小羊の悲鳴は止まない

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破壊と創造(『TITANE チタン』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
鑑賞してから少し時間が経ってしまいましたが
今回は『RAW 少女のめざめ』で衝撃的な長編デビューを飾ったジュリア・デュクルノー監督の長編2作目『TITANE チタン』について語っています。


※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要

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原題︰Titane
製作年︰2021年
製作国︰フランス・ベルギー合作
配給︰ギャガ
上映時間︰108分
映倫区分︰R15+


解説

「RAW 少女のめざめ」で鮮烈なデビューを飾ったフランスのジュリア・デュクルノー監督の長編第2作。頭にチタンを埋め込まれた主人公がたどる数奇な運命を描き、2021年・第74回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いた。幼少時に交通事故に遭い、頭蓋骨にチタンプレートを埋め込まれたアレクシア。それ以来、彼女は車に対して異常なほどの執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになってしまう。自身の犯した罪により行き場を失ったアレクシアは、消防士ヴィンセントと出会う。ヴィンセントは10年前に息子が行方不明となり、現在はひとり孤独に暮らしていた。2人は奇妙な共同生活を始めるが、アレクシアの体には重大な秘密があった。ヴィンセント役に「ティエリー・トグルドーの憂鬱」のバンサン・ランドン。
TITANE チタン : 作品情報 - 映画.comより引用





感想

まずはTwitterに上げた感想から。


本作『TITANE チタン』の監督ジュリア・デュクルノー、長編2作目ということで楽しみにしてましたが、素晴らしいですね!

この映画で、第74回カンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受賞。
女性監督作品の受賞は28年ぶり2度目ということで話題にもなっていました。


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自動車事故から性的倒錯を覚える主人公ということに加えてカンヌでパルムドールを獲得したこともあって、カンヌで審査員特別賞を獲得したデヴィッド・クローネンバーグ監督作品『クラッシュ』を彷彿とさせる。といった前情報は入ってました。

しかし、いざフタを開けてみたらびっくり!
クローネンバーグ『クラッシュ』だけではないリスペクトに、ジュリア・デュクルノー監督のクローネンバーグ愛を感じるではありませんか(笑)

ということで、前作『RAW 少女のめざめ』とクローネンバーグ作品に絡めた考察をしていきたいと思います。



考察

ジュリア・デュクルノー監督の長編デビュー作品『RAW 少女のめざめ』は本作『TITANE チタン』とある共通点を持つ。
それは、アレクシア、ジュスティーヌ、アドリアンと登場人物の名前が同じであること。

『RAW 少女のめざめ』の考察はこちら。

4年前の考察記事ということもあって纏まりのない拙い文章となっていることをはじめにお詫び申し上げます。

『RAW 少女のめざめ』の考察記事でも記述しています『不幸の美徳』は本作『TITANE チタン』を紐解く上でも重要であると考えます。

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ジュスティーヌあるいは美徳の不幸の挿絵

『美徳の不幸』 (Les Infortunes de la Vertu)
サド侯爵 (Marquis de Sade) が1787年に著した小説である。のちに大幅な加筆修正が施され、『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』 (Justine ou les Malheurs de la Vertu) 、さらに『新ジュスティーヌ』 (Nouvelle Justine) として出版された。『悪徳の栄え』と対を成す作品である。


宗教的美徳に逆らい、数々の辛酸を嘗め、罪を重ねることにより、自我が芽生える。

アレクシアはジュスティーヌと交わり、それを壊すことで自分というものを創り上げ、自身を認識しようとしているように見えました。


『RAW 少女のめざめ』では主に三大欲求七つの大罪を交えて考察しました。

本作『TITANE チタン』では、その三大欲求のひとつでもある性欲と、キリスト教のを綴ることで、より踏み込んだ作品となっているように感じます。





本作『TITANE チタン』では、ギリシア神話やキリスト教のメタファーが散りばめられています。

例えば、本作のタイトル『TITANE チタン』の語源ともなったギリシア神話に登場する神の名はティーターン
豪華客船タイタニック号の語源でもあるタイタン(巨大な)という意味や、強靭で耐久性のあることから名付けられた元素チタンなどがありますが

ティーターンはギリシア神話における地球最初の子。
つまり、物語を最後まで観ると分かると思いますが、タイトルの『TITANE チタン』とは主人公であるアレクシアのことでも頭に埋め込まれたプレートのことでもなく、頭にプレートを埋め込まれた主人公アレクシアが身篭った子を指す言葉なんですよね。



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また、連続殺人事件を起こして放火までし、逃げ場を失ったアレクシアが行方不明の男性に成りすまし、消防士ヴィンセントの息子として彼に近づく。

火というのは昔から信仰などで使われてきました。
不浄なものを焼き払う意味や、生きる上で必要不可欠である一方で人を死に至らしめる恐ろしい存在でもある。

旧約聖書では火は導くものとされる。
出エジプト記 13章21節
「主は彼らの先を歩まれ、昼も夜も歩めるよう、昼は雲の柱によって彼らを導き、夜は火の柱によって彼らを照らされた。」


本作『TITANE チタン』においては、金属のように冷たく頑丈なアレクシアの心を溶かし、熱を帯びさせる役目も担っているとも考えられます。
これは息子を失ったヴィンセントの息子への愛であり、父親から愛されなかったアレクシアの父親への愛でもある。



