小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

バロメッツから読み解く(映画「羊の木」ネタバレ考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は楽しみにしていた「羊の木」について好き勝手に語っていこうかと思っております。

最近、邦画祭りです(笑)

この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


製作年:2018年
製作国:日本
配給:アスミック・エース
上映時間:126分
映倫区分:G


解説

桐島、部活やめるってよ」の吉田大八監督が錦戸亮を主演に迎え、山上たつひこ原作・いがらしみきお作画の同名コミックを実写映画化したヒューマンミステリー。寂れた港町・魚深にそれぞれ移住して来た6人の男女。彼らの受け入れを担当することになった市役所職員・月末は、これが過疎問題を解決するために町が身元引受人となって元受刑者を受け入れる、国家の極秘プロジェクトだと知る。月末や町の住人、そして6人にもそれぞれの経歴は明かされなかったが、やがて月末は、6人全員が元殺人犯だという事実を知ってしまう。そんな中、港で起きた死亡事故をきっかけに、町の住人たちと6人の運命が交錯しはじめる。月末の同級生・文役に木村文乃、6人の元殺人犯役に北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯松田龍平と実力派キャストが集結。「クヒオ大佐」の香川まさひとが脚本を手がける。
羊の木 : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編



短評とこの作品の魅力

まずはTwitterの感想から。



この作品の魅力はなんと言ってもキャスト陣の演技力。
Twitterでも書きましたが、元受刑者たちの持つ肌で感じる独特の空気感と違和感が堪らないんですよ。

魚深という田舎町に住む人達は元受刑者であることを知らされていません
一方で、主人公の月末と一部の人間、そして我々観客がそのことを知っています
このバランスと見せ方、演出が素晴らしいんです!


住人は当然知らないので、町の人、一般人と接するように日常の何気ない会話などが描かれています。
しかし、月末と我々は元殺人犯ということが分かっているので、彼らが「何かをやらかすのではないのか?」と偏見のような色眼鏡で見てしまう。

また、月末も我々観客も受け入れを担当した当初は元受刑者で殺人歴のある6人だと知らされていませんでした。
そこで彼らの違和感に一抹の不安を覚えるわけです。
主人公と観客が同じ認識を持つことで、その世界感、物語に没入しやすくなるんですよね。


この序盤のシークエンスがあるからこそ、その後の彼らの言動や取り巻く環境、周りの視線、人間関係などがより一層引き立つ。
そこにこの映画の素晴らしさを感じました。



原作と映画の違い

原作と映画では設定が大きく違うようです。

原作での受け入れ理由は
地方自治体と民間の構成促進事業

映画での受け入れ理由は
仮釈放制度の見直しと地域活性化

仮釈放
収容期間満了前において仮に釈放されること。
刑法28条に「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。」と定められている。ここにいう行政官庁とは、法務省所管の地方更生保護委員会であり、本人の資質、生活歴、矯正施設内における生活状況、将来の生活計画、帰住後の環境等を総合的に考慮するとともに、悔悟の情、再犯のおそれ、更生の意欲、社会の感情の4つの事由を総合的に判断し、保護観察に付することが本人の改善更生のために相当であると認められるときに(「仮釈放、仮出場及び仮退院並びに保護観察等に関する規則」の31条、32条を参照)、仮釈放を決定する権限が与えられている。実際に仮釈放が許される時期については、有期刑は最近ではほとんどの場合、執行刑期の3分の2以上であり、刑期の半分に満たないで許される者は稀にしかおらず、無期刑は2003年以降、すべての許可例において刑確定後20年以上が経過してからである。
Wikipediaより引用

似たような理由ではありますが、仮釈放制度という法律そのものの見直し、つまり税金対策という設定になっています。


また原作では犯罪履歴のある11名が一定期間で移り住むのに対し、映画では殺人歴のある6名が一度に移り住む設定でした。

この辺りは映画という限られた時間の中での改変なので特に問題はなさそうです。


問題は原作の主人公が月末ではないということ(笑)
原作での主人公はこの物語の舞台となる魚深市の市長、鳥原秀太郎です。

映画では名前すら出てこない(笑)

原作にも月末一という人物は登場するが、仏壇店を営むおっさんで既婚者。
錦戸亮くんとは似ても似つかない(笑)

この辺は集客効果を求めた映画ならではの改変でしょう。

とは言っても、錦戸亮くんの演技はいいんですよね。
さり気ない表情や間のとり方、演技力はもっと評価されてもいいと思います。



羊の木

さて、そろそろ本題へ入っていきます。

タイトルの「羊の木」にはどういう意味があるのでしょうか?

