小羊の悲鳴は止まない

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肖像画も恋も、相手を見つめ、知ることから始まる(『燃ゆる女の肖像』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、お久しぶりです。
レクです、生きてます。
いやはや、ブログ更新サボっててすみません。

本日、映画館で予告を観て以来ずっと楽しみにしていた『燃ゆる女の肖像』をやっと観ることができました。
久々にブログを書こうと思った次第であります。


それはそうと、めちゃくちゃ美人なアデル・エネルを拝めたので、それだけでもう満足しちゃいました(笑)

2020年3月に『ディアスキン』という変態映画で拝んだぶりです!

アデル・エネルが素敵だなと思った方はこちらも是非チェックしてみてください。



ではでは、早速『燃ゆる女の肖像』について語っていきます。

※この記事はネタバレを含みます、未鑑賞の方はご注意ください。




作品概要

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原題︰Portrait de la jeune fille en feu
製作年︰2019年
製作国︰フランス
配給︰ギャガ
上映時間︰122分
映倫区分︰PG12



解説

18世紀フランスを舞台に、望まぬ結婚を控える貴族の娘と彼女の肖像を描く女性画家の鮮烈な恋を描き、2019年・第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィアパルム賞を受賞したラブストーリー。画家のマリアンヌはブルターニュの貴婦人から娘エロイーズの見合いのための肖像画を依頼され、孤島に建つ屋敷を訪れる。エロイーズは結婚を嫌がっているため、マリアンヌは正体を隠して彼女に近づき密かに肖像画を完成させるが、真実を知ったエロイーズから絵の出来栄えを批判されてしまう。描き直すと決めたマリアンヌに、エロイーズは意外にもモデルになると申し出る。キャンパスをはさんで見つめ合い、美しい島をともに散策し、音楽や文学について語り合ううちに、激しい恋に落ちていく2人だったが……。「水の中のつぼみ」のセリーヌ・シアマが監督・脚本を手がけ、エロイーズを「午後8時の訪問者」のアデル・エネル、マリアンヌを「不実な女と官能詩人」のノエミ・メルランが演じた。
燃ゆる女の肖像 : 作品情報 - 映画.comより引用





オルフェウスの神話

セリーヌ・シアマ監督はセクシャリティーをカミングアウトしており、本作『燃ゆる女の肖像』では元パートナーのアデル・エネルをエロイーズ役に起用しています。

そこには監督の愛というものに対する価値観が詰まっているようで。
本作はその愛の価値観に、劇中で語られたオルフェの神話を織り交ぜた作品となっているように思います。


オルフェウスの神話は主に妻への愛の物語として描かれる。
この物語を知っていると更に深みが増します。

とはいえ、劇中である程度の内容は語られるので事前に知っておく必要はありません。
そのシーンで、彼女らと一緒にオルフェウスの"振り返り"について考えると、自分の価値観を確かめられますね。




視線の交錯

画家のマリアンヌはエロイーズの結婚相手に渡すエロイーズの肖像画を描くために雇われています。
エロイーズの姉の自殺の件もあり、マリアンヌは画家だということをエロイーズ本人には打ち明けずに描きあげる必要がありました。

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第一の視線としては、マリアンヌの画家としての視線です。

また、エロイーズはと言うと、マリアンヌに見られていることを知らない。
マリアンヌの一方向の視線しかないんですね。


マリアンヌはエロイーズに自分は画家として雇われたという真相を打ち明けた時、エロイーズは自分の肖像画を見て「自分ではない」と言います。

これはマリアンヌがエロイーズのことを何も知らず肖像画を描きあげたことで、画家としての視線、一方向の感情、表面的なものしか感じなかったからでしょう。
マリアンヌはエロイーズの姉の肖像画のように描きあげたエロイーズの肖像画の顔を消してしまいます。

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そこで、マリアンヌは数日の滞在を許され、エロイーズはモデルになることを決めます。
ここから二人の関係は大きく変化していきました。

