小羊の悲鳴は止まない

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私の名を呼べ(『キャンディマン』ネタバレ感想・考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
今回は鏡の前で5回その名を唱えると殺される都市伝説を描いたホラー映画、ジョーダン・ピールが脚本と製作に携わった『キャンディマン』について、1992年公開の『キャンディマン』を交えつつ語っております。

※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要

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原題:Candyman
製作年:2021年
製作国:アメリカ
配給:東宝東和
上映時間:91分
映倫区分:PG12


解説

1992年製作のカルトホラー「キャンディマン」を、「ゲット・アウト」「アス」のジョーダン・ピール製作・脚本で新たに映画化。シカゴの公営住宅「カブリーニ=グリーン」地区には、「鏡に向かって5回その名を唱えると、右手が鋭利なかぎ爪になった殺人鬼に体を切り裂かれる」という都市伝説があった。老朽化した公営住宅が取り壊されてから10年後、恋人とともに町の高級コンドミニアムに引っ越してきたビジュアルアーティストのアンソニーは、創作活動の一環としてキャンディマンの謎を探っていた。やがて公営住宅の元住人だという老人と出会ったアンソニーは、都市伝説の裏に隠された悲惨な物語を聞かされる。主人公アンソニー役は「アクアマン」で強敵ブラックマンタを演じて注目されたヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世。アンソニーを支えるブリアンナ役で「ワンダヴィジョン」のテヨナ・パリスが共演。監督は「キャプテン・マーベル」続編の「ザ・マーベルズ」に抜てきされたニア・ダコスタ。
キャンディマン : 作品情報 - 映画.comより引用





感想

まずはTwitterに上げた感想から。










キャンディマン
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キャンディマン
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キャンディマン
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キャンディマン
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言わないよ?

はい、これがやりたかっただけです、すみません(笑)
ここからは真面目に語っていきます。


本作『キャンディマン』は過去作1992年公開の『キャンディマン』(以下『キャンディマン』(92))と同じ題材を使いつつ、続編的な構成で再度映画化。
そこに、脚本・製作ジョーダン・ピールの作家性、主に繰り返される歴史や継承されてしまう差別意識を組み込み、新たな『キャンディマン』として作り上げられています。

一方で『キャンディマン』(92)を観てなくても楽しめる親切設計ながら、『キャンディマン』(92)を観ているとまた別のテーマも浮かび上がってきます。


つまり、過去の作品を良い意味で自分色に変えた脚本力や演出力で魅せるリブート、続編的な位置づけ。

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例えば
ダリオ・アルジェント監督作品『サスペリア』(1977)から大きく世界観を変えて"ドイツの秋"など歴史的な要素を練り込み、再構築したルカ・グァダニーノ監督作品『サスペリア』(2018)。
ジョン・カーペンター監督作品『ハロウィン』(1978)からスリラー要素を残しつつアクションエンタメへと振り切り、後日譚として作り直したデヴィッド・ゴードン・グリーン監督作品『ハロウィン』(2018)。

これらの毛色と近いと思います。



考察

もう少し掘り下げて見ていきましょう。

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①再映画化の意義

リメイクやリブートはこれまでも多くの作品でされてきました。
リメイクやリブート、つまり再映画化される大きなメリットというものがあります。
ひとつは、宣伝効果、話題性の高さ。
もうひとつは、過去の古い作品にもスポットが当たること。
そして、新しい監督による作家性との化学反応。
※ジョーダン・ピールの作家性については後述しています。


言うまでもなく、全くイチからオリジナル脚本で1本の映画を撮るよりも過去作を再映画化することでタイトルの周知や宣伝、話題などが広まりやすい。
それと同時に過去作に再度スポットが当たることで、新しいお客さんの導入も期待できる。
また、VFXなどの最新技術でより映像が鮮明に綺麗に作り直すことができる。

この段階では、映画の出来不出来は然程問題ではなく、商売として成立する映画においては鑑賞されることが目的でもあるので新旧ともにWin-Winな関係でもあるんですよ。

本作『キャンディマン』なら『キャンディマン』(92)、及び今や視聴難易度が高すぎる『キャンディマン2』『キャンディマン3』など過去作を鑑賞しようとされる方が一定数は現れます。
新旧の比較もまた、鑑賞者側からすれば楽しみでもあるんですよね。


