小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

恐怖の対象と"それ"の正体(『ダーク・アンド・ウィケッド』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
今回は『ダーク・アンド・ウィケッド』について語っています。

監督は『ストレンジャーズ/戦慄の訪問者』のブライアン・ベルティノ。
こういったホラー映画はどんどん作っていってほしいですね!


※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要

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原題︰The Dark and the Wicked
製作年︰2020年
製作国︰アメリカ
配給︰クロックワークス
上映時間︰95分
映倫区分︰PG12


解説

父の最期を看取るため田舎の農場に帰郷した姉弟を襲う怪異を描き、シッチェス・カタロニア国際映画祭2020で最優秀女優賞と撮影賞を受賞したホラー。父の病状が悪化したとの報せを受けたルイーズとマイケルの姉弟は、生家であるテキサスの人里離れた農場を久々に訪れる。そこには、母に見守られながらひっそりと最期を迎えようとする父の姿があった。しかし母は「来るなと言ったのに」と彼らを突き放し、姉弟は両親の様子がどこかおかしいことに気づく。その夜、母は首を吊って死亡。やがて姉弟は、想像を絶する恐怖に巻き込まれていく。姉ルイーズを「あるふたりの情事、28の部屋」「アイリッシュマン」のマリン・アイルランド、弟マイケルを「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」のマイケル・アボット・Jr.が演じた。監督は「ストレンジャーズ 戦慄の訪問者」のブライアン・ベルティノ。
ダーク・アンド・ウィケッド : 作品情報 - 映画.comより引用





感想

いやはや、久しぶりに洋画で面白い心霊ホラーに出会えました!
オーソドックスな心霊系ハウスホラーと見せかけて、往年のホラーとは異なるアプローチを見せています。

ちなみに、ホラー映画が苦手な人はなかなか観るのは厳しいでしょう。
その一つにジャンプスケアの多用があります。
来るぞ来るぞという流れで来るので親切設計ではありますが。
そしてもう一つが、日常生活に溶け込む恐怖。
電話や呼び鈴、お風呂や暗闇。
ホラー映画が苦手な人にとって、鑑賞後にも引きずる怖さがあります。

また、なんと言っても本作『ダーク・アンド・ウィケッド』はその不気味さが際立つその構成力がすごい。
目新しさこそないものの、好きな人には堪らないホラー映画ではないだろうか。

この辺りを掘り下げつつ、考察していきたいと思っております。


考察

では早速考察に入っていきましょう。

本作『ダーク・アンド・ウィケッド』は姉弟が母親の家に来るまでの不可解な現象を冒頭とし、そこからは姉弟が来訪してからの一週間が描かれます。

つまり、日曜日には良くも悪くもこの家での出来事は終わりを迎えるということ。
まあ先に言っておくと、バッドエンドなんですが(笑)

何故そんな家に一週間も居座るのか?
床に伏せる父親という存在が、家族をこの家に引き止める理由付けになっているんですよね。

ここがまた卑怯なのよ。
死亡フラグがビンビンなのに、半ば強制的に束縛されて途中で逃げ出せないんですから。



さて、この一週間をざっくり振り返ってみましょう。

月曜日。
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母親は野菜を切りながら自分の指を切り落として微塵切りにします。
その時に聞こえた声こそ悪魔の囁き。

火曜日。
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姿を消した母親を探す姉弟は小屋で首を吊って死んでいた母親を発見する。

水曜日。
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ショックを隠しきれない姉ルイーズはシャワー浴びていると物音がし、寝室で寝ているはずの父親(悪魔)の姿を見る。
このシーンは排泄描写あり。

木曜日。
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寝室に寝たきりとなっている父親の口から蜘蛛が這い出てくるのをルイーズが見る。
弟マイケルは窓の外に死んだはずの母親(悪魔)の姿を見る。
聖職者が注意喚起するも追い返される。

金曜日。
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夜中の3時にチャーリー(悪魔)来訪。
ルイーズ(悪魔)を見たチャーリーが銃自殺。

土曜日。
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家畜のヤギが大量死。
生き残りの妊娠中のメスヤギ出産に立ち会い、マイケルが小屋で再び母親(悪魔)を見る。

日曜日。
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マイケルは家族のために帰宅。
父親の看護師が蜘蛛を見て自殺。
死んでいる家族(悪魔)を見てマイケルが自殺。
ルイーズがマイケル(悪魔)の声を聞き、父親は衰弱死。
ルイーズが襲われED。



神学的に見れば、一週間と聞くと分かる人にはすぐに思いつくと思います。
そうです、旧約聖書の創世記、天地創造の期間です。

創世記2章7節
主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。

神は神に似せた人をつくられます。
悪魔もまた、人を唆すために神に似せた人を創り出す。
面白いのが、姉ルイーズには父親の姿だけを、弟マイケルには母親の姿だけを見せていること。

