小羊の悲鳴は止まない

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建築と殺人は芸術となり得るのか?(「ハウス・ジャック・ビルト」ネタバレ考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は待望のラース・フォン・トリアー監督最新作「ハウス・ジャック・ビルト」について語っています。

この記事にはネタバレが含まれます。
未鑑賞の方はご注意ください。

尚、今回はいつものように深堀りしていくガチガチの考察ではなく、自分の記憶を整理する為にもつらつらと書き綴るダラダラの考察になります。



作品概要


原題:The House That Jack Built
製作年:2018年
製作国:デンマーク・フランス・ドイツ・スウェーデン合作
配給:クロックワークス
上映時間:152分
映倫区分:R18+


解説

ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ニンフォマニアック」の鬼才ラース・フォン・トリアーが、理性と狂気をあわせ持つシリアルキラーの内なる葛藤と欲望を過激描写の連続で描いたサイコスリラー。1970年代、ワシントン州。建築家を夢見るハンサムな独身の技師ジャックは、ある出来事をきっかけに、アートを創作するかのように殺人を繰り返すように。そんな彼が「ジャックの家」を建てるまでの12年間の軌跡を、5つのエピソードを通して描き出す。殺人鬼ジャックを「クラッシュ」のマット・ディロン、第1の被害者を「キル・ビル」のユマ・サーマン、謎の男バージを「ベルリン・天使の詩」のブルーノ・ガンツがそれぞれ演じる。カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門で上映された際はあまりの過激さに賛否両論を巻き起こし、アメリカでは修正版のみ正式上映が許可されるなど物議を醸した。日本では無修正完全ノーカット版をR18+指定で上映。
ハウス・ジャック・ビルト : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編



物語の本筋

まずはTwitterの感想から。




いやー、おバカ映画でしたね!
なんなんですかね、この超絶大傑作は(笑)

まず
ラース・フォン・トリアー監督は鬱描写を使わなくてもちゃんと映画が撮れるんじゃないか!
あんた、鬱病完治したんか!」
が鑑賞後の率直な感想でした(笑)

褒めてます、めちゃくちゃ褒めてますよ!



今作の主人公ジャックは強迫性障害を持っていました。
強迫性障害といっても、強迫観念と強迫行為の2つの症状があるんですよね。

強迫観念とは、頭から離れない考え、その内容が不合理だとわかっていても頭から追い払うことができない。
一方、強迫行為とは、強迫観念から生じた不安にかきたてられて行う行為のことで、無意味とわかっていても止められない。

簡単に言えばかっぱえびせんのようなものです。
止められない止まらないです。
これが日常生活に支障をきたすとOCD(強迫性障害)という病気と診断されます。


第1の出来事、車の修理を頼まれたジャックが助手席に乗った女性をジャッキで殴打して殺害します。

元々殺人衝動があったのか、それとも感情的となった突発的なものなのか。
いずれにせよ、この殺害がきっかけでその衝動を抑えられなくなっていく。
しかし、ユマ・サーマンが早々にリタイヤは笑わせてもらいました。



第2の出来事で、ジャックは保険屋を装って家屋に侵入し女性を扼殺後に胸部を刺した後始末で、早く現場から離れなければならないのに取り憑かれたかのように血痕を何度も流し、清掃する。

これは確認行為にあたるもの。
身近にあるものとしては、例えば外出した際にふと「家の戸締まりをちゃんとしたかな?」や「ガスの元栓は閉めたかな?」など思うことがありますよね?
その不安が抑えきれなくなって指差し確認や何度も触って確認する行為になります。

