小羊の悲鳴は止まない

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二人で観たあの映画(『ちょっと思い出しただけ』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
今回は松居大悟監督の『ちょっと思い出しただけ』について。
恐らく誰にでも刺さるような普遍的なラブストーリーとなっていますが、この映画の元になったクリープハイプの新曲の更に元となった映画、ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』と絡めながら語っています。


※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要

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製作年︰2022年
製作国︰日本
配給︰東京テアトル
上映時間︰115分
映倫区分︰G


解説

「バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画をつくったら」「くれなずめ」など意欲的な作品を手がけ続けている松居大悟監督のオリジナル脚本を、池松壮亮と伊藤沙莉の主演で映画化。ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観が自身のオールタイムベストに挙げる、ジム・ジャームッシュ監督の代表作のひとつ「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て書き上げた新曲「Night on the Planet」に触発された松居監督が執筆した、初めてのオリジナルのラブストーリー。怪我でダンサーの道を諦めた照生とタクシードライバーの葉を軸に、様々な登場人物たちとの会話を通じて都会の夜に無数に輝く人生の機微を、繊細かつユーモラスに描く。2021年・第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞を受賞。
ちょっと思い出しただけ : 作品情報 - 映画.comより引用





感想

甘酸っぺぇよ!!!

ということで、まずはTwitterに上げた感想から。


怪我でダンサーの夢を諦めた池松壮亮演じる照生とタクシー運転手の伊藤沙莉演じる葉。
2人が別れたその後を現在に、葉が照生の姿を見かけたことから始まる回想。


時計、マスク、髪の長さ、朝のルーティン、道端のお地蔵さん、職業、怪我、猫などを使い、遡っていく時間軸が分かりやすくする演出されていて。
照生の誕生日7月26日を軸に同日の6年間を過去を遡るように振り返っていく。

いや、ここは思い出すと言った方が正しいのかもしれない。



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水族館デートや誕生日プレゼント、ケーキなど具体的な舞台や小道具を使いながら照生の毎年の誕生日1日を振り返る。
それだけでそれまで過ごした日々を観客に想像させ補完させるのも上手い。

幻想的な水族館、捨てることのできないバレッタ、甘酸っぱいイチゴが乗ったショートケーキ、照生が一人で食べるくじらのケーキ。
思い出が積み重なることでエモさを感じる本来の時系列とは逆を辿ることで、あの水族館を模したくじらのケーキを葉が選んだ理由が過去を振り返ることで見えてくる。

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流石に後になってグッときましたよ。
だってはじめは「なんだよこのケーキ」って思ってましたから(笑)



また、特筆すべきはここかなと。
照生と葉のすれ違いは劇中でも描かれていますが、別れのシーンを描かなかったこと

結果は初めからわかっているのに、どんな別れ方をしたのか?なんと言って別れたのか?
誕生日という1日を切り取ることで他にあったであろうエピソードを描けないという設定自体を上手く使ってるんですよね。

現在の二人の関係から過去を観客に想像させ、物語に引き込むといった力は確かにあると思います。



過去にあったことを思い出す。
過去には戻れない、今あるのは現在と未来だけ。
変えようもない後悔があったとしても、過去があっての今の自分であることもまた、変えようのない事実なんです。

特にコロナ禍である現在、マスクをせず"普通の"日常生活を送っていた頃がもう懐かしいと思えるほどで、ラブストーリーではなくとも些細なことをキッカケに過去に思いを馳せることというのはあるのではないだろうか。




考察

この映画を撮った松居大悟監督は、ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観のオールタイムベストに挙げる、ジム・ジャームッシュ監督の代