小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

時間逆行(『TENET テネット』とノーラン監督の過去作)

目次




初めに

お久しぶりです、レクです。
この度は映画垢界隈で盛り上がりを見せる『TENET テネット』について語っています。

が、『TENET テネット』についての考察ではなく、クリストファー・ノーラン監督の作家性について過去作へと遡る形で書いていこうかなと思っています。
時間の逆行という意味で(?)


つきましては、今作『TENET テネット』を含むノーラン監督作の明確なネタバレは避けて書かせていただきますが、語る上で多少なりとも内容に言及する形となりますので
念の為、未鑑賞作については飛ばしてお読みいただいた方がいいかもしれません。

『TENET テネット』についてはネタバレの言及がありますので、未鑑賞の方はご注意ください。




作品概要

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原題︰Tenet
製作年︰2020年
製作国︰アメリカ
配給︰ワーナー・ブラザース映画
上映時間︰150分
映倫区分︰G


解説

「ダークナイト」3部作や「インセプション」「インターステラー」など数々の話題作を送り出してきた鬼才クリストファー・ノーラン監督によるオリジナル脚本のアクションサスペンス超大作。「現在から未来に進む“時間のルール”から脱出する」というミッションを課せられた主人公が、第3次世界大戦に伴う人類滅亡の危機に立ち向かう姿を描く。主演は名優デンゼル・ワシントンの息子で、スパイク・リー監督がアカデミー脚色賞を受賞した「ブラック・クランズマン」で映画初主演を務めたジョン・デビッド・ワシントン。共演はロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、アーロン・テイラー=ジョンソンのほか、「ダンケルク」に続いてノーラン作品に参加となったケネス・ブラナー、そしてノーラン作品に欠かせないマイケル・ケインら。撮影のホイテ・バン・ホイテマ、美術のネイサン・クローリーなど、スタッフも過去にノーラン作品に参加してきた実力派が集い、音楽は「ブラックパンサー」でアカデミー賞を受賞したルドウィグ・ゴランソンがノーラン作品に初参加。
TENET テネット : 作品情報 - 映画.comより引用




クリストファー・ノーラン

ということで、早速本題に入っていきます。


ちなみに、クリストファー・ノーラン監督は好きな映画監督のひとりで、過去作はすべて鑑賞済み。
個人的ノーラン監督作ベストは現時点ではこんな感じです。

①インターステラー
②インセプション
③ダークナイト
④プレステージ
⑤メメント
⑥ダークナイト ライジング
⑦フォロウィング
⑧バットマン ビギンズ
⑨ダンケルク
⑩インソムニア



恐らく、『TENET テネット』は⑧辺りになると思います。

「え?低くない?」って思われる方もおられるかもしれませんが、ノーラン監督作自体がほとんど高水準であり、決して『TENET テネット』がダメな映画だったわけではないことはご理解いただきたい(笑)



クリストファー・ノーランの作品全てに共通する話なのですが
映画が観客を操るのではなく観客が自ら誤解するような構造になっていること。

劇中で起こる事柄に関して観客を欺くことは存在論的に虚偽の中にある真実を我々に信じ込ませることにあり、更にはそのフィクション構造がリアルを表面化しているんです。


これは今作『TENET テネット』にも言えることで
自分自身を欺く構成となっている主人公を介して観客自らが誤解する形が取られています。


それではここから時間逆行するようにノーラン監督作を公開降順で語っていきます。




ダンケルク

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原題︰Dunkirk
製作年︰2017年
製作国︰アメリカ
配給︰ワーナー・ブラザース映画
日本初公開︰2017年9月9日
上映時間︰106分