確認行為によりなかなか現場から離れられないジャックのもとに現れた警官とのやり取りをくぐり抜け、死体を引きずって自宅まで帰る。

この死体を引きずった血の跡を突然降り出した豪雨が洗い流してくれる。
神が守ってくれていると思い込むんです。



第3の出来事ではライフル銃と散弾銃の話から狩るものと狩られらるものの関係性を猟犬と血痕、虎と羊に喩えて語られる。

小銃一般を指し、ライフル(英:Rifle)あるいはライフル銃と呼ぶこともある。
近代から現代にかけて、主に歩兵一個人が携行する最も基本的な武器(歩兵銃)として使用されている。近距離から遠距離まで、広い範囲の射撃をこなせる万能性を持つ。
小銃 - Wikipediaより引用

散弾銃(さんだんじゅう)またはショットガン(Shotgun)は、多数の小さい弾丸を散開発射する大口径の大型銃。
散弾銃は、近距離で使用される大型携行銃で、弾丸の種類によっても特性が変わるが、散弾は概ね50m以内で最大の威力を発揮する。
散弾銃 - Wikipediaより引用


両方とも狩猟用の装薬銃ですが、前者は主に鹿や猪、熊などの大物を仕留める際に、後者は動きの早い鳥などを仕留める際に使用される。

ここで儀式行為が更に顕著に現れる。
巻狩りの"最後の侮辱"である。
並べられた遺体と大量のカラスの死骸。

2014年のゲッティンゲン大学の研究チームによって行われた実験によれば、少なくとも一部のカラスは欲求を我慢することができるとのこと。
つまりこの儀式で並べられたカラスはジャック自身の欲求に抗う自制心への反抗とも取れます。



第4の出来事では、ひとりの女性との間に新たな感情が芽生えます。
恋心を抱きながら、恋とは認識せずに乳房を切り取り殺害する。

ここでは相手の持ち物を持ち帰る、シリアルキラーの典型的な行為も見られます。

デニス・レイダー(Dennis Rader 1945年3月9日 - )は、BTKまたはBTK 絞殺魔として知られるアメリカのシリアルキラー。彼はBind(緊縛)、Torture(拷問)、Kill(殺す)の頭文字を取って自分自身で "BTK"と名乗り、1974年から1991年の間にカンザス州ウィチタ近郊で10人を殺害し、逮捕されるまで30年以上にわたって地元民を恐怖に陥れた。
デニス・レイダー - Wikipediaより引用


最も有名なのがBKT絞殺魔デニス・レイダー。
彼の特徴として、被害者の持ち物を記念品として持ち帰ることが挙げられている。
また、2015年にはフロリダの元保安官代理キンバレー・マグガースが各種の状況証拠に基づいて、"BTK絞殺魔"として知られるデニス・レイダー受刑者こそがゾディアックであるという著書を発表しています。

ジャック自身が自覚するしないは別に、その殺人鬼としての裏の顔が完全に定着していることが伺えます。
今作のジャックのように被害者の持ち物ではなく体の一部を記念品として、女性の頭皮を剥がして持ち帰るシリアルキラーを描いた『マニアック』もありますね。

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「男に生まれただけで罪を背負っている。」
「男はいつも犯罪者。」
無茶苦茶な自論で女性の性の象徴でもある乳房を切り取ること。
ここでは実質的な女性としての死を意味する。
とはいえ、流石に人目に触れるおっぱい財布はギャグとしか思えませんが(笑)



第5の出来事ではフルメタル・ジャケット弾ひとつで何人を同時に殺せるか、という実験を試みます。



フルメタルジャケット弾(full metal jacket/被覆鋼弾、完全被甲弾)
貫通性が高い通常の弾丸。弾芯が金属(メタル)の覆い(ジャケット)で覆われているメタルジャケット弾の一つ。ボール(Ball)弾とも呼ばれる。
ほとんどのフルメタルジャケット弾は、弾芯である鉛をギルディング・メタル(真鍮。混合率は銅95%、亜鉛5%)で覆っている。
弾丸 - Wikipediaより引用


