現実と虚構の水面下で見えるもの(「アンダー・ザ・シルバーレイク」ネタバレ考察)
目次
初めに
こんばんは、レクと申します。
今日は楽しみにしていた『アンダー・ザ・シルバーレイク』を観てきました。
一度鑑賞した後で纏まらないようならもう一度観ようと思ってましたが、一先ず無理矢理にでも纏めてみました。
とは言っても、これだ!という答えが出せた訳ではなく、それこそこの映画に含まれるテーマのひとつでもあるかと思います。
相も変わらず、こじつけて考察していますので、あくまでも個人の解釈であるということを念頭にお読みいただけると幸いです。
この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。
作品概要
原題:Under the Silver Lake
製作年:2018年
製作国:アメリカ
配給:ギャガ
上映時間:140分
映倫区分:R15+
・解説
「イット・フォローズ」で世界的に注目を集めたデビッド・ロバート・ミッチェル監督が、「ハクソー・リッジ」「沈黙 サイレンス」のアンドリュー・ガーフィールド主演で描いたサスペンススリラー。セレブやアーティストたちが暮らすロサンゼルスの街シルバーレイク。ゲームや都市伝説を愛するオタク青年サムは、隣に住む美女サラに恋をするが、彼女は突然失踪してしまう。サラの行方を捜すうちに、いつしかサムは街の裏側に潜む陰謀に巻き込まれていく。「私たちは誰かに操られているのではないか」という現代人の恐れや好奇心を、幻想的な映像と斬新なアイデアで描き出す。サラ役に「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のライリー・キーオ。
アンダー・ザ・シルバーレイク : 作品情報 - 映画.comより引用
・予告編
本作のテーマ
監督のデビュー作『アメリカン・スリープオーバー』が流れるシーン。
登場する女性が劇中に登場する娼婦として作り替えられているのが印象的である。
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これは表立った舞台に立つ人間の裏の顔を暴くというメッセージのようで、監督自身の作品をネタにする辺りが、この映画にも裏があるんだぞと言わんばかりの挑発的演出にも映る。
劇中で聞こえた懐かしの電子音。
そう、1983年に発売された大人気ゲーム「マリオブラザーズ」のBGMです。
土管に入り、下へと潜っていくマリオはまるでこの先のサムを示唆するようでもある。
下、例えばアンダーグラウンドといったように"下"という言葉には表面下に潜む闇を暫し表す言葉として用いられる。
タイトル、そして劇中にも登場する「シルバーレイクの下」という言葉は物理的な意味ではなく、 我々の住む現実世界の根底を支配している闇、現実と虚構の狭間をテーマに混沌とした深層心理を描いた作品であると思います。
さて、このテーマを基にここで『アンダー・ザ・シルバーレイク』を象徴する都市伝説や陰謀について掘り下げていきましょう。
犬殺し
まずは"犬殺し"から考えていきましょう。
冒頭にも登場したカフェの窓ガラスに書かれた「BEWARE THE DOG KILLER(犬殺しに気をつけろ)」の警告文。
資産家の失踪事件とサムが見た夢、そして彼女の失踪と事件を繋ぐキーワードとなっています。
劇中ではシルバーレイクの都市伝説としても使われる"犬殺し"。
しかし、本来は別の意味があることをご存知でしょうか?
当管理人は三国志が好きなんです。(唐突)
三国志とは魏呉蜀の対立を描いた中国の後漢末期から三国時代にかけて群雄割拠していた時代(180年頃〜280年頃)の興亡史。
この三国時代の蜀の初代皇帝、劉備は有名ですよね?
