小羊の悲鳴は止まない

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愛は悲劇で偶然は喜劇(『悪なき殺人』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
今回は先日、フォロワーさんと観に行った『悪なき殺人』について語っています。

フォロワーさん2人と観に行ったのですが、1人が眠そうにしていたので上映前に「イビキはかくなよ!」と冗談交じりに話していたら、上映開始直後にイビキが聞こえてきて「フリじゃねえよ」と思っていたらイビキをかいてたのはそのフォロワーさんの後ろの席のおじいちゃんでした。というのがこの映画のハイライトです(笑)

※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要

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原題︰Seules les betes
製作年︰2019年
製作国︰フランス・ドイツ合作
配給︰STAR CHANNEL MOVIES
上映時間︰116分
映倫区分︰R15+


解説

「ハリー、見知らぬ友人」のドミニク・モル監督が、ある失踪事件を軸に思いもよらない形でつながっていく5人の男女の物語を描き、2019年・第32回東京国際映画祭コンペティション部門で最優秀女優賞と観客賞を受賞したサスペンス(映画祭上映時タイトルは「動物だけが知っている」)。吹雪の夜、フランスの山間の町で女性が失踪し、殺害された。事件の犯人として疑われた農夫のジョセフ、彼と不倫関係にあったアリス、そして彼女の夫ミシェルなど、それぞれに秘密を抱えた5人の男女の関係が、失踪事件を軸にひも解かれていく。そして彼らが、フランスとアフリカのコートジボワールをつなぐ壮大なミステリーに絡んでいた事実が明らかになっていく。「イングロリアス・バスターズ」のドゥニ・メノーシェが主人公となるミシェル役を演じ、東京国際映画祭で女優賞を受賞したナディア・テレスツィエンキービッツは、ミシェルと思いがけないタイミングでかかわることになるマリオン役を演じている。
悪なき殺人 : 作品情報 - 映画.comより引用





感想

まずはTwitterに上げた感想から。

第32回東京国際映画祭コンペティション部門で最優秀女優賞、観客賞を獲得した本作では『悪なき殺人』。
当初のタイトルは『動物だけが知っている』。

当初のタイトルの方が人間の滑稽さが際立っていたように思えます。

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本作が『悪なき殺人』であるかどうか。
その判断は個人によって異なりますが、個人的には"悪なき"ではないんですよね。

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ジャンルに関してもサスペンスミステリーというよりもサスペンスドラマ。
"殺人"が主体ではなく、登場人物たちの抱える秘密と愛による連鎖、そして複数の視点から成り立つ円環構造の中でどうやって"殺人"に至ったかの経緯を知る物語なので。

この辺りも絡めつつ、考察に進みます。




考察

本作『悪なき殺人』は女性の失踪事件を軸に
①アリスパート
②ジョセフパート
③マリオンパート
④アマンディーヌパート
の全4章で構成されています。

この物語は登場人物の誰もがある秘密を抱えながら誰かに向けた愛で語られています。



①アリスパート

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オープニングクレジットの後、このアリス視点から物語は始まります。

前半は女性が失踪した直後。
伏線が回収されていく構成でもあり、このアリスパートでは伏線がばら撒かれているので今後の展開を楽しむためには注目すべきパート。

アリス自身は夫ミシェルにジョセフとの不倫がバレてしまったと思い込んでいる。


アリスの抱える秘密は、不倫。
アリスの愛は、ミシェルという夫がありながら、同じ町に住むジョセフに想いを寄せている。

伏線は、ジョセフの反応と犬、ミシェルの電話と顔の傷、エヴリーヌの夫が海外出張しているという警官からの情報。



②ジョセフパート

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2つ目のパートがジョセフ視点。
こちらも女性が失踪した直後。

女性の死体を発見し、死体を隠す。
警官の話からこの死体がエヴリーヌだと悟る。


ジョセフの秘密は、死体を隠していること。
ジョセフの愛は、亡くした最愛の母の想いから女性の死体を愛してしまう。

伏線回収は、セックス中に上の空だったこと、飼い犬の死の真相、ジョセフが消えた理由。
伏線は、女性の死体が置かれた理由、エヴリーヌのカギのキーホルダー。



③マリオンパート

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話は変わって新キャラが登場します。
彼女はウェイターとして働いています。
女性の失踪事件よりも前の時系列に。

マリオンはエヴリーヌと出会い、肉体関係となる。
エヴリーヌを追いかけて町へとやってくるが、エヴリーヌと仲違いし、その後警官からエヴリーヌが失踪したことを聞かされる。


マリオンの秘密は、同性愛。
マリオンの愛は、既婚者であるエヴリーヌへの想い。

伏線回収は、エヴリーヌのカギについた猿のキーホルダー、ミシェルの顔の傷。
伏線は、ヒッチハイクの車、キャンピングカーでの出来事、ミシェルとの関係。



④アマンディーヌパート

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舞台はフランスからコートジボワールへ。
貧困層のアルマンという若者が登場します。
出会い系サイトを使って詐欺をはたらいた相手がミシェルということが明かされます。