冒頭で使われた一文。

その種子やがて芽吹き
タタールの子羊となる
羊にして植物
その血 蜜のように甘く
その肉 魚のように柔らかく
狼のみ それを貪る

「東タタール旅行記」より

映画『羊の木』 | 2018年2月3日(土)全国ロードショーより引用

一見、この羊と狼の関係性は一般市民と殺人犯のメタファーとも取れます。



当ブログ「小羊の悲鳴は止まない」
ご存知の方も居られるでしょうが、少し書かせていただくと
当管理人レクの大好きな作品羊たちの沈黙

作中のセリフから取ったものです。

ここで言う小羊とは被害者のメタファーであり、本作の立ち位置とは対極しています。



しかし、言うまでもなく本作におけるは元受刑者のことを指します。
市川実日子さん演じる栗本清美が海岸で拾った羊の木の描かれたお皿を見てください。

ここには、羊の木に実る羊が5匹。
そして実らぬままの葉っぱが2枚。

羊の実った木が生まれ変わり、人生のやり直し、とするならこの5匹の羊は松田龍平さん演じる宮腰と北村一輝さん演じる杉山を除く元受刑者5名でしょう。
そして冒頭のは実らぬままの葉っぱ、羊の中に放たれた犯罪者。
つまり本作では宮腰と杉山にあたるわけです。


…あれ?人数が足らないぞ?(笑)

もう一人、元受刑者で魚深という町で平和に暮らしている人がいましたよね?
そうです、福元の職場、理髪店の店長です。

殺人の罪を犯した元受刑者は社会的に弱者なんです。

羊の木に実った羊たちは、生まれ変わり新たな人生を生きることを表していると思います。



この作品「羊の木」はTwitterにも書きましたが、輪廻転生、罪と罰、赦しと贖罪、それらが詰まったものだと思います。

栗本が死んだ動物や魚などを自宅横に埋葬するシーンがいくつかありました。

ラストでそのひとつに芽が出てましたよね?
この事からも羊の木とは命の繋がり、生まれ変わること、輪廻転生の意ではないでしょうか。

罪を犯した者は罪を償った後、生まれ変わることが出来るのか?を問う。

宮腰や杉山のように生まれ変わっても性根は変わらない人もいます。
それと同時に真っ当に生きようと努力する人間もいるのです。



バロメッツという伝説の植物があることをご存知ですか?

バロメッツ

黒海沿岸、中国、モンゴル、ヨーロッパ各地の荒野に分布するといわれた伝説の植物である。この木には、羊の入った実がなると考えられていた。

時期が来ると実をつけ、採取して割れば中から肉と血と骨をつ子羊が収穫できるが、この羊は生きていない。実が熟して割れるまで放置しておくと、「ぅめー」と鳴く生きた羊が顔を出し、茎と繋がったまま、木の周りの草を食べて生き、近くに畑があれば食い散らかしてしまう。周囲の草がなくなると、やがて飢えて、羊は木とともに死ぬ。ある時期のバロメッツの周りには、この死んだ羊が集中して山積みになるので、それを求めて狼や人があつまって来るのだと言う。この羊は蹄まで羊毛なので無駄な所がほとんど無く、その金色の羊毛は重宝された。肉はカニの味がするとされた。

バロメッツ - Wikipediaより引用

この伝説は、ヨーロッパ人の誤解が発端で、バロメッツから採れる羊毛とされた繊維は木綿。
木綿を知らなかった当時のヨーロッパ人は「綿の採れる木」を「ウールを産む木」だと解釈して、この植物の伝説が産まれたとされています。

単純に綿と羊毛が似ていることが由来なのですが、この事からも
可視出来るものと伝え聞いた事の真偽
が核心ではないか?

冒頭でも記述しましたが、伝え聞いた事、先入観は人を色眼鏡で見てしまう。
自分で見たものを信じることの大切さを訴える作品でしょう。



このテーマは本作の偶像崇拝のろろ様にも繋がる部分だと思います。

魚深という田舎町で、皆のろろ様を信じています。
祭りの途中で抜け出した杉山。
直接見てはいけない禁じ事を破った宮腰。
この二人が羊の木の羊として描かれていないのも頷けます。


また、吉田大八監督もこんなことを話していました。
「分からなくても信じる。その方が疑うよりも生きていて楽しい人生を歩めるはずだ」



人は変われるのか?

人間、簡単には変われませんよね。
でも他人を変えるより自分を変える方が楽なんです。
元受刑者で生まれ変われた人は皆、誰かの優しさに触れて自分を変えられたんですよ。
変えたからこそ、あの生活を送ることが出来るんです。

福元は素直に打ち明けることで。
栗本は自分と向き合うことで。
大野は守ってくれる人を見つけたことで。
太田は好きな人が出来たことで。


その中で杉山は中立の立場を上手く演じてました。
変われない自分と馴染めないもどかしさから、普通の暮らしと犯罪の間で揺れ動く凄く人間的な人物だったと思います。

そして、宮腰は唯一変わることが出来なかった犯罪者。
仮釈放制度見直しの難しさ。
そして人生をやり直すことの難しさ。
宮腰自身も魚深で平和に暮らそうと思っていたはずです。
しかし、人を殺めることに対する罪の意識の欠如が大きな障害となってました。



人を殺めたという事実は消えることはありません。
しかし、彼らに必要なのは未来を見ることなんですよ。


エンディング曲「Death Is Not the End」


死は終わりではない。

また芽を出し、生まれ変わることで新たな人生を歩むことが出来るんです。



終わりに

考察としては書くところがなく、端折りましたがやはり書いておこう。
特筆すべきは優香さんの体を張った演技ですよね(笑)



映画「羊の木」オススメ - YouTubeより

いやらしいなと思う


最後までお読みくださった方、ありがとうございました。




(C)2018「羊の木」製作委員会 (C)山上たつひこいがらしみきお講談社