ端からこの作品の妙に魅了されていたのだと思います。
先入観の裏をかく監督の策に見事にハマってしまったわけで、だからこそよりこの作品を楽しめたのかもしれません。



・各所に散りばめられたヒント

恋人ローズとローズの実家であるアーミテージ家へと向かう道中、鹿を跳ねてしまいます。
この鹿はクリスの母親を暗喩しています。
また、雄鹿(buck)は黒人男性の差別用語としても使われる言葉です。

警察にクリスが身分証掲示を求められるシーンでも、一見ローズが人種差別反対派でクリスを庇ったように見えます。
しかし、実際にはクリスの身元がバレるのを恐れて予防線を張ったものだと考えられます。


黒人メイドのジョージーナが必要以上に鏡や窓を見ているのは、祖母が若さを手に入れたことを暗に意味していますし、クリスが夜な夜な喫煙しようと庭へ出た所を激走してくる黒人使用人のウォルターも祖父が元陸上選手であり中身が入れ替わったことを臭わす演出となっています。


親戚一同を交えたパーティーでは、白人たちがクリスに様々な会話をします。
ゴルフのフォームを見せて欲しいとか、黒人のセッ〇スは凄そうだとかこれからの時代は白ではなく黒だとか。
これは一見、皮肉ともとれる偏見発言に見えますが、裏を返せば彼らやその身内が黒人の肉体を手に入れた後のことを想像し、胸膨らませている異常な光景なんです。



クリスが部屋に戻り、携帯の充電器が抜かれていることをジョージーナに問い質すシーン。
クリスが「パーティーの招待客が白人ばかりだから、僕はいらいらしているんだ」と行った途端、ジョージーナは狂ったように「No, No, No...」と繰り返し、涙を流しながら笑い出しました。
これはジョージーナの中で眠る本当のジョージーナが黒人はいると訴えた後、祖母に意識が戻る演出ではないかなと思いました。



また、白人家族の中にいた黒人アンドリューにフラッシュ撮影した際に襲われたシーンでは、作中唯一「GET OUT」という台詞が発せられます。
タイトル「ゲット・アウト」は白人至上主義者が黒人に対しての「出ていけ」なのか?と思わせつつ、実際は白人家族に洗脳された黒人たちの黒人に対するここは危険だから「出ていけ」という意味だったんですね。



クリスを景品のように扱うビンゴ大会。
これはほとんど直接的な描写になるんですが、ここには黒人の奴隷制度が頭を過ぎるシーンとなっています。
実際、クリスの体を景品とした競りなんですけど。


終盤のクリスが捕らわれていたソファーの綿。
耳栓として使ってましたが、これはかつて黒人奴隷の労働搾取、綿花プランテーションが頭を過ぎります。
黒人奴隷の歴史をも示唆する細かな演出です。


その部屋に飾られた鹿の剥製。
鹿を毛嫌いしていたディーンは皮肉にもその鹿の角でクリスに殺されます。
まさかの鹿の角アタック。

角だけ持ってくればいいのにと思ったのは自分だけではないはず(笑)



クリスが逃亡する為に乗り込んだ白い車。
そうです、冒頭で黒人を誘拐したあの犯人の車。
その犯人はジェレミーなんですよね。
車内の助手席に置いてある甲冑の兜。
これは白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(略称kkk)を暗喩するものと考えられます。



・本作の核心部分

ビンゴ大会のように、白人至上主義者は黒人を卑下し、奴隷のように扱う。
これはイメージとしてどこか頭の中にある偏見です。
それを逆手に取った核心部分。

白人至上主義ではなく、白人が憧れた黒人の肉体、フィジカルを手に入れたいと願うもの。


母ミシーの催眠術は洗脳目的ではなく、あくまでも黒人が暴れたり抵抗出来ないように、傷つけず拘束するひとつの手段。

ミシーがクリスに禁煙を促したのも、白人の脳をクリスの体に移植した時に体が不健康にならない為。
弟ジェレミーが強さを確認しようとしたものより強い肉体を求めていた為。

そうです、全ては
クリスの体目的(笑)


体目的と言うとエロスな雰囲気が出ちゃいますが、クリスの友人ロッドが声を荒らげていた「性の奴隷」ではなく文字通り、物理的に体を手に入れること。
神経医である父による手術で、脳と神経系を移植し、黒人の体を白人が乗っ取るという恐ろしいものでしたね。



脳移植と催眠術

さて、脚本についての考察は至る所でされていると思いますので、自分は脳移植と催眠術について考えてみようと思います。


・脳移植

現在、脳移植は実験段階で実際に人では行われていませんが、父ディーンは脳神経外科医であり、祖父と祖母の脳移植に成功しています。


ここでひとつの疑問が。
例えば脳を移植した場合、ドナーの意識をレシピエントの体に繋ぐわけで、レシピエントの記憶は失われてしまうのではないのか?ということです。

いや、この場合、肉体の方がドナーで脳みその方がレシピエントになるのか?(笑)


