2度の目覚めによる夜明け(『アンテベラム』ネタバレ考察)
目次
初めに
どうも、レクです。
今回はずっと観たかった映画のひとつ『アンテベラム』について語っています。
『アンテベラム』は絶っっっっ対にネタバレを読まずに行った方がいいです。
こんな記事、読んではいけません(笑)
何も知らずに観に行くことで感じるものこそがこの物語のメッセージとして最も重要なことで、そこで振り回されて自分の価値観と向き合ってもらいたい。
そういう考えではいるので、正直なところ『アンテベラム』のネタバレ記事を書くことも憚られる思いでいました。
それでも見える形として、僕自身がどう感じたのかを残しておこうと記事を書かせていただいております。
なので、しつこいようですが、まだご覧になられていない方はUターンをお願いします。
※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。
作品概要
原題︰Antebellum
製作年︰2020年
製作国︰アメリカ
配給︰キノフィルムズ
上映時間︰106分
映倫区分︰G
解説
「ムーンライト」「ドリーム」のジャネール・モネイが境遇の異なる2人の人物を1人で演じた異色スリラー。人気作家でもあるヴェロニカは、博士号を持つ社会学者としての顔も持ち、やさしい夫と幼い娘と幸せな毎日を送っていた。しかし、ある日、ニューオーリンズでの講演会を成功させ、友人たちとのディナーを楽しんだ直後、彼女の輝かしい日常は、矛盾をはらんだ悪夢の世界へと反転する。一方、アメリカ南部の広大なプランテーションの綿花畑で過酷な重労働を強いられている女性エデンは、ある悲劇をきっかけに仲間とともに脱走計画を実行するが……。ヴェロニカとエデンの2役をモネイが演じている。製作に「ゲット・アウト」「アス」のプロデューサー、ショーン・マッキトリック。
アンテベラム : 作品情報 - 映画.comより引用
感想
うわーーーーー!
めちゃくちゃ胸糞悪い話だったーーーー!!!
ということで、冒頭から黒人差別を可視化したプロットにメンタルをガリガリ削られながら観ましたよ。
『ゲット・アウト』『アス』のプロデューサーとのことで、内容は概ね予想した通りではありましたが、冒頭から凄まじい。
この2作のようなコミカルさはなく、シニカルに描いています。
まるで悪夢を見ていたかのように。
現在の物語を過去の出来事、過去の物語を今の出来事のように錯覚させ、時系列を反転させ、夢オチに見せかける脚本と演出にやられましたね。
ちゃんと劇中で分かりやすく明示されるんですが、過去パートから「何かがおかしい」と匂わせてくるんですよ。
この違和感、点と点が線で繋がった時に押し寄せてくる感情…物凄く胸糞悪い。
考察
物語は主人公エデンをはじめ黒人たちが白人たちに奴隷として扱われ綿花を摘まされていた時代(以下、エデンパート)から始まります。
黒人奴隷制度です。
プランテーション(商業的大規模農園)はイギリス領アメリカ植民地の南部で発展し、南北戦争によって廃止されるまで200年以上にわたって存続した悪しき歴史。
そこでは、捕虜となった黒人たちが会話を禁じられ、綿花を摘まされ、暴力と性的搾取を受ける姿が映し出される。
逃げるものには死を、歯向かうものには焼印を。
そこで夢オチのように、スマホの着信音で目を覚ます女性ヴェロニカ(以下、ヴェロニカパート)へとシーンは移ります。
彼女はリベラル派としてテレビにも出演する有名な学者。
優しそうな夫、そして可愛らしい娘と過ごす幸せな家族の様子を見せられる。
観客はあのエデンパート、「黒人奴隷制度が悪夢であった」とほっと胸をなでおろすと思います。
この時には「もしかしてエデンはヴェロニカの前世の記憶なのか?」などとスピリチュアルな妄想なんかしてしまっていたんですが…。
そんな安堵も束の間
彼女は人として支持されているにも関わらず、黒人女性というだけでホテルのフロントで順番を後回しにされる。
予約したレストランでは隅っこの狭い席を案内され、ウエイターから安いワインを提供される。
これこそが現代でも起こり得る黒人差別の現状であるということ。
そして、ヴェロニカは白人たちによってパーティー会場から拉致されてしまいます。
ここで、シーンはエデンパートへと再び戻ります。
このエデンパート(現時点では南北戦争時代と思っている)であるはずのないスマホがでてくることで、エデンパートが時系列では現在、ヴェロニカパートが過去の出来事だったことを観客が悟るように劇中で開示される。
あの黒人奴隷制度が行われていた凄惨な光景は、まさに今起きている出来事だったのです!
ここで本来なら「どひゃー!!!」と驚くところですよね?