解説

「ダークナイト」「インターステラー」のクリストファー・ノーラン監督が、初めて実話をもとに描く戦争映画。史上最大の救出作戦と言われる「ダイナモ作戦」が展開された、第2次世界大戦のダンケルクの戦いを描く。ポーランドを侵攻し、そこから北フランスまで勢力を広げたドイツ軍は、戦車や航空機といった新兵器を用いた電撃的な戦いで英仏連合軍をフランス北部のダンケルクへと追い詰めていく。この事態に危機感を抱いたイギリス首相のチャーチルは、ダンケルクに取り残された兵士40万人の救出を命じ、1940年5月26日、軍艦はもとより、民間の船舶も総動員したダイナモ作戦が発動。戦局は奇跡的な展開を迎えることとなる。出演は、今作が映画デビュー作となる新人のフィオン・ホワイトヘッドのほか、ノーラン作品常連のトム・ハーディやキリアン・マーフィ、「ブリッジ・オブ・スパイ」でアカデミー助演男優賞を受賞したマーク・ライランス、ケネス・ブラナー、「ワン・ダイレクション」のハリー・スタイルズらが顔をそろえた。第90回アカデミー賞では作品賞ほか8部門で候補にあがり、編集、音響編集、録音の3部門で受賞している。2020年7月、クリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」公開にあわせ、IMAX、4D、Dolby Cinemaでリバイバル公開。
ダンケルク : 作品情報 - 映画.comより引用



『ダンケルク』はノーラン監督が今まで見せてきた作家性の中でも革新的な特徴があります。
それが、同時系列と思わせる偽りの時間構造の中に異なった時系列という真実を隠していること。

これは今作『TENET テネット』でも応用として遺憾なく発揮され、時間逆行という時系列を順行する時系列の中で同時に描くという演出が成されている。

冒頭から見せられる違和感、順行する時系列の中で謎の逆行が起こっているという偽りの時間軸に未来からの時間逆行という真実を隠していたことになります。


ノーラン監督が過去作で徹頭徹尾描いてきた時系列をいじる演出、技術が文字通り一つの映像に集約され、詰め込まれている素晴らしい完成度と言えるのでないでしょうか。

予告にもありますが、走行する車の目の前で横転した車が逆再生したかのように元に戻るシーンは一番アガりましたね。
『TENET テネット』はノーランの作家性が爆発した作品であることは間違いないですね。


また、『ダンケルク』に関して言うとディテールに拘った本物志向はここでも発揮されています。
後述しますが、この本物志向は『フォロウィング』から拘っているノーラン監督の特徴のもう一つでもあります。

観客が戦場にいるかのような疑似体験を促す『ダンケルク』のように、時間逆行という摩訶不思議な体験を主人公目線で体感すると『TENET テネット』は物凄く引き込まれるのではないだろうか。




インターステラー

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原題︰Interstellar
製作年︰2014年
製作国︰アメリカ
配給︰ワーナー・ブラザース映画
日本初公開︰2014年11月22日
上映時間︰169分
映倫区分︰G


解説

「ダークナイト」「インセプション」のクリストファー・ノーラン監督によるオリジナル作品。世界的な飢饉や地球環境の変化によって人類の滅亡が迫る近未来を舞台に、家族や人類の未来を守るため、未知の宇宙へと旅立っていく元エンジニアの男の姿を描く。主演は、「ダラス・バイヤーズクラブ」でアカデミー主演男優賞を受賞したマシュー・マコノヒー。共演にアン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、ノーラン作品常連のマイケル・ケインほか。「ダークナイト」や「インセプション」同様に、ノーラン監督の実弟ジョナサン・ノーランが脚本に参加。撮影は、これまでのノーラン作品を担当していたウォーリー・フィスターが自身の監督作「トランセンデンス」製作のため参加できず、代わりに「裏切りのサーカス」「her 世界でひとつの彼女」などを手がけて注目を集めているホイテ・バン・ホイテマが担当。2020年9月には、クリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」公開にあわせたノーラン監督作のリバイバル上映企画「ノーラン夏祭り」の第4弾としてIMAX版でリバイバル公開。
インターステラー : 作品情報 - 映画.comより引用


『インターステラー』は宇宙というフィクションを介して愛という真実を手繰り寄せる物語

当初はスティーブン・スピルバーグが監督を担当する予定してて、ジョナサン・ノーランに脚本を依頼したが実現せず。
それに興味を示していた兄クリストファー・ノーランが引き継いだらしい。



いやはや、この映画は大好きですね。
『インターステラー』はノーラン過去作の良いところ取りみたいなところがあるんですよ。

物語の核が『バットマン ビギンズ』のように父と子の関係性であり、一般相対性理論とワームホール理論による時系列からの逸脱は『プレステージ』のマジックから。
意識と時間の混濁は『フォロウィング』や『インソムニア』から『インセプション』を経て今作『インターステラー』へ。