なぜこのような仕様になっているかというと、鉛は人体に当たった時に弾体に変形し、衝撃と共に苦痛も与えてしまう。
これがハーグ条約違反となり、硬い金属で鉛の弾丸を覆い、人体に着弾したときに変形しないように加工されています。
苦痛をなるべく与えず殺すこと、言わば人道的なものです。

キューブリック監督作の映画『フルメタル・ジャケット』では、硬い金属で覆って人を殺す弾丸に作り変えたフルメタル・ジャケット弾のように、優しさや思いやりを非人道的扱いによってぶっ壊し、普通の青年たちを殺人マシーンに作り変える軍隊訓練が描かれる。

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人道的な側面から作られたフルメタル・ジャケット弾で第二次世界大戦下でのナチスの非人道的な行為を現代で試みるという嗜虐性、不条理。

ライフルの射程圏内に入れられず開かずの扉を開いた先に待っていたのがヴァージでした。
このシーン、笑いませんでした?
なんなんだよこの登場は!?(笑)


そして、ついにジャックは警察に見つかり、死体で築き上げられた家の穴から地獄へと誘われます。
地獄の底へと着いたジャック。
後述していますが、幼少期の話から草むらは楽園とされ、"捕まりたい欲望"は罪の清算

しかし、世の中そんなに甘くはない。
刈られたのは草ではなく、ジャックの首でした。

めでたしめでたし。



と、一連の流れはこんな感じでしょうか。
自分の記憶を整理する為にも書き出してみました。
間違ってたら教えてください。

さて、ここで本筋の合間に挿入された描写についてどんな意味があったのか、を簡単に考えたいと思います。



物語の補填

この物語は、ジャックとヴァージの会話により上記に記述した本筋のように、大きく5つの出来事として段階的に流れていきます。
その節々ではジャックの行為について、心理的もしくはそのバックグラウンドとして様々な芸術や歴史等が補填として挿入されます。

情報量が多く、まだ一度しか鑑賞していないので全てを拾うことは出来ませんでしたが、ここでは覚えてる範囲で順番に振り返っていきます。



・天才ピアニスト

ジャックが唯一認める天才ピアニスト、グレン・グールド
彼の音楽は芸術だと評価しています。


グレン・ハーバート・グールド(Glenn Herbert Gould, 1932年9月25日 - 1982年10月4日)は、カナダのピアニスト、作曲家。

グールドの興味の対象はバッハのフーガなどのポリフォニー音楽であった。バッハは当時でももはや時代の主流ではなくなりつつあったポリフォニーを死ぬ直前まで追究しつづけたが、そうした時代から隔絶されたバッハの芸術至上主義的な姿勢に共感し、自らを投影した。

グレン・グールド - Wikipediaより引用


グレン・グールドは音楽だけでなく、エッセイスト、ドキュメンタリー製作者など、多彩な文化人として振舞っています。
特に彼の有名な言葉「芸術の目的は、瞬間的なアドレナリンの解放ではなく、むしろ、驚嘆と静寂の精神状態を生涯かけて構築することにある」はジャックにも影響を与えたことだろう。

これは後に第4の出来事で語られる"技師は楽譜、建築家は演奏"としても具体的に取り上げられています。

また、第5の出来事で作られた死体の家、"静力学(建築)と殺人"とも繋がりがあり、ひとつひとつの殺人(驚嘆)と冷凍保存(静寂)の積み重ねが作り出したもの。

ちなみに、静力学は主に建築学構造力学で用いられる力学の分野で、全ての物体にかかる力とトルクの総和が0、つまりは静的状態で働いている全ての力と同じ大きさの逆向きの力がある状態です。
仮想仕事の原理なんですが、詳しく説明すると長くなるので端折ります。



・草むらと隠れんぼ

幼少期に隠れんぼをして遊んでいた頃、あえて見つかりやすい草むらへと隠れること。
劇中では"捕まりたい欲望"として語られていました。
隠れんぼは連続殺人を犯したジャックの逃亡を、草むらで草を刈られる人は追う側、つまり警察を暗喩し、いずれ罰を負うことを可視化したものです。