彼の先祖に当たる人物、劉邦。
「項羽と劉邦」でも有名ですが、劉邦は秦の始皇帝の死後、項羽とともに戦い天下を手に入れた漢王朝の初代皇帝です。
その劉邦の沛時代からの配下である樊噲の仕事は"犬殺し(狗屠)"。
本作『アンダー・ザ・シルバーレイク』における"犬殺し"とは少し違ったものなんですよね。
この時代、中国で犬は食用でした。
貧しい人々が食料とする為、野良犬として生きてはいけない。
飼い主を失った犬がどんなに惨めか。
その為に産まれた子犬を食料として処理する"狗屠"という職業があったんです。
古代中国では飼い主がいなくなり住む家も失った犬は、すぐ誰かに食べられてしまう運命が待っているという現実。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』を観ていて劇中のサム自身と重なる部分があるなと考えてました。
また、サラが失踪する前夜にサムが見た夢を思い出してもらいたい。
夜道にサラの飼っていた犬が殺され、彼女の姿をした女性が男性の腸に食らいつく姿。
劇中の"犬殺し"もただ犬だけではなく、人をも、そして食料として屠る者だという明白な描写なんです。
サムが見たサラや女性達が犬のように吠える幻想も、後に出てくるセブンスの娘の台詞「犬を殺せるなら人も殺せる」を連想させるように犬と人の境界線を曖昧にし、"犬殺し"に対するサムの抱いた恐怖心の可視化なのだと思います。
尾行されている(と思い込んでいた)のも恐怖心の表れかと。
劇中の台詞「犬は無条件に愛情をくれる」から考えると"犬"は夢のメタファーとなる。
つまり、"犬殺し"は後に人々をも飲み込んでしまう現実の恐ろしさを指すものと解釈しましたが、作中では畏怖するものの象徴として描かれていますね。
ついでに後半に登場したコヨーテについても記述しておきます。
コヨーテはイヌ科イヌ属に属する哺乳類。
米インディアン(カド族)の昔話コヨーテとお人好しのオポッサム北アメリカインディアンのほとんどの部族が、コヨーテをトリックスターとして崇めている。彼らにとって、大文字で「Coyote」と書くとコヨーテ神の意味を持っている。彼らの伝承で、コヨーテによって人間社会にもたらされたものはタバコ、太陽、死、雷をはじめとして、あらゆるものに及んでいる。
コヨーテ - Wikipediaより引用
劇中でも語られたように、コヨーテは聖なる生き物と称されています。
ここは後ほど少し絡めてお話します。
フクロウのキス
フクロウって、実際にキスするんですね。
ギリシャ神話において、フクロウは女神アテーナーの象徴であるとされる。知恵の女神アテーナーの象徴であることから転じて知恵の象徴とされることも多い。
東洋では、フクロウは成長した雛が母鳥を食べるという言い伝えがあり、転じて「親不孝者」の象徴とされている。
「梟雄」という古くからの言葉も、親殺しを下克上の例えから転じたものに由来する。フクロウ - Wikipediaより引用
フクロウはかつて、アメリカの先住民に死の象徴として捉えられていたという話もあるみたいです。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』の都市伝説では街の裏組織にとって都合の悪い者を秘密裏に始末しているというもの。
フクロウは音を立てずに獲物に飛び掛かることから「森の忍者」と称されることがありますが、劇中でも足音を立てずに背後から忍び寄る全裸のフクロウ女が登場しました。
同人作家の自殺の件からも、恐らくはこのフクロウ女は自殺のメタファーであると考えられます。
もしかするとサムもあと一歩で自殺していたのかもしれません。
また、フリーメイソン、イルミナティのシンボルもフクロウです。
フクロウがアメリカのドル紙幣に刻まれているというのは劇中にも挙げられています。
イルミナティのシンボル①「フクロウ」より引用。
実際に話として存在する都市伝説を映画という創作物の中で使用する。
こういった演出もまた、この映画のテーマにもある現実と虚構に沿ったものではないでしょうか?
3という数字
次に気になったのが"3"の数字です。
失踪者セブンスは3人の娼婦と焼死したとニュースに流れました。
そのうちの一人がサラだとサムは気付いたわけですが。
サラの持っていた人形も3体。
サラを探してサムが後を追った女性も3人組。
そしてパーティー会場で見たバンド「イエスとドラキュラの花嫁たち」も女性3人。
シューティングスターの娼婦も3人。
特に構図として、人形を除いて全て男性1人に対して女性3人なんですよね。
ある意味、玩具としては男根1に女性3でしたが(笑)
パーティー会場入口付近で女性が「3、3、三位一体」と歌っていたのは覚えてますでしょうか?