また、記憶の頼りとなる小物を使った演出は『メメント』と重なるところも。
ノーラン監督の作家性が反映されているのは間違いなく、愛というテーマも実にノーランらしい。



今作『TENET テネット』と比較するなら
『TENET テネット』は未来というフィクションを介して友情という真実を手繰り寄せる物語でもあり、また男女や親子の愛を副題として未来(終焉)へと向かう世界を変える物語でもある。

また、理論的なものを理解しなくとも楽しめる娯楽作でありながら、理屈を超える物が人の感情であることも共通する点ではないでしょうか。



時系列の観点から見ると、惑星によって時間の進む早さが異なる。
ミラーの星での1時間は、地球での7年に相当する。
つまり、ミラーの星にいれば1時間経っても1時間しか経過しませんが、地球から観測した場合には7年の時間を要するということ。

この時間差を順行と逆行というそれぞれ相反する世界での時間軸で表しているのが今作『TENET テネット』ですね。
惑星間のように順行の世界と逆光の世界、どちらの観測地点から見るかで時間の流れ方が変化する。




ダークナイト三部作

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原題︰Batman Begins
原題︰The Dark Knight
原題︰The Dark Knight Rises
製作年︰2005年/2008年/2012年
製作国︰アメリカ
配給︰ワーナー・ブラザース映画
上映時間︰140分/152分/165分


解説

DCコミックスの人気キャラ「バットマン」の新作。両親を目の前で殺された大富豪ブルース・ウェインが、いかにしてバットマンとなり、悪と戦うに至るかを描く。監督は「メメント」「インソムニア」のクリストファー・ノーランで、キャストにはクリスチャン・ベール、マイケル・ケイン、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、渡辺謙ら演技派が集結。
バットマン ビギンズ : 作品情報 - 映画.comより引用

DCコミックスの人気ヒーロー、バットマンの誕生を、クリストファー・ノーラン監督&クリスチャン・ベール主演で描いた「バットマン ビギンズ」の続編。ゴッサム・シティに現れた史上最悪の犯罪者ジョーカー。バットマン=ブルース・ウェインは、協力するゴードン警部補や新任地方検事ハービー・デントらとともにジョーカーに立ち向かうが……。2008年に製作・公開され、全米で当時歴代2位となる5億ドルを超える興行収入を記録し、全世界興収も10億ドルの大ヒットを記録。重厚かつ圧倒的なリアリティで支持を集め、第81回アカデミー賞にも8部門にノミネートされるなどコミック原作映画の歴史を塗り替えた一作。なかでも「悪のカリスマ」と呼ばれるジョーカーを演じたヒース・レジャーは撮影直後に急逝するが、本作が公開されるとその演技が絶賛され、アカデミー助演男優賞を受賞した。2020年7月、クリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」公開にあわせ、IMAX版と4D版でリバイバル公開。
ダークナイト : 作品情報 - 映画.comより引用

クリストファー・ノーラン監督による「バットマン ビギンズ」「ダークナイト」に続くシリーズ完結編。「ダークナイト」から8年後を舞台に、ゴッサム・シティを破壊しようとする残虐な殺し屋ベインと戦い、謎に包まれたキャット・ウーマン/セリーナ・カイルの真実を暴くブルース・ウェインの姿を描く。主演のクリスチャン・ベールのほか、新キャストとしてアン・ハサウェイやノーラン監督の前作「インセプション」にも出演したトム・ハーディ、ジョセフ・ゴードン=レビット、マリオン・コティヤールらが参加する。
ダークナイト ライジング : 作品情報 - 映画.comより引用



『ダークナイト』三部作に関しては続編ということもあり、一貫したテーマは同じです。
なので、三作纏めて語らせいただきます。



ヒーローものにおいて、法は正義の実現のための必要十分条件ではないということ。
だからこそ、法では裁けない、法の外側で正義の行動を行う例外的な人物がヒーローたるものだと。

その例外が、例えば空を飛ぶ能力であったり、素早く動けたり、スーパーマンとフラッシュマンのことなんですが。
そんな超人的な力を持っていることがヒーローとされがちなんです。