単に前作を真似して物語をなぞり、世界観を崩さずに作り直したとしても、そこには何の魅力も持たないんですよ。
先ほど書いた話題性や宣伝効果は置いておいて、映像は兎も角、映画としては「オリジナルでいいでしょ、これなら。」と思っちゃう側でして。

新たな監督が自分色に染めて再映画化することで、同じ映画でも"新しさ"を求められているわけです。
まさに、自分が思うリメイクの意義というのはここが大きい。





②オリジナルとリメイクの繋がり

先程も語りましたが、本作『キャンディマン』はオリジナル版『キャンディマン』(92)の続編的な立ち位置と言える。

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鏡の前でその名前を5回唱えると現れるという“キャンディマン”の伝説。そのことを研究していた女子大生ヘレンの前に、謎の黒人が現れるが、彼こそキャンディマンであった……。
キャンディマン - 作品 - Yahoo!映画より引用


キャンディマンの正体はダニエル・ロビタイルという黒人男性。
1890年代、彼は絵描きを生業として白人女性と恋に落ちて妊娠させてしまう。
それを知った白人たちの手によって悲惨な死を遂げた。
大学院生の白人女性ヘレン・ライルはキャンディマンの存在を疑い、襲われる。

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これが本作『キャンディマン』でも影絵で語られた都市伝説であり、『キャンディマン』(92)の物語。
その背景には"カブリーニ・グリーン"地区の貧困や差別、暴力といった問題を孕む。


一方で、本作『キャンディマン』でのキャンディマンの正体はシャーマン・フィールズだと語られる。
生き証人でもあるバークから都市伝説の話を聞き出すと、どうやら飴を子どもたちに配る鉤爪の黒人男性だったそうだ。

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そんなある日、白人少女の飴にカミソリの刃が混入していたという事件が起こる。
白人警官は無抵抗なシャーマンを射殺、しかしその後にもカミソリの刃が混入した飴が子どもに配られていたことが発覚する。

僕はこの時、『フルートベール駅で』という映画を思い浮かべました。


暴力の連鎖は今も続いている。
現実は何も変わっていないんだと思うと悲しくなりましたよ。


バークは続けててこう語る。
「白人たちはガールXやダントレル・デイビスには無関心だ。白人女が一人死んでも騒ぐのに」

痛烈な人種差別に対する批判ですね。

その後、キャンディマンは一人ではないことを知る。
ロビタイル、ベル、サミュエル、シャーマン…そしてアンソニー自身も。

"キャンディマンは人じゃない。ハチの巣箱だ。"
積年の問題、黒人差別の歴史をキャンディマンという都市伝説を介して我々に伝える素晴らしい改変点と言えるでしょう。





③ジョーダン・ピールの作家性

さて、脚本・製作ジョーダン・ピールとはどのような監督なのでしょうか?
『ゲット・アウト』でアカデミー賞脚本賞を受賞した彼のフィルモグラフィーから見てもそれは明らかで、ジョーダン・ピールの作家性とはズバリ
人種差別や偏見をテーマとした創作物を介して、その顕在意識を利用して我々観客の潜在的差別意識を炙り出す。

これだと思います。


『ゲット・アウト』では、人間の意識の奥底にある偏見を呼び起こす秀逸な脚本力。

『アス』では、表面化する偏見や差別意識と黒人の歴史を結びつけるメッセージ性。

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劇中でも効果的に使われたギミック、鏡。
鏡像の対称性と写し鏡の自己投影、そして至る所で黒人の歴史、格差社会を匂わせる。
これはジョーダン・ピールが監督・脚本を手掛けた過去作『アス』との共通点でもあります。

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(C)2018 Universal Studios All Rights Reserved.

