小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

夢と恐怖がシンクロする(『ラストナイト・イン・ソーホー』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
今回は『ラストナイト・イン・ソーホー』について語っています。
エドガー・ライト監督によりネタバレ禁止令が出されていたこともあり、未鑑賞の方はネタバレを読まずにまず映画本編を観ていただきたいというのが本音です。
鑑賞された方のみ、お読みいただければ幸いです。

※この記事はネタバレを含みますので、ご注意ください。



作品概要

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原題︰Last Night in Soho
製作年︰2021年
製作国︰イギリス
配給︰パルコ
上映時間︰115分
映倫区分︰R15+


解説

「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト監督によるタイムリープ・ホラー。ファッションデザイナーを夢見て、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学したエロイーズは、寮生活になじめずアパートで一人暮らしを始める。ある時、夢の中できらびやかな1960年代のソーホーで歌手を目指す美しい女性サンディに出会い、その姿に魅了されたエロイーズは、夜ごと夢の中でサンディを追いかけるようになる。次第に身体も感覚もサンディとシンクロし、夢の中での体験が現実世界にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズ。夢の中で何度も60年代ソーホーに繰り出すようになった彼女だったが、ある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が出現し、エロイーズは徐々に精神をむしばまれていく。エロイーズ役を「ジョジョ・ラビット」「オールド」のトーマシン・マッケンジー、サンディ役をNetflixの大ヒットシリーズ「クイーンズ・ギャンビット」のアニヤ・テイラー=ジョイがそれぞれ演じる。
ラストナイト・イン・ソーホー : 作品情報 - 映画.comより引用





感想

11月半ばに、映画宣伝会社スキップ様よりオンライン試写に招待していただきまして、上映前に鑑賞することができました。
その節はありがとうございました。

一般上映よりも先に鑑賞しましたが、しつこいようですがもう一度言わせていただきます。
ネタバレ記事を公開日当日にしたのは、エドガー・ライト監督自身がネタバレを禁止する旨のツイートを上げたからです。


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「『ラストナイト・イン・ソーホー』のヒロインであるエロイーズは旅をします。まずは田舎から都会へ、そして別の時間へ。

10月29日に映画が(海外で)公開される際には、観客の皆さんにも、その旅に出かけていただきたいと思います。この秋にわざわざ公開を延期したので、できるだけ大きなスクリーンで楽しんでいただきたいと思いますし、また夜が長くなるので、何も知らない皆さんは文字通り震え上がるのではないかと思います。

私や『ラストナイト・イン・ソーホー』のキャスト&スタッフは、ベネチア国際映画祭でのプレミア上映を本当に喜んでいます。そして最初の観客の皆さんには、後から観る方々のため、秘密を口外しないようお願いいたします。

この映画の脚本を執筆している時、皆さんにはエロイーズとともに物語を発見していってほしいと考えていました。ですから、未来の観客の体験を完全なものに保てるよう、どうか『ラストナイト・イン・ソーホー』で起こったことは、ソーホーに置いていってください。」
エドガー・ライト、最新作に「ネタバレ禁止令」発令 ─ 『ラストナイト・イン・ソーホー』プレミア上映に絶賛集まる | THE RIVERより引用

よって、核心に迫る言及は避けているので深くは掘り下げていませんが、まだ鑑賞されていない方は劇場への足を運んでいただいて本作『ラストナイト・イン・ソーホー』を観た後に、レクがどう感じたのか興味のある方だけ先にお進みいただけるようお願いいたします。





では前置きが長くなりましたが、本題へと入っていきたいと思います。

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ファッションデザイナーを夢見てロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学したエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は同級生と馴染めず寮生活から離れて独り暮らしを始めます。

独り暮らしのアパートで眠りに就いたエロイーズは60年代のソーホーの夢を見ます。
そこで歌手を夢見るサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)の姿を追いかけ、次第に同化していきます。

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エドガー・ライト監督の創り出す世界に吸い込まれるように現実と虚構、実像と鏡像が入り乱れる美しくも恐ろしい悪夢の追体験。

映画愛に溢れた傑作スリラーであり、ユーモア性を抑えた演出が今を生きるすべての女性へのリスペクトを感じさせます。




考察

ロメロのゾンビ映画をリスペクトした上で自分のテイストで撮った『ショーン・オブ・ザ・デッド』。
いくつかの作品を経て、新たなステージへと進んだ『ベイビー・ドライバー』。
そして、エドガー・ライト監督の新境地だと思わされた本作『ラストナイト・イン・ソーホー』。


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エドガー・ライト監督は、本作『ラストナイト・イン・ソーホー』のテーマは「過去を理想化するのは危険だということ」だと述べています。