『ダークナイト』三部作では、ヒーローというのはどういうものなのか?をノーラン監督は非常に巧みに描いてます。



『バットマン ビギンズ』でのバットマンはどうか。
バットマンはヒーローそのものがフィクションなんです。
そもそもこの作品は、元々バットマンを正義と悪の境界線に立たせて現実的に描くことを目的とされていたそうです。
バットマンの正義は超法規的な暴力であり、これは次作『ダークナイト』で主題化されています。

バットマンは幼少期に井戸に落ちてコウモリに襲われる。
ブルース・ウェインは『スパイダーマン』のピーターパーカーのようにコウモリに噛まれてバットマンの能力を手に入れたわけではない。
ヒマラヤで訓練に耐えて鍛え上げられた肉体がヒーローとしての能力として活かされれているだけ。
ヒマラヤでの訓練での忍術と同様に特殊武器も自分の強さを偽る演出のひとつであり、その演出の中に真実の強さを隠す。

マスクを被る行為も自らにフィクションを作り上げる。
バットマンがコウモリの姿を偽るのも、敵にも幼少期に受けたコウモリの恐怖心を体験させるためであり、黒を好む理由は身を隠すためとは別に自分の恐怖心を包むため。
ヒーローという偽りのアイデンティティはブルース・ウェインという人物のアイデンティティを覆い隠す真実なんですよ。



『ダークナイト』ではバットマンとジョーカーの対立を介して英雄的行為と犯罪行為の二面性、秩序と破壊を描いているわけですが。
どうしても犯罪行為側、ヒース・レジャー演じるジョーカーのインパクトが強く悪役に目が行きがちだが本質はそこではないと思う。

もちろんジョーカー大好きなんですが、この映画の主役はあくまでもバットマン。
ヒーローは嘘をつかなければならないということが根底にある。

バットマンというヒーローが自らに課すフィクション、『バットマン ビギンズ』にも記述しましたがマスクで正体を隠すなどのフィクションからの脱却(マスクを取って素顔で英雄を名乗ることなど)は不可能だと言っているようにも思えるんです。
この『ダークナイト』の結末が全てを語ってます。

バットマンを闇の騎士として描くことで、バットマン自身の公衆での評価や認識が180度変わってしまう。
この結末を描くことによって、再びバットマンが現れた時、その行動が正義か悪か、英雄的行為か犯罪行為の区別ができなくなる。
その二面性を同時に我々観客に認めさせることになるんですよ。
それが真実と虚偽の融合なんです。



これは『ダークナイト』とほぼ同時期(2008年)に公開されたジョンファブロー監督作『アイアンマン』と比較するとわかりやすい。

アイアンマンの場合、恐らく英雄的行為がたとえ法を犯す超法規的な暴力であっても劇中で肯定される。
ひとつの大きな要因はトニースタークという人物の認知とアイアンマンが絶対的ヒーローとなるから。
正義のために必要であり、だからこそ正当化され、それがなければ正義が悪に打ち負かされてしまうという保守的とも取れる形を取らざるを得ない。
MCUに関しては後にルッソ兄弟の『シビル・ウォー』でその辺に言及される形になるんですが。

それを踏まえた上で、バットマンは『バットマン ビギンズ』でのリーアム・ニーソン演じる悪役ラーズ・アル・グールや『ダークナイト』のヒース・レジャー演じるジョーカーとの対比にもなる。
バットマンは正義のために法を犯す超法規的な暴力も正義として行使する。
ラーズは大義名分のために己の正義のために犯罪行為を行う。
ジョーカーは法と犯罪の間にある不均衡な部分、言わば犯罪は法律という牢獄に囚われた服従の悪であり、それに抗うものとして一般人から切り離されたヒーローという存在とは真逆の存在として描かれる。

また何度も言いますが、バットマンはヒーロー、主にマスクというフィクションで自分というアイデンティティを覆い隠している。
一方でジョーカーはDNAや指紋の記録もなければなんの情報も持たない。
彼は自らの正体を巧みに隠しているのではなく、隠すべきアイデンティティがないことを示して、バットマンとの対比を描いているんです。