幼少期にアヒルの子の足を切断するシーンで既にこの時から殺人衝動が芽生えていたとも捉えられることからも、ジャックが自身の行動に罪の意識を持っていたとも取れます。



・写真撮影

殺人衝動とは別にジャックには儀式行為な部分も見受けられます。
儀式行為とは、一連の流れ、ルーティンを行わなければ何か悪い事が起こると思い込む強迫性障害の症状のひとつ。

最も顕著に現れた儀式行為は写真です。
これは殺人と芸術を繋げるという意味合いが強いですが、死体を写真に収めるという行為自体に記念品や験担ぎのような意味合いもある。

こう思うきっかけは上記に記載した"雨の描写"だと思われます。
自身の行動は神に守られているという妄想。
故に写真の撮り直しにも拘って、死体を再び現場に持ち出すという危険を冒してしまう。

また、死体の写真がネガ(反転)として映し出されるのは、後述する"天国と地獄"にも通じる。
光があるから闇が存在する。
もしくは、闇があるから光が存在する。
つまりは、ジャック自身の裏表の顔、殺人鬼と二枚舌な人間性の表裏一体を表しているのではないだろうか。

これは上記に記載したグレン・グールドにも繋がります。
"驚嘆と静寂"という二面性。
また、劇中に語られた街灯の話にも繋がります。
ジャックは自己の不安(強迫性障害)を抑え込むために殺人を犯します。
劇中では強迫性障害の軽減と解放と表現されていました。
表を光、裏を影と考えた場合、街灯の光に照らし出されたところに生まれる影は殺人鬼ジャックとして見ることが出来る。
街灯の真下では最も色濃くなる。
街灯から離れるにつれて影の色は薄くなり、しかし大きく伸びていく。
そして次の街灯の真下で再び影は最も色濃くなる。

その光を驚嘆とするなら、その光の下を目指す道中は静寂であり、繰り返し歩み続けてしまうジャックの殺人衝動と繋がります。



・太陽と月の徴

劇中でも語られた"太陽と月の徴"新約聖書ルカによる福音書21章でも記されています。

21:25 「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。
21:26 人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。
21:27 そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。
21:28 このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」


要約するとエルサレムの滅亡からキリストの再臨に至る話がされています。
旧約時代の人々、とくにイスラエルの人々はやがて救い主が来られることを長い間待ち望んできました。
これを"アドベント(到来)"といいます。
これは第5の出来事で現実に(?)登場する異世界への案内人ヴァージのことを指します。

また、日本の彫刻家荻原碌山の名言にもある「愛は芸術なり、相剋は美なり。」
劇中でも愛は芸術とされ、遺体となった子供と震え怯える母親を囲むピクニックは不謹慎ながらユーモアたっぷりでしたね。

まさに狩るものと狩られるもの、シュヴァイス(猟犬)と血痕、虎と羊、命の相剋こそ最高の美であるのだと言わんばかりの。



・ワイン

劇中でブドウを腐らせるものとして、霜、乾燥、貴腐の3つが例に挙げられていました。
これらはワインの格付けによるものです。

大きく5つに格付けされるワインの中で最も上にあるものがプレディカーツヴァインと呼ばれるものです。
そのプレディカーツヴァインも7段階の格付けがされています。

ブドウを霜に晒して自然凍結させ作られたワインはアイスヴァイン。
藁や葦の上で乾燥させ作られたワインはシュトローヴァイン。
そして貴腐菌によって作られたワインをトロッケンベーレンアウスレーゼと言います。

貴腐(きふ)とは、白ワイン用品種のブドウにおいて、果皮がボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea[* 1]) という菌(カビ)(灰色かび病も参照)に感染することによって糖度が高まり、芳香を帯びる現象である。 貴腐化したブドウを「貴腐ブドウ(きふぶどう)」と呼び、それを用いて造られた極甘口のワインが「貴腐ワイン」と称される。
貴腐 - Wikipediaより引用