キリスト教における愛は大きく分けて3つ。

エロース(Eros)
世間一般では性的なものとして用いられています。
求めたり欲したりするイメージで、自己中心的な愛とされます。

フィリア(Philia)
愛情にあふれた配慮や友情を意味しますが、家族や関係のある人々に対しても友愛は成立します。

アガペー(Agape)
無償の愛。
キリスト教における神が私たちに愛を与えるように見返りを求めないもの。
自分から与えるという点においては、エロースと対照的な愛とも見れます。


本作『TITANE チタン』はこのキリスト教における3つの愛を巡り、アガペーへと辿り着く愛を痛々しいほど感じられる作品だと言えるのではないでしょうか。





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本作『TITANE チタン』の主人公アレクシア。
幼少期の自動車事故によって頭にチタンプレートを埋め込まれ、成長した彼女は自動車と愛を交わす。

この性行為だけに焦点を絞れば、デヴィッド・クローネンバーグの『クラッシュ』を連想するのも無理はない。

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「ザ・フライ」「裸のランチ」などで知られるカナダの鬼才デビッド・クローネンバーグ監督がイギリスのSF作家J・G・バラードの小説を映画化し、第49回カンヌ国際映画祭で審査委員特別賞を受賞した作品。自動車事故をきっかけに倒錯的セックスにのめりこむようになった男女の姿を描き、過激な性描写などで賛否両論を巻き起こした。倦怠期にあったジェームズと妻キャサリンはハイウェイで衝突事故を起こす。やがてジェームズはその事故で夫を亡くしたヘレンと再会。事故の瞬間にエクスタシーを感じ、それを忘れられなかったジェームズはヘレンとセックスをし、さらに自動車事故で性的快感を得た者たちによる集会に参加することに。その指導者的存在の男ボーンはジェームズとキャサリンをさらなる官能の世界に導いていくが……。主人公ジェームズ役に「セックスと嘘とビデオテープ」のジェームズ・スペイダー、ヘレン役に「ピアノ・レッスン」のホリー・ハンター。
クラッシュ(1996) : ポスター画像 - 映画.com

しかし、もっと相応しい映画が同じくデヴィッド・クローネンバーグ監督作品『ラビッド』です。

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オートバイ事故で重症を負った女性ローズは病院で皮膚の移植手術を受ける。やがて彼女の身に異変が。夜な夜な町をさ迷い歩き、わきの下から生えた突起物で抱きついた相手の血を吸っていたのだ。吸われた側にも同じ症状が現れ、被害は拡大。町は感染者であふれていくが……。「グリーンドア」で知られるハードコア女優マリリン・チェンバースを主演にすえたホラー。クローネンバーグ監督が性的なイメージを散りばめながら描く震撼の惨劇。
ラビッド(1977) : 作品情報 - 映画.com


交通事故による皮膚移植手術後に起こる体の異変と連続殺人。
『ラビッド』では、体に異変が生じた女性が、男性たちを次々に殺していく話。
あらすじだけでも概ね類似点は察しがつくと思われます。


そしてもうひとつの作品が『ザ・ブルード 怒りのメタファー』です。

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夫婦間や親子間の亀裂というテーマとともに、驚愕の科学実験が生んだ凄惨な恐怖を描いたデビッド・クローネンバーグ監督のホラー。幼少期に受けた虐待が原因で神経症を患うノラは医師ラグランの診療施設に入院する。しかしノラの夫フランクは彼女を隔離し面会させないラグランに不信感をいだく。一方、ラグランは人間の怒りを実体化する実験を行なっていた。ノラの体にできた腫瘍から異形の群れが現れ、やがて復讐を開始。ノラとフランクの娘キャンディスにも危険が迫る。
ザ・ブルード 怒りのメタファー : 作品情報 - 映画.com


本作『TITANE チタン』でも冒頭からの男性嫌悪の傾向から見ても、父親から虐待を受けていた可能性を示唆しています。

つまり、車に対する性愛も後半に消防士ヴィンセントと疑似家族のような親子愛を求めたのも、すべては幼少期の交通事故と父親から受けた虐待のトラウマからの克服である可能性が高い。



初期のデヴィッド・クローネンバーグ作品のボディホラー、主にグロやキモいと表現されるものに関して、僕個人が思う彼のテーマは虚構を介して現実を知ること
ないし、アイデンティティーを追求していくことでもあって、ホラー的な描写はその表現方法の一つにすぎない。

このデヴィッド・クローネンバーグの初期作品『ラビッド』及び『ザ・ブルード 怒りのメタファー』を本作『TITANE チタン』では監督ジュリア・デュクルノーが一度壊し、性欲という人間の欲求と愛、種の保存から再構築して創ったアレクシアという人間のアイデンティティーを巡る物語となっているように思います。


ただのオマージュ、模倣ではなく、デヴィッド・クローネンバーグ作品のメッセージをしっかりと受け止めた上で、自分なりに咀嚼して自分のものとして消化し、自身の作品に投影することができる。

愛を巡る物語でクローネンバーグ愛を語る。
この映画『TITANE チタン』で見せられたものこそジュリア・デュクルノー監督の手腕だと認めざるを得ない出来ではないだろうか。




終わりに

他にも言いたいことがあった気がしますが、ひとまずはこれにて。
万人受けするような映画ではなく、こういった尖った映画が評価されるのはとても喜ばしいことですね。

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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