アマンディーヌという女性は架空で、ミシェルからお金を搾取する。
アルマンは詐欺でお金を稼いでマリーという別の女性と一緒に住むことを夢見ていた。

そのアマンディーヌの写真を見たミシェルが、エヴリーヌを追いかけて町へとやって来たマリオンをアマンディーヌと勘違いし、マリオンとエヴリーヌの口論を目撃してエヴリーヌを殺めてしまう。


アルマンの秘密は、詐欺をはたらいていたこと。
アルマンの愛は、マリーとその娘。

伏線回収は、ミシェルとマリオンの関係、マリオンのヒッチハイク、キャンピングカーでの出来事、エヴリーヌを殺した犯人、ジョセフの家に死体を置いたこと、アリスの聞いた電話、マリーがエヴリーヌ夫の愛人だったこと。





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「無いものを与えるのが愛。
有るものを与えるのは快楽。」

ジョセフはアリスの生の温もりではなく、母を想う死の冷たさが必要だった。
ミシェルはお金で愛を買おうとし、マリオンの「お金なんかいらない、あなた(エヴリーヌ)が欲しいの」といった台詞がありましたが、正にこれ。
アルマンのお金もマリーにとってはエヴリーヌの夫がいれば十分で。


まとめると、一方通行の愛は以下の通り。

アリス→ジョセフ→エヴリーヌ(死体)
ミシェル→アマンディーヌ(マリオン)→エヴリーヌ→エヴリーヌの夫
アルマン→マリー→エヴリーヌの夫

エヴリーヌ(死体)も生存時には夫への愛を求めていたと考えると、この物語は円環構造でありながら、全ルートでエヴリーヌの夫に収束するんですよ。

つまり、すべての原因はエヴリーヌの夫の"存在"にあったんです!(笑)



まあこれは少々強引な考察ですが

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エヴリーヌの夫がいなければ、もしかしたらエヴリーヌはマリオンと両想いになれたかもしれない。

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もし、エヴリーヌの夫とマリーが出会ってなければ、マリーはアルマンと一緒に暮らせたかもしれないし、アルマンは詐欺をはたらかず真面目に働いたかもしれない。

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ミシェルは詐欺に遭わずエヴリーヌを殺さなかったかもしれない。

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そうすると、ジョセフも死体と出会わなかっただろうし、アリスへの愛に身を委ねていたのかもしれない。



当然ですが、"偶然"で紡がれた物語は"if(もし〜なら)"で全く別の物語になっている可能性があります。
殺人の良し悪しの話ではなく、そこに至る経緯を楽しむ物語。

この物語の全容は登場人物たちは誰しもが知り得ない話であり、その事実を所々見ていたのが、各シーンに登場する動物たち。

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だからこそ、上記で上げたタイトルへの言及に繋がるのですが…。

この物語の全貌を知ることができるのは鑑賞した人のみ。
神の視点で高みの見物をする劇場の観客だけという、ある種の特権のような優越感を覚えさせてくれる作品でもあります。



ところで皆さんは、偶然の必然性、計画的偶発性理論というものをご存知でしょうか?

1.好奇心:たえず新しい学習の機会を模索し続けること
2.持続性:失敗に屈せず、努力し続けること
3.楽観性:新しい機会は必ず実現する、可能になるとポジティブに考えること
4.柔軟性:こだわりを捨て、信念、概念、態度、行動を変えること
5.冒険心:結果が不確実でも、リスクを取って行動を起こすこと

この5つによって成り立つキャリア論なのですが、この物語においてもこの5つが重なって偶然という必然を引き寄せてしまったのではないかと思わされますね。


正直、脚本としては面白いけど完成度でいうとそこまで緻密さはないと思っています。
現実ではあり得ないとか、無理矢理だとか、ご都合主義だとか、様々な意見も挙げられそうな作りでもあるし。

恐らく、この偶然と偶然の繋がりを楽しめるかどうかで、この映画の評価が決まると思う。

一方通行の愛と偶然に次ぐ偶然で紡がれるこの強引さは、フィクションならではの面白さではないだろうか。




終わりに

ということで、「偶然には勝てない」というある意味で卑怯な脚本でここまで楽しませてくれると、否が応でも楽しくなっちゃいますよ。

特に不可避ではない物事に愛が絡むことで視野が狭くなり、不可避な悲劇に吸い込まれていく過程が面白かったです。

「Life is a tragedy when seen in close-up,but a comedy in long-shot.」
人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。

言い得て妙ですね(笑)

当事者たちにとっては悲劇だけど、その全貌を見ることができる我々観客にとっては喜劇になる。
伏線回収が好きな人にはオススメの映画でした。



最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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