トロッケンベーレンアウスレーゼが3つの中で一番価値があるもの。
敢えて過酷な環境に置くことでブドウの糖度が増し、一級品として価値が出る。

「人の最終的な価値が決まるのは、生前ではなく死後である。」

まさにこれです。

これは家を建てることとも同じと語られました。
一見無関係にも見えるが、これは廃墟価値の理論
建てては壊すを繰り返すジャックの家。
最終的に肉塊(死体)で築き上げられた家(芸術)。
倫理で芸術を殺す。

死体の腐敗も同様に芸術、死後にこそ価値が生まれると信じ込んだ歪んだ倫理観。
建築と殺人は芸術となり得るのか?
これが、ジャックが求め続けた芸術の辿り着いた答えなのです。



ジェリコのラッパ

劇中では戦闘機の威嚇として付けられた不快なサイレンとして語られていました。
実際に、第二次世界大戦でドイツ空軍が有する急降下爆撃機は前線で大きな戦果を挙げており、特に急降下の時に鳴り響く独特のサイレンは"ジェリコのラッパ""悪魔のサイレン"などと呼ばれ、空爆による敵への物理的ダメージとともに敵軍兵士に心理的な威嚇を与える効果があったとされています。


Ju 87 B-2

Ju 87 シュトゥーカ(Junkers Ju 87 Stuka )は、ドイツにおいて第二次世界大戦中に使用された急降下爆撃機である。

愛称の「シュトゥーカ」(Stuka)とは、本来は本機種の固有の愛称ではなく、“急降下爆撃機”を意味するドイツ語の「Sturz KampfFlugzeug」(シュトゥルツカンプフルクツォイク)の略であったが、本機がドイツ軍の用いた急降下爆撃機の代表として扱われたため、この名が用いられるようになった。

Ju 87 (航空機) - Wikipediaより引用


"ジェリコのラッパ"という言葉は旧約聖書の『ヨシュア記』に記載されている"ジェリコの戦い"が基になっています。

ジェリコの戦い(英語:Joshua Fit The Battle Of Jericho)は、旧約聖書に登場する、古代イスラエルモーセの後継者ヨシュア(英名:ジョシュア)によるカナン人の都市ジェリコの攻略を歌った歌である。

ヨシュアジェリコとの戦いを始め、兵士達は手に槍を持って突撃した。ヨシュアはこの戦いは我が手中にあると言い、兵士達に叫べ、角笛(羊の角を使ったトランペット)を吹けと命令した。すると笛と声によってジェリコの城壁は崩れ落ちた、という「ヨシュア記」6章の内容が歌詞となっている。

ジェリコの戦い - Wikipediaより引用


"ジェリコのラッパ"はその笛の音で城壁を崩したとされ、今作においてはジャックの殺人鬼としての生活が崩れる警告とも取れる。



・天国と地獄

第5の出来事でヴァージに導かれるまま、ジャックは地獄へと歩みを進めていく。
死体で築き上げられた家の穴は地獄の門の入口だったのです。

地獄の最下層へと案内されたジャックに対してヴァージは本来は地獄の底の2層上が行き先だと語ったように、地獄は何層にもなっています。
壊れた橋の先は天国へ通じる道。

今作の地獄の世界観は挿入されたダンテの小舟からも、ダンテの『神曲が基になっていることは明らかですね。
ヴァージもこのダンテの『神曲』に登場する人物です。


ダンテの小舟(1822年、ルーヴル美術館所蔵)
"La Barque de Dante"

フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ (Ferdinand Victor Eugène Delacroix, 1798年4月26日 - 1863年8月13日) は、フランスの19世紀ロマン主義を代表する画家。