三位一体は、キリスト教において「父」と「子(キリスト)」と「聖霊(聖神)」が「一体(唯一の神)」であるとする教え。
三位一体 - Wikipediaより引用
カトリック教会では「老人の姿の父、キリスト、火の姿で表される聖霊」の図像も広く用いられている。
正教会においては、「三つが一つであり、一つが三つというのは理解を超えていること」とし、三位一体についても「理解する」対象ではなく「信じる」対象としての神秘であると強調される。
つまり、父はソングライターの老人、子は人気バンドを含むアーティストたち、聖霊は上記にも記載した通り聖なる生き物と称されたコヨーテ。
バンドの曲から暗号を解読し、コヨーテに導かれ、ソングライターと出会う。
そしてポップカルチャーの裏側、闇、アンダーグラウンドな世界も理解するのではなく信じる対象として強調するものと考えられる。
非常に妄信に描き出した宗教的な図式であることがわかる。
敬意と隠喩
『アンダー・ザ・シルバーレイク』は言うまでもなく様々な映画作品のオマージュとメタファーが散りばめられていますね。
前から姿を消した美女を追い求める様は『めまい』を。
双眼鏡で覗く様は『裏窓』を彷彿とさせる。
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劇中にはヒッチコックの墓も登場し、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督のアルフレッド・ヒッチコックへ対する執着の畏怖とも取れる敬意が感じられる。
サムの白昼夢のような妄想でサラが失踪してから再びプールに姿を表すシーンではサラがマリリン・モンローの遺作『女房は生きていた』と同じポーズをとる。
これは死んだはずの女性が再び目の前に現れるという虚構世界そのもの。
サラ自身が持っていた3体の人形のひとつがマリリン・モンローという細かい演出も良い。
メタファーと言えば、サムが大切にしていた雑誌「PLAYBOY」のカバーと後半のシルバーレイク貯水池での演出。
監督デヴィッド・ロバート・ミッチェルの言葉を借りるなら
いつも水にインスパイアされているんだ。
水辺の光景や音は観客を映画の中に招き込むと思っている。
水は物理的なものでもあるけれど、同時に全てを超越するものでもあるんだ。
『アメリカン・スリープオーバー』のパンフレットより引用
今作同様に、彼の過去作『イット・フォローズ』でも血に染まりゆくプールの描写がありましたが
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澱みないものが穢れていく様、そして形のないものの変容性、シルバーレイクという水面下から虚構が現実を飲み込んでいく様を描き出している。
サムの母親から送られてきた『第七天国』のVHSにあるジャネット・ゲイナーの「うつむかないで、上を向いて」という台詞。
これは
シルバーレイクの下へと足を踏み入れたサムが形のない答えを探して現実と虚構の狭間で現実を、上を向く展開、構図を端的に表現したものとなっている。
また、"犬殺し"と"フクロウ"の二点から少しずつ見えてくるものがあるんですよ。
それが、サムの見た妄想が現実世界でも見え始めること。
犬殺しでは単なる悪夢だったが、フクロウでは虚構が現実に干渉している。
つまりはサム自身の現実逃避の進行の現れ。
何が現実で何が虚構か分からなくなる、作り上げた妄想が真実を曇らせ、その世界観に引きずり込まれる。
デヴィッド・リンチ監督作『マルホランド・ドライブ』に近いものもあるのだろう。
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ただ、『マルホランド・ドライブ』と違うところは、サムの妄想から物語が始まっていること。
カート・コバーンは絶望して自分の命を絶っているが、サムは命ではなく(恐らくは音楽の)夢を絶ったと考えられる。
そんな彼を妄信させたのが隣人のサラ。
彼女と出会うことで、サムの現実逃避に拍車が掛かる。
「イエスとドラキュラの花嫁たち」の曲「回る歯」のように。
サムが目にしたものを妄想として現実世界で見せたのも、この映画のテーマである現実と虚構の狭間を可視化する為だと分かる。
総評
ポップカルチャーへの熱量と情報量の多さ。
現実と虚構の狭間で我々観客が掻き立てられる探究心は、まるで暗号を探す主人公と重なるように混沌とした深層心理、ネオ・ノワールの世界へと嵌っていく。
作中に散りばめられたオマージュやメタファー、その伏線をしっかりと回収しつつ芸術的に魅せるデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の才能と腕に惚れてしまった。
過去作『イット・フォローズ』は性と死というテーマの元、愛や青春を交えた希望を主軸に描かれていました。
今作『アンダー・ザ・シルバーレイク』ではその希望を見出すまでの絶望、もがき苦しむ現実逃避が主軸のように思います。
きっとあの排泄物を映した意味の無いシーンにも何か理由があるのでしょう。
便器の中が現実世界を表してて、現実はクソだとでも言いたいのだろうか?
この映画は答えを出すものではなく、探すものだと思う。
理解するよりも信じること、考えるより感じるもの。
それでもこの難解さはどうしても考えたくなる。
何が正解で何が間違いかは分からない。
だからこそ、自分の中でその答えを探し続けていく。
そういうものだと思いました。