『ダークナイト ライジング』はデントの死から8年後、受刑者の仮釈放しか認められないデント法が施行され悪が一掃された街を描いたもの。
つまり闇の騎士ダークナイトであるバットマンはこの街に必要とされていないわけです。

今作はそんなバットマンが再びダークナイトとして立ち上がる話なんですが
一作目をヒーローの誕生
二作目を悪を描いた犯罪ドラマ
とするなら、この三作目は都市の無秩序を描いた災害ドラマであり、ブルース・ウェインの人生の再生譚でもある。
悪役のベインは災いという意味があります。
バットマンとジム・ゴードンの嘘の上に築かれた嘘で固めた勝利、偽りの平和が崩れ、真実が明らかとなる。



僕が思うに『ダークナイト』三部作が積み重ねてきたヒーローの持つフィクションは徹底されていると思います。
そして、その虚偽が暴かれた時、バットマンが行ってきた正義、つまりは真実が公になる。

劇中のブルース・ウェインの「誰でもバットマンになれる、マスクを被れば。」というセリフと
ベインの「必要悪だ。」というセリフの対比。
つまりは、正義という定義は曖昧であり、悪という定義は明確であるということ。



三部作を語ったので少し長くなりましたが、今作『TENET テネット』でも同じことが言えるんですよ。

悪とされるケネス・ブラナー演じるセイターは世界を終焉に導く絶対悪として明確に描かれている。
一方で、その悪に立ち向かうヒーローのポジションである主人公は名も無き男、そして「TENET(主義、信条)」という言葉とその組織の曖昧さ。

バットマンはマスクを被ることで自分自身にフィクションを課せていました。
今作『TENET テネット』では自身の正体を隠すことで過去の自分へフィクションを課せて真実を隠しているんです。




インセプション

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原題︰Inception
製作年︰2010年
製作国︰アメリカ
配給︰ワーナー・ブラザース映画
日本初公開︰2010年7月23日
上映時間︰148分
映倫区分︰G


解説

「ダークナイト」のクリストファー・ノーラン監督が、オリジナル脚本で描くSFアクション大作。人が眠っている間にその潜在意識に侵入し、他人のアイデアを盗みだすという犯罪分野のスペシャリストのコブは、その才能ゆえに最愛の者を失い、国際指名手配犯となってしまう。そんな彼に、人生を取り戻す唯一のチャンス「インセプション」という最高難度のミッションが与えられる。主人公コブにレオナルド・ディカプリオ、共演に渡辺謙、ジョセフ・ゴードン=レビット、マリオン・コティヤール、エレン・ペイジほか。第83回アカデミー賞では作品賞をはじめ8部門にノミネートされ、撮影賞、視覚効果賞、音響編集賞、音響録音賞 と技術系の4部門を受賞した。2010年製作・公開。2020年8月には、ノーラン監督の「TENET テネット」公開にあわせ、IMAXおよび4Dでリバイバル公開。IMAXでは、「インセプション」公開10周年を記念してIMAXデジタルリマスター版で上映される。
インセプション : 作品情報 - 映画.comより引用



『インセプション』は人が最も無防備になる夢の中で、無重力や騙し絵トリックなど迫力ある映像や世界観と何層にも重なる緻密な構成を用いて観客を惑わし、何が本当の出来事かを推察させる。

つまり、我々観客は夢というフィクションの中で欲望という真実を追いかけているんです。


真実ではなく虚偽、現実ではなく虚構、フィクションである題材を主軸として登場人物、主に主人公を惑わす構成が、同時に観客自らが誤解する形で観客を騙す作品となってます。

これは後述しますが『メメント』の応用であり、今作『TENET テネット』にも通ずるノーラン独自の特徴でもあると思います。



インセプションというタイトル自体にも、本人のものではない嘘のアイデアを精神に植え付けるという意味を持ってます。
この作品も時間と夢の世界の複数構造が用いられ、意識や記憶といった精神にトラウマやアイデンティティをめぐらせる辺りもノーランらしくある。

また、時間軸の観点から見ても『インターステラー』の惑星間と同様に夢の世界と現実世界で時間の進み方が異なる点、これらについても『メメント』から受け継がれている時系列をいじるノーラン監督の作家性が生み出した世界観の一つ。