また、人種差別への先入観を利用した過去のキャンディマンの不当な扱い、また主に黒人を対象とした潜在的な差別意識は『ゲット・アウト』にも通ずるメッセージでもあります。

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(C)2017 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved

そう、本作『キャンディマン』では今まで自ら撮った映画の性質やテーマを併せ持つ作品となっているわけです。
『キャンディマン』(92)の設定や題材を引き継ぎつつ、ニア・ダコスタ監督とこのジョーダン・ピールの作家性を組み合わせてひとつの新たな映画を作り上げているわけです。





④現代に語り継ぐもの

ということで、ジョーダン・ピールが自らの作家性を生かして描きたかったことが改めて見えてきます。

それは
キャンディマンという都市伝説と、創作が持つ現代に語り継げる媒体の融合。


『キャンディマン』(92)の舞台でもあるアメリカのイリノイ州シカゴにある"カブリーニ・グリーン"地区。
かつて低所得者が住まう公営住宅地だったこの地区は暴力が蔓延る場所であった。
そこに住まう人々の間では、ある都市伝説が語り継がれている。

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「鏡に向かって5回その名を唱えると、どこからか殺人鬼が現れて鉤爪で切り裂かれる」

芸術家である主人公・アンソニーはその都市伝説を耳にしたことから、新作を描くために独自調査を始める。


そこで完成したアートが画廊の展示会にも出品された作品「私の名を呼べ」
この絵を批評する人間は白人で、また「キャンディマン」と5回唱えて殺された被害者も白人。

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ここで初めて、創作が現実となった。
芸術作品を通して、都市伝説が蘇った。
これは現代に、後世に語り継がれるものとして芸術と都市伝説がリンクしていくわけです。


語り継がれるという意味では、都市伝説を語る時やエンドロールで見せた影絵もそう。
『キャンディマン』(92)と本作『キャンディマン』を繋ぐ"カブリーニ・グリーン"。
この都市伝説では事実は塗り替えられ、ヘレン・ライルは誘拐犯とされていました。

創作とは様々な解釈ができてしまう。
白人に虐げられてきた黒人たちは人種差別を受ける一方で、白人(ヘレン)を悪者として都市伝説を作り上げている。
その事実をアンソニーは自らの出生を知ることで我々観客にも明かされる。

ここは『キャンディマン』(92)を観ていると、ジョーダン・ピールが意図的に仕組んだ仕掛けであることがわかるし、『キャンディマン』(92)を観ていない人だけが驚くことのできるジョーダン・ピールの差別意識や偏見を逆手に取った脚本の上手さですね。

そうやって曲解されたものが語り継がれることで、真実と事実に乖離が生まれていくのですが
ここで、アンソニーが都市伝説を耳にして初めて描いたアートを思い出してほしい。


"解釈の余地がない暴力描写"と表現されていました。

そう、この絵は過去の黒人たちが差別によって受けてきた歴史そのもの。
そこには解釈の余地はなく、ただ暴力によって虐げられてきた事実がある。

人種差別という負の歴史、決して捻じ曲げてはいけない事実として語り継がれるべきものというメッセージを我々に突きつけてきます。


映画という媒体もそうです。
監督の意図がどれだけあろうと、観客の解釈ひとつで見え方も伝わるメッセージさえも変わってしまう。
様々な解釈はあっていいと思っているし、そう感じたのならそれでいいと思っている。

だからこそ、あの"解釈の余地がない暴力描写"とわざわざ台詞にしてでもあのアートを強調する必要性があったんです。
この映画が伝えたいメッセージがブレないために、他の解釈がなされないために。

暴力の連鎖は今も続いているんです。



正直な話、観客に委ねることも時には必要だと思っているのですが
この点に関しては賛成で、明白に観客に伝えきることは大切だと思っています。
語りすぎ描きすぎによって野暮ったい印象を残してしまった『アス』のクライマックスを踏まえた上での改善だとしたら、個人的には嬉しい。




終わりに

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『キャンディマン』で象徴的なものは鉤爪とハチですよね?
ハチが鏡の中と外でカンカンする演出はとても好きでした。
そして、鉤爪での殺害シーン。
あの掌を返した白人批評家が殺されるシーンは最高でしたね!

またボディホラーとしても秀逸で、ハチに刺された右腕が化膿していく過程は痛々しい。
これは『ハエ男の恐怖』のリメイク作品でデヴィッド・クローネンバーグ監督作品『ザ・フライ』からインスピレーションを受けたとニア・ダコスタ監督は語っています。

今回はジョーダン・ピールを中心に語ってきましたが、ニア・ダコスタ監督の演出力や画の撮り方へのこだわり、そしてメッセージとして描きたかったことも評価しております。




ということで、最後までお読みいただいた方、ありがとうございました!



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(C)2021 Universal Pictures