恐らく、製作側もそれが狙いの大きな仕掛けでもあります。
実はこの少し前に、エデンパートからヴェロニカパートへ移行した直後、エデンの腰にあるはずの焼印の位置をヴェロニカの腰のクローズアップで映すショットが挿入されるんです。
そこでなんとなく気づいちゃうんですよね…この2人は同一人物なのでは?と。
エデンパートで焼印を押された時、押されるまで頑なにエデンは自分の名前を名乗らなかったことも、有名な学者であるヴェロニカということを伏せるためのものであると後に気づけたりもします。
とはいえ
段階的にヴェロニカパートでも過去の黒人差別が現代でも残っているということを観客に分からせながら、エデンパートでは現実的には難しい再現トリックを使って更に黒人差別そのものを可視化させて、映像として観客をぶん殴ってくるんだもん。
タイトルのロゴが反転していることでもちゃんとこのトリックを匂わせている、とても真摯でフェアな構成なんですよね。
簡単なようで難しい、シンプルだからこそ凄いと思えるんです。
やられたの一言ですよ。
2度の目覚めにスマホという現代を象徴するアイテムを使用することで時系列を逆転させる面白さもここにありますね。
1度目はエデンパートを悪夢だと観客に思わせる目覚め。
2度目はエデンパートは悪夢なんかじゃないぞと観客に思わせる目覚め。
この2度の目覚めを通して、我々観客が目覚めなければならないんです。
現実に在る悪夢から。
創作物である映画という媒体を使って、タイトルの意味によるミスリードで、そして観客の知識を逆手に取り、このエデンパートを過去の歴史の光景のように見せる。
観客は南北戦争時代、アメリカ南部でのイギリス人による凄惨な黒人差別を目の当たりにしているのだと勘違いさせられる。
ここですよ、前情報やネタバレを見ずに本作『アンテベラム』を観るからこそ得られるものはここなんですよ!
まさか現代で、黒人奴隷制度のような凄惨な黒人差別が行われているはずがない。
そんな観客の先入観や固定観念を利用した映画的でありながら実に見事な作劇。
以下、エデン=ヴェロニカパート。
エデンが蝶番に油を塗り続けていたこと、軋む床板を避けて歩く素振りを見せていたこと。
これらの違和感の答えを出しながらヴェロニカの習っていたホットヨガを生かしたスリリングな脱出劇。
黒人奴隷として捕虜となった黒人たちの会話を封じること、沈黙もここで効いてくる。
そう、彼女らは現代を生きる人間たちだ。
つまり現代的な会話から観客に気付きを与えてしまう。
つまりは、再現されたプランテーションということを観客に悟らせないための沈黙でもあるということ。
騙されているのは実は観客だったいうこの辺りも『ゲット・アウト』同様に上手いなと思わされます。
ヴェロニカに送られた花束、リベラル派としてテレビに出ていたこと、「あなたが唯一の希望」と言われた有名な学者であることの周知。
これらの伏線も回収しつつ、白人と黒人、女性と女性の戦いを経てヴェロニカは解放、自由を手にする。
実際に、現代では多様性が謳われ、多かれ少なかれ差別に関しても万人が意識をしていると思います。
が、しかし、そんな現代でもにおいても、黒人差別が根強く残っている、そういった差別意識を自覚的、無自覚的に持っている人たちいる。
つまり、黒人たちにとって黒人差別とは過去のものではないということ。
また、イギリス人が連れてこられた黒人女性に惚れるも、暴力を振るって白人優位を見せつけるシーンも印象深い。
再現されたプランテーションという閉塞的な空間で、周りの環境によって自らの意思ですら偏見や差別に染まってしまう。
フェミニズムを描く上でのマチズモ的な思想を明るみにしているのだから。
黒人差別をテーマに作られた映画なので、黒人差別に絞って話をしていますが、こういった性差別や他の差別意識にしても同じことが言えます。
「過去の出来事だから。」
こういった心のない言葉というのは、今、自分が安全圏にいるから言えることであり、差別を受けている方々にとっては現在進行系の負の遺物であるということ。
本作で冒頭のウィリアム・フォークナーの言葉が引用されたことはここに繋がります。
「過去は決して死なない。過ぎ去りさえしないのだ。」
『ゲット・アウト』は、黒人差別の裏をついて人間の意識の奥底にある偏見を呼び起こす物語。
『アス』では、奴隷解放宣言からの公民権運動を経たアファーマティブ・アクション、表面化する偏見や差別意識に焦点を当てた物語。
そして本作『アンテベラム』は、過去の負の歴史である黒人奴隷制度を通して、現在も尚根強く残る差別意識を可視化した物語となっていますね。
終わりに
ということで、如何でしたか?
『アンテベラム』について語ってきました。
本作の脚本は監督の見た悪夢にインスパイアされて作られたそうですが…あえてもう一度ここで言っておきましょう。
我々観客が目を覚めなければならないんです。
現実に在る悪夢から。
『それでも夜は明ける』。
スティーヴ・マックイーン監督作品のように、「いつか夜は明ける」と願うばかりです。
最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
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