プレステージ

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原題︰The Prestige
製作年︰2006年
製作国︰アメリカ
配給︰ギャガ・コミュニケーションズ
上映時間︰130分


解説

「メメント」「バットマン・ビギンズ」のクリストファー・ノーラン監督が、クリストファー・プリーストの小説「奇術師」を映画化。19世紀末のロンドンを舞台に、ライバル関係にある2人の天才マジシャンが、お互いの意地とプライドを賭けて戦いを繰り広げる。主演のマジシャン2人にはヒュー・ジャックマンとクリスチャン・ベール。マジック監修はデビッド・カッパーフィールドが担当。
プレステージ : 作品情報 - 映画.comより引用



『プレステージ』は世間一般にはノーラン監督作の中ではあまり評価されていませんが、僕個人としては大好きな作品ですね。

『プレステージ』はマジックの3つの要素であるプレッジ(保証)、ターン(折り返し)、プレステージ(名声)、二人のマジシャンの其々異なる苦悩と犠牲、人生が3つのパートで構成されている。

主にマジックを見せることで観客と登場人物を欺いていく。
これは先程から語っているように、主人公を介して観客自らが誤解する形式は一貫したノーラン監督のテクニックですね。


また、デビュー作『フォロウィング』と同様にフラッシュバック映像による回想形式で二重構造としても描いています。
『メメント』同様に主人公の記憶の混乱が結末の伏線にもなっていて、記憶の中で騙し騙される展開がサスペンスとして深みを与えています。

ノーラン初期作品から追いかけていた自分としては初期作の『フォロウィング』と『メメント』のノーラン要素がしっかり詰まっている度肝を抜かれた作品なんですよ。

この辺りから、ノーラン監督は自身の過去作を次の新作に活かしていること、過去の経験を踏まえた上で更なる成長を遂げていることがわかってくるんですよね。




インソムニア

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原題︰Insomnia
製作年︰2002年
製作国︰アメリカ
配給︰日本ヘラルド映画
上映時間︰119分


解説

「メメント」のクリストファー・ノーランの長編第3作は97年の同名ノルウェー映画のリメイク。製作総指揮にスティーブン・ソダーバーグとジョージ・クルーニーが参加。白夜の季節のアラスカの小さな町で、全裸の少女の猟奇殺人事件が発生、ロサンゼルス警察のベテラン警部ドーマーと相棒は捜査に赴く。が、ドーマーは警察上層部から彼の内偵を命じられていた相棒を事故死させ不眠症に陥り、猟奇殺人犯は彼の弱みを知り取引きを申し出る。
インソムニア : 作品情報 - 映画.comより引用



さて、ここでノーラン監督作ワーストでもある『インソムニア』まで遡ってきました(笑)

世間一般としてもノーラン監督作の中では評価されていない作品ですが、この作品にもノーラン監督の作家性はしっかりあります。
ノーラン要素は薄めですが。



『インソムニア』は犯罪スリラーの形を呈し、捜査官自体が捜査の主体にも対象にもなるという構成を持つ作品です。

ミステリーやサスペンスに多い演出のひとつなんですが、捜査官側の視点から犯罪者側の視点へと切り替わるシーンがあります。

例えば僕の大好きな映画ジョナサン・デミ監督作『羊たちの沈黙』でもジョディ・フォスター演じる捜査官クラリスが、テッド・レヴィン演じる犯人ジェイム(バッファロー・ビル)を捜索する場面と、バッファロー・ビルが誘拐した女性を脅す場面が交互に映されます。

『インソムニア』では観客に対してオープニングでそのような映像の切り替えを見せて観客を欺きます。
オープニングというものは何も知らない観客に対して先入観を与える場面として最も優れていて、オープニングシークエンスは後に機能するというのは『メメント』でも証明済み。


これは今作『TENET テネット』でもありましたね。
オペラハウス襲撃の犯罪スリラーと見せかけて、実はTENETによる試験的なものであったことが明かされ、『インソムニア』同様に主人公自身が襲撃救助の主体にも対象にもなっています。


また、オーソドックスなサスペンスに見えるけど、不眠症という意識と記憶の混濁をテーマにしたあたりはノーランらしさがある。
この点は後のノーラン監督作品(主に『インセプション』)に活かされた設定だと思います。