ウジェーヌ・ドラクロワ - Wikipediaより引用



また、『神曲』の影響を受けたゲーテの『ファウストでも天国と地獄を行き来する物語が描かれています。

神曲』(しんきょく、伊: La Divina Commedia)は、13世紀から14世紀にかけてのイタリアの詩人・政治家、ダンテ・アリギエーリの代表作である。
地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部から成る、全14,233行の韻文による長編叙事詩であり、聖なる数「3」を基調とした極めて均整のとれた構成から、しばしばゴシック様式の大聖堂にたとえられる。

地獄篇 (Inferno)
煉獄篇 (Purgatorio)
天国篇 (Paradiso)
の三部から構成されており、各篇はそれぞれ34歌、33歌、33歌の計100歌から成る。

神曲 - Wikipediaより引用


主に『神曲』における地獄は

・第一圏 辺獄(リンボ)
・第二圏 愛欲者の地獄
・第三圏 貪食者の地獄
・第四圏 貪欲者の地獄
・第五圏 憤怒者の地獄
・第六圏 異端者の地獄
・第七圏 暴力者の地獄
・第八圏 悪意者の地獄
・第九圏 裏切者の地獄


ジャックの行き着く地獄は2層上ということで第七圏。

第七圏 暴力者の地獄 - 他者や自己に対して暴力をふるった者が、暴力の種類に応じて振り分けられる。

・第一の環 隣人に対する暴力 - 隣人の身体、財産を損なった者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。
・第二の環 自己に対する暴力 - 自殺者の森。自ら命を絶った者が、奇怪な樹木と化しアルピエに葉を啄ばまれる。
・第三の環 神と自然と技術に対する暴力 - 神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる(当時のキリスト教徒は同性愛を罪だと考えていた)。

神曲 - Wikipediaより引用


Wikipediaによれば、第一の環ですかね。


また、楽園を表すものとしてヤン・ブリューゲルの『楽園』の絵が挿入されていました。


ヤン・ブリューゲル (子)画
『楽園』(1620年頃)

ヤン・ブリューゲル (子) (Jan Brueghel de Jonge; 1601年9月13日 –1678年9月1日)は、フランドルの画家。ヤン・ブリューゲル (父)の息子である。

ヤン・ブリューゲル (子) - Wikipediaより引用


新約聖書ルカによる福音書では、イエスがともに十字架に架けられた悔い改めた罪人はイエスとともに"paradise"に入ると述べています。
このことからも、天国は楽園的な安息であると考えられています。

今作でジャックは、悔い改めるばかりか散々罪を犯しながらもまだ天国へ行こうと欲望のまま地獄の壁を登ろうとします。

あれだけのことをしておいてまだ助かろうとしとるんかい!!!

と、心の中で笑いながら激しくツッコミを入れました。
まあ、そんな馬鹿野郎が天国に行けるわけもなく(笑)
足元を掬われ、罪人の永遠の滅びの場所ゲヘナへと落ちていきましたとさ。

めでたしめでたし。(2回目)



終わりに

ということでダラダラと書き綴って来ましたが、まとめです。

今作『ハウス・ジャック・ビルト』は連続殺人鬼ジャックの蛮行を5つのエピソードで描き、道徳、倫理からかけ離れた問題作。
かもしれませんが、ある意味で真っ当なトリアー作品のように感じる。
寧ろ、マトモすぎて、冒頭でも語ったように「鬱病完治したのか?」とさえ思ってしまうほどである。

エピソード一つ一つが酷いんですよ、自分を正当化し、都合のいいように解釈し、言い訳をする。
このジャックのバカバカしさがホラーという側面とコメディという側面の二面性、表裏一体感を出している。
トリアーの自虐と見せかけながら、実は我々観客にも突きつける人間の愚かさや醜さを露呈している。

そんな妄想と知的好奇心を刺激して止まない超絶大傑作なのです(個人的意見)。



最後までお読みくださった方、ありがとうございました。



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