そして、神は最後に人をつくられた。
悪魔は皮肉にも7日目に父親の命を奪います。


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悪魔は人の心の隙を狙って侵食してきます。
ひとりでヤギたちの世話をしながら夫の看病を続けていた母親が犠牲となり、弟マイケルも家族の死(悪魔の幻覚)に直面して死を選び、姉ルイーズは父親の死によって絶望に陥る。
"孤独=恐怖"の波状攻撃によって畳み掛ける構成となっています。



加えて、信心深い看護師には「イエスはあなたを愛する」と唆して自殺を促す。
無神論者の母親が口ずさむ賛美歌、ひっそりと集めていた十字架。
キリスト教徒、無神論者、問わず悪魔の存在を認めざるを得ない怪現象が起きる。

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無神論者は勿論のことキリスト教圏ではない者にとって、神の存在と同様に悪魔の存在というものは恐怖の対象にはなりにくい。
"不可解=恐怖"とすることで、悪魔という存在を信じていない人でもしっかりと恐怖を体験できるものとなっています。



そうなんです。
本作『ダーク・アンド・ウィケッド』における恐怖の対象は、あくまでも不可解さなんです。
分からない何かに襲われるという往年のホラー映画の要素を軸に、往年のホラー映画で描かれるような謎解き要素は一切描かないんですよ。

例えば、心霊ホラーの代表作『ポルターガイスト』(1982)ではポルターガイスト現象が起こる理由を探っていきます。
Jホラーを代表する『リング』(1998)でも呪いのビデオの出生について過去を調べていきます。
『死霊館』(2013)もそう。

他のホラー映画とは一線を画す傑作ホラー『へレディタリー/継承』(2018)もそう。

今年2021年公開『レリック 遺物』(2020)にしてもそう。


原因を探っていく謎解き要素というものがホラー映画のひとつの形としてあるんです。

例外として『テリファイド』(2017)のように因果や正体が明かされないまま恐怖描写だけを切り取ったような作品もあるにはありますが。


悪魔という抽象的な概念による恐怖だからこそ描ける、分からないものは分からないまま。

信じるか信じないかはあなた次第…
ではなく、これ!
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"不可解な現象をただ見せて"恐怖心を煽るのではなく、"不可解な現象がそこ(劇中)に在る"と思わせることで恐怖心を掻き立てるもの。

言い換えるなら
人物描写をあえて深く描かず、感情移入というものを排除し、ただ"そこに在る現象"を描くことで"不可解な恐怖"を可視化しているんです。




他にも神学的に考察する余地は大いにあります。

蜘蛛に関しては聖書には蜘蛛の巣がいくつか登場します。
芥川龍之介『蜘蛛の糸』もルカによる福音書から着想を得たことは知られた話ではあるが、神による救済が気まぐれであることを示しているもので、悪魔はそれを使って揺さぶりをかけているのが分かります。


そして、もう一つ登場する重要な動物がヤギです。
不可解な恐怖と言っておきながら真相を探るのは野暮というものですが、このヤギが本作『ダーク・アンド・ウィケッド』の悪魔の正体を解き明かす重要なヒントになっています。

レビ記16章8-10節
その二頭のやぎのために、くじを引かなければならない。すなわち一つのくじは主のため、一つのくじはアザゼルのためである。
そしてアロンは主のためのくじに当ったやぎをささげて、これを罪祭としなければならない。
しかし、アザゼルのためのくじに当ったやぎは、主の前に生かしておき、これをもって、あがないをなし、これをアザゼルのために、荒野に送らなければならない。


つまり、悪魔の正体は"アザゼル"ではないかと推測できます。

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アザゼル(地獄の辞典の挿絵)

アザゼルは神に背いて天界を追放されたことでも知られる堕天使で、人間を監視する役目を担っていました。
また、天使ラファエルによって、暗闇に幽閉されたとも言われています。


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レビ記16章の二頭のヤギは贖罪日(ヨム・キプル)の儀式のこと。
一頭はいつものように屠られ、その血をアロンが聖所に供える。
もう一頭は、生きたまま荒野に放たれる。
これは罪が赦されることを意味するだけでなく、荒野に放たれたヤギによって罪が取り除かれたことを意味しています。

レビ記よりヤギは贖罪の生贄(スケープゴート)とされており、他人の罪を背負うという意味合いとして使われます。
劇中でも悪魔の犠牲となりますよね。


レビ記16章27節
罪のためのいけにえの雄牛と、罪のためのいけにえのやぎで、その血が贖いのために聖所に持って行かれたものは、宿営の外に持ち出し、その皮と肉と汚物を火で焼かなければならない。

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アザゼルのやぎ。
ヘブル語でアザゼルは「取り除く」という意味を持ちます。

本作『ダーク・アンド・ウィケッド』はこうした神の赦しをも、悪魔による死への誘いとして描いているんです。



終わりに

如何でしたか?
本来なら不可解なまま終わらせるのが本作にとって最良だとも思いましたが、分からないからこそ知りたくなるのが人間の性というもの(笑)

ということで、悪魔の正体についてあくまで個人的な見解を書かせていただきました。



最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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