「時が経つとその時代を知らない人々が当時の良い面ばかりに目を向けるような傾向があると思います。
(中略)
よく考えてみると、今現在に起きている悪いことは、すべて当時にも起きていたことです。」

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夢の中では『007/サンダーボール作戦』の看板がデカデカと映ります。
エドガー・ライト監督の映画好きの反映と、当時のボンドの女性への扱いやボンドガールに対する批判のようにも見えます。
60年代をリスペクトするとともに、現代のテーマをも浮かび上がらせています。


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昔の輝かしき良い面と、その裏側にある悪しき面を同時に見せること。
これらを比喩するように夢と現実、過去と現在、実像と鏡像の境界線を濁す演出。
連続殺人犯をアレックスとすることで、男女の性別を曖昧にするミスリード。

そして、夢に憧れ、夢を追いかけて、夢に囚われる。
ネオンに照らされる彼女たちの姿を見る我々に、美しさと怖さの両側面を感じさせる映像表現には痺れました。



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本作『ラストナイト・イン・ソーホー』ではトーマシン演じるエロイーズがアニャ演じるサンディに憧れを抱いて同化していきます。
そんなサンディは時代や業界による男性からの強要を受け、そんな姿を見るエロイーズは現実でも男性の亡霊のようなものに襲われる幻覚を見るようになります。


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ジャッロ映画がモチーフとされている本作『ラストナイト・イン・ソーホー』で、この亡くなった者たちの影に怯えるという点ではニコラス・ローグ監督作『赤い影』の影響を受けている印象です。

『赤い影』
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エロイーズは夢の中、60年代でサンディを介して男性への恐怖心や嫌悪感を募らせていきます。
これは自分の目で見ていたエロイーズ自身の内にある"恐れ"の表れ。
ロマン・ポランスキー監督作『反撥』にも近い、男性に対する潜在的恐怖心を示しています。

『反撥』
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また、女優とモデルの違いはありますが、服飾関係の周りで連続殺人事件が起こるという展開はジャッロ映画のパイオニアでもあるマリオ・バーヴァ監督作『モデル連続殺人!』とも繋がる。

『モデル連続殺人!』
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原色のネオンに照らされる町や人とスリラー性がリンクする作りはダリオ・アルジェント監督作『サスペリア』にも通ずる点でもあり、ポスターのワンシーンそのままオマージュとしても使われています。
鏡を使った演出は、鏡がキーアイテムとなるこちらもアルジェント監督作『サスペリア PART2』の影響も考えられます。

『サスペリア』
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『サスペリア PART2』
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上記のように、鏡をひとつの媒体とすることで物事の二面性や二重性を、もしくは対称性や対照性を表しています。


そして、ジョーダン・ピール監督作『アス』でも語りましたが
"鏡の法則"によって、そのスリラー性は自身の内にあるものとして表面化しているのです。


"鏡の法則"
私たちの人生は、私たちの心の中を映し出す鏡であるという法則です。
つまり、自分の人生に起こる問題の原因は、すべて自分自身の中にあるという考え方です。

例えば、鏡を見た時に髪が乱れていたとします。
鏡の中に手を突っ込んで髪を直すことはできませんよね?
髪を直すには、自分自身の髪を直すしかないんです。
しかし現実には、鏡の中の髪を直そうと必死に頑張る人が多い。

鏡の中と外で相対するエロイーズとサンディの構図と同じだと思いませんか?

解決するためには自分が変わらなければならない。

そう、この物語はエロイーズにとっての大人になるための、現実を知るための通過儀礼でもあるのです。



炎に包まれる現在のサンディが時折若かりしサンディの姿に見えたのも、エロイーズが現実を知ることで過去に囚われたままの現在のサンディを救うこと。
つまりは、過去で生きる若かりしサンディを救うことにも繋がっているのです。

そんなエロイーズの姿を我々観客の意識と同化させることで
過去を、現実を知ることによって、今を生きるすべての女性たちへのリスペクトを感じさせます。


前作『ベイビー・ドライバー』で映像と音のリンクで我々観客を興奮させたエドガー・ライトが本作『ラストナイト・イン・ソーホー』では視覚と精神をリンクさせ、尚且つスクリーンと現実をシンクロさせる。
そこではじめて見えてくる現代に通ずるテーマ。

このように、ジャッロ映画という昔の作品をリスペクトしながらも現代的なメッセージとして再構築した。
これが、エドガー・ライトの新境地だと唸らせた彼の新たな作家性ではないだろうか。




終わりに

ということで、エドガー・ライト監督自身のネタバレ禁止令もあって、物語の深くは掘り下げていませんが言いたいこと、感じたことは汲み取れる内容として書かせていただきました。

恐らく、一般公開されて批評も増えてくるでしょうが、私レクはこの映画が大好きです。



最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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