メメント

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原題︰Memento
製作年︰2000年
製作国︰アメリカ
配給︰アミューズピクチャーズ
上映時間︰113分


解説

強盗犯に襲われて妻を失い、頭部を損傷し、約10分間しか記憶を保てない前向性健忘という記憶障害になったレナード。彼は、ポラロイド写真にメモを書き、体中にタトゥーを彫って記憶を繋ぎ止めながら、犯人を追う。実在するこの障害を持つ男を主人公に、時間を遡りながら出来事を描くという大胆な構成が話題を呼び、全米でインディペンデントでは異例のヒットを記録。監督は本作が第2作の新鋭、クリストファー・ノーラン。
メメント : 作品情報 - 映画.comより引用


『メメント』はノーラン監督を一躍有名にした代表作でもあります。
ノーラン監督を追いかけていこうと思ったのもこの作品から。


時系列を遡り自分自身を欺く構成となっている主人公の記憶自体に観客自らが誤解する。
主人公であるレナードが自分ででっち上げた事実を真実と思い込むように。

今作『TENET テネット』を鑑賞して、この『メメント』という作品がノーラン監督のやりたいこと、見せたいことの核であることは間違いないと改めて感じました。



と言っても騙しや偽りを巧みに利用する監督はノーラン以外にも沢山います。

例えば"どんでん返し"で有名なM・ナイト・シャマラン監督は、映画で描かれた現実を覆して意表を突く、トリッキーなエンディングを使います。
個人的にはシャマラン監督の本質は"どんでん返し"ではなく、"裏の裏を返して表を見せる手法"だと思っています。

つまり、シャマラン監督は真実(表)を隠した偽り(裏)を見せることで観客を騙し、その偽りを劇中でひっくり返すことで真実を表面化させている。
一方、ノーラン監督は予め真実は見せておいてその真実を偽りだと思い込ませた上で、本当の真実を見せる。

微妙な違いなんですがニュアンスは分かりますかね?


シャマラン監督作で最も有名な作品としては『シックス・センス』が挙げられます。
ネタバレになるので言及は避けますがシャマラン監督とノーラン監督、例えば『シックス・センス』と『メメント』を比較しても、『メメント』は映画が明らかにする真実の一部として偽りが組み込まれている。
『シックス・センス』は真実と偽りが独立しているんです。
※両作品の内容は全く異なります。


『シックス・センス』はそのオチである真実を知ってしまえば、映画がどのような偽りで構成されていたかを偽りの視点から再鑑賞時に確認することが出来る。
『メメント』では、真実にたどり着くためには偽りを辿らなければならない。
再鑑賞時にも真実と偽りの両側面から確認しなければならない。

偽りの中に真実が存在し、偽りを避けると真実から遠のいてしまうということ。



映画、劇中のフィクションを現実として提示することで観客を欺く。
映画という枠の外にある現実を忘れ、スクリーン上がリアルではなくフィクションであることを知った上で、映画の中にある現実を見る。
その没入感を利用し、フィクションの中のリアルを、偽りの中の真実を観客が自ら現実、真実と錯覚する。


もう一度言おう。

今作『TENET テネット』を鑑賞して、この『メメント』という作品がノーラン監督のやりたいこと、見せたいことの核であることは間違いないと改めて感じました。




フォロウィング

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原題︰Following
製作年︰1998年
製作国︰イギリス
配給︰東芝エンタテインメント
上映時間︰70分


解説

「メメント」で一躍世界で注目を浴びたクリストファー・ノーランが、約1年もの歳月をかけ、監督・脚本・製作・撮影・編集の5役を兼ねて作り上げた長編デビュー作。ロッテルダム映画祭をはじめ、世界各国のインディペンデント系映画祭で“ヒッチコックの再来”と讃えられた才能の原点がここにある。
フォロウィング : 作品情報 - 映画.comより引用



ノーラン監督作を時間の逆行と題して遡ってきましたが、いよいよ最後の作品となりましたね。


ここまで散々ノーラン監督を褒めちぎってきましたが、実際ノーラン監督は決して万能な監督ではないと思います(笑)
しかし、独自の世界観を作り出し観客を巻き込むセンスはあります。
それだけでなく本物志向に拘るからこそ、『メメント』で語ったようなリアルとフィクションの融合が成り立つのではないか?