単純に考えるなら、脳みそを取り除かれたレシピエントは記憶を失うと考えるのが自然だ。
しかし、劇中では眠らされたような状態でレシピエントの意識は存在している。


ここで考えられるのが記憶転移
臓器移植に伴ってドナーの記憶の一部がレシピエントに移る現象のこと。

臓器一つでもドナーの記憶が残っているなら、体ごと移植した場合はより記憶が残っていると考えるのが自然ではないでしょうか。
人間の体のメカニズムはまだまだ謎が多いですね(笑)



・催眠術


‪催眠術は治療として使われる。‬
‪映画「CURE キュア」でも登場した‬メスメリズムの治療から発展した科学的技術をヒプノシス(催眠)といいます。


催眠術に掛けられた際、過去のトラウマに触れてより相手に親身になり心に触れるという手法は一般的なやり口です。

その前提には

  1. 催眠術に掛かりやすい人を選ぶこと。
  2. 何度か催眠術に掛け、常に掛かりやすい状態にする必要性。

この2つがあります。


また、催眠術に掛かりやすい人の特徴は

  1. 素直な人
  2. 騙されやすい人
  3. 精神的な疾患のある人
  4. 家族の問題で悩みを抱えている人


クリスは格好の餌食なんですよね。
それを狙ってローズはクリスに近づいた可能性も示唆されます。



そして、ミシーの催眠術にはティーカップとスプーンが使用されていましたよね?

催眠術は道具は特に必要ないのですが、きっかけや合図、関連付けという意味では強く印象付けることが出来るものなんです。
糸を通した五円玉なんかもそうですね。


クリスがローズの家に招かれ、庭でティータイムをするシーン。
そこでジョージーナの様子がおかしくなったのもその催眠術(ティースプーンの音)を聞いて体が固まってしまったものと考えられる。

そう、この瞬間からクリスは知らぬ間にこのティースプーンの催眠術(事前準備)を掛けられていたんです。


そして夜、直接的にクリスは催眠術(本番)に掛けられます。
床に沈められ、気が付いた時には朝でした。
夢オチかと思われたそれも、禁煙が出来ていることで真実だと気付かされる。

ミシーはその催眠に陥った動けない状態を「沈んだ地」と呼んでいますが、目的はあくまでも先程も記述した通り、相手を傷つけず拘束する為のひとつの手段に過ぎません。

では、「沈んだ地」とは何なのか?



顕在意識と潜在意識という言葉を聞いたことはありますか?

顕在意識とは、簡単に説明すると決意や判断と言った選択する意識できる思考の領域のことですね。

潜在意識とは、その逆で意識できない思考の領域。
言わば日常生活で感じたこと、イメージや思考などの過去の記憶の貯蔵庫。
例えば、明るい場所よりも暗い場所の方がちょっぴり怖かったりしませんか?
後天的な記憶ではなく先天的に備わった記憶が集まる場所です。


この二つはよく海に浮かんだ氷山として挙げられるのですが、水面に見えている氷山の一角が顕在意識
水面下で隠れている部分が潜在意識として喩えられています。
それくらいに大きく、潜在意識は全体の9割を占めるとも言われています。



作中の「沈んだ地」では
背景はとてつもなく広く暗闇に包まれ、ふわりと浮かんだ様子は無重力の宇宙空間を想像させ、またテレビ画面を見ているかのような視点で視界が映し出される。

この空間は恐らく頭は起きているけども体は眠っている状態を表すもの。
体は動かせないけども脳は動いている、つまり金縛りをイメージするとわかりやすいと思います。
金縛りは医学的には睡眠麻痺と言われ、心霊現象ではなく脳科学できちんと解明された現象なんです。


オカルトの話で言うと、幽体離脱(体外離脱)した際に俯瞰的に自分自身を見ているなんて話を聞いたこともありませんか?
この幽体離脱も金縛りの際に起こると言われています。

テレビ画面のように見える視野も、まるでカメラで映し出した映像を俯瞰的に見ているような。
映画で喩えるなら、POV形式映画の映像をテレビ画面で見ている感覚に近いものなのではないかと。


この空間こそがその水面下に沈んだ地、潜在意識の中なのではないか?
レシピエントはその沈んだ地で眠らされた状態であると考えました。


分析心理学の世界ではその個人の潜在意識の中に誰しもが抱く共通の意識(集合的無意識)という存在が提唱されています。

下図参照

字が汚くてすみません。


つまりこの集合的無意識という沈んだ地の奥底こそが他人と他人を繋ぐ唯一の場所。
ここへ沈められて、初めて他人と他人が交差するのではないかとも思うわけです。

その為の催眠術とするなら、単なる拘束の為のひとつの手段とは言えない恐怖が潜んでいるわけですよ。



終わりに

映画「ゲット・アウト」は人の意識の奥底にある偏見を呼び起こす、そんな作品なのでしょうか。

狂気と笑いが紙一重であることを理解した演出は単なるホラー映画よりも恐ろしいものです。
作中で主人公が騙されると同時に、観客側も騙されてしまう。

非常に上手くミスリードされた、黒人に対する偏見や差別を頭にチラつかせながらもその演出には裏が隠されている非常に秀逸な脚本となっています。



「だから行くなって言っただろ」

映画館には行きましょう(笑)
ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。




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