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肖像画も恋も、相手を見つめ、知ることから始まるんですね。




マリアンヌがエロイーズをモデルとして肖像画を描いている途中の会話。
マリアンヌはエロイーズの表情と感情を結びつけるのです。
この時には既にマリアンヌはエロイーズのことを想っています。

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第二の視線が、エロイーズに対する恋の視線です。

表情から感情を言い当てられたエロイーズは、仕返しをするかのようにマリアンヌの表情と感情を結びつけます。
この時、エロイーズもまたマリアンヌに対して恋の視線を送っていたことがわかります。



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マリアンヌはエロイーズを、エロイーズはマリアンヌを、互いが互いを観察している。
つまり、画家から恋慕の情になることで、マリアンヌの一方向の視線からマリアンヌとエロイーズの双方向の視線へと変化しているんです。


このインタラクティブな視線の交錯が実にエモーショナルで。
画家の仕事という理性と恋慕という感情の二重構造の視線が非常に上手く交錯している。


淡々とした話運びの中で、静かに恋心に火が灯っていたこと。

地位も立場も性別も何の隔たりもなく垣根を越えた真実の愛がそこには確かに感じられた。





ここで先程、記述した"オルフェウスの冥府下り"が活きてきます。

オルフェウスは妻との思い出を胸に死者の国まで赴く。
マリアンヌとエロイーズもまた肖像画というアイテムを思い出として胸にしまい、それが二人の心を結びつけるものとして存在する。


「振り返ってはいけない」
死者の国の王ハデスはオルフェウスに告げる。
それでも振り返ってしまったオルフェウスをエロイーズは"身勝手"だと切り捨てる。

別れの時、屋敷を出るマリアンヌに声を掛けたエロイーズ。
"身勝手"に振り返ってエロイーズの未来を壊すことはできない。
"振り返る"ことが死別を意味する神話、マリアンヌの選択は…。

一方向であった視線が双方向の視線へ。
その双方向の視線が別れへと繋がる。



ここで改めてポスターを見ていただきたい。
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『燃ゆる女の肖像』の『肖』の文字が反転していることに気が付きます。
これはキーワードでもある"振り返る"ことを意味していることがわかります。

肖像画は出会いのキッカケであり、はたまた肖像画の完成が別れを意味する。
なんて哀しい愛の物語なのだろうか。





そしてラストの3分間ワンカットのシーン。
マリアンヌはもう一度エロイーズを見ることを許される。
しかし、エロイーズは目に涙を浮かべたままマリアンヌと視線が交わることはない。

画家として成功を収めたマリアンヌの視線は、エロイーズへの一方向の視線へと帰結する。

そうです、オルフェウスの神話において"振り返る"という行為が別れを意味するからこそ、逆説でエロイーズは"振り返らない"ことを選んだとも受け取れる。



オルフェウスの神話には劇中で語られていない結末があります。

それはこちらです。

死んだ彼は黄泉の国に行き、もう振り返っても消えることのないエウリディケーと幸せに暮らしているということです。その二人の姿が、次の絵です。
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J=B.カミーユ・コロー〈冥府のオルフェウス〉ヒューストン美術館

ギリシャ神話|ハーデース:オルフェウスのその後[冥界の二人]より引用


双方向の視線を交わしていたあの時間は現実世界では叶わない。
それでも彼女らの恋の炎は心の中で永遠に燃え続けている。

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それでもやはり、二人の距離を縮めたあの曲が鳴り響く中でただただ見つめることしかできないマリアンヌの胸中を思うと切なく心が締め付けられた。



観客もまた、彼女たちを見つめることしかできないのだ。





終わりに

ということで、『燃ゆる女の肖像』について書き綴りましたが、最後に一言。

2020年の年間ベストに入れます!

お読みくださった方、ありがとうございました。



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(C)Lilies Films.