この本物志向はデビュー作『フォロウィング』が圧倒的に際立っていると思います。
なぜなら、制作の過程で1年をかけ週末だけを使って作られた低予算映画だからです。
制作費も6000ドルと限られた中で、自然光や16ミリフィルムを使用し、素人の俳優を起用。
この本物志向、実物主義が画に説得力を齎す。


これは以前に僕がツイートした韓国映画における不味そうなご飯の話と同じです。
不味そうなご飯を不味そうに映しながら美味しそうに食べるからこそ、その画に説得力が生まれる。
僕がよく冗談混じりに言っている排泄映画の存在意義と必要性にも繋がるんですが、映画における排泄描写もそうです。
人は汚いものには蓋をするじゃないけれど、汚いものから目を背けがちで、だからこそ人にとって最も見られたくない汚物を見せることでその画は画力を持ち、リアルさ、説得力が生まれるんです。

つまり、映画という現実味のないフィクションの中でも本物を使用することによってフィクションがリアルさを帯びるわけですね。

僕は美しいものが美しいのは当たり前で、汚いものを美しく見せることが美徳だとも考えています。
ノーラン監督の本物志向はリアルなものをリアルに見せること、そして映画というフィクションの中でリアルさを追求することが美徳であるとも取れる。
『フォロウィング』に限らず、ノーランの本物志向、実物主義は今の時代、CGでも補える細部を現実の物で描くことでその画に画力を与え、圧倒的な説得力をもって我々に見せつけてくれる。



また、『フォロウィング』のオープニングでは真実に対する偽り、騙しを示しています。
例えば、誰か分からない人物の両手や箱など、様々な小物のクロースアップで構成されています。
クロースアップとは、対象物を画面いっぱいに撮影する事。
このオープニングが観客を惑わせることを目的としたシークエンスとして描かれます。

このようにノーラン監督の観客が惑わされ騙される構成はデビュー作『フォロウィング』でもしっかりと臭わせてはいましたが、その次作である『メメント』でそれを物にしたと感じられます。

言い換えれば、僕がノーラン監督を評価している部分が最も色濃く反映されているのがその『メメント』ということになるんですよね。
この『フォロウィング』を観たからこそ言えることなんですが。

そして、この『メメント』を経て作られたのが『プレステージ』と『インセプション』。
この三作がノーラン監督作の中でも最も作家性を体現させた作品であると思っています。
故に今作『TENET テネット』はある意味でこの三作を踏まえ、そこに『ダンケルク』等の他の作品の要素を応用し、作家性を爆発させた作品でもあるのかなあと思います。




終わりに

最後に『TENET テネット』の感想を書いて終わります。


『TENET テネット』は時間の逆行で物語を進行させる。
時系列をいじることで自分自身を欺く構成となっている主人公を介して観客自らが誤解する『メメント』の構成を設定に組み込み、それに加えて異なる時系列を同時系列のように描いた『ダンケルク』の応用。
ノーラン監督の作家性を濃密に昇華した作品と言える。

ノーラン監督の過去作、主に初期作では時系列をいじり、人の"記憶"の混乱を核として描いてきたが『TENET テネット』では無知であることを利用した騙しが施されている。
その欺き、虚偽は真実を曇らせ現実を突きつける未来の"記憶"であり、人から物へと対象が移ったことで描ける範囲が広がりを見せる。

時系列をいじる対象が人ではなく物へと移行したこと、例えば横転した車が元に戻ったり、落ちた弾丸が時間の逆行により掌に戻るなどは演繹的な判断が成され、それが『TENET テネット』の物語、原因と結果の相互関係に波及している。

良い意味でも悪い意味でもノーラン節全開。
ただ、設定をこねくり回した反面、主軸を単純化しすぎたせいで『インセプション』や『インターステラー』のように一つに集約するようなドラマ性が見られなかったことで割と散漫になってしまい、ラストシークエンスが薄味に感じてしまったことは否めない。

映画としては間違いなく面白いと言えるが、物語としてはつまらなかったのが残念です。



以上で、『TENET テネット』から過去作への時間逆行の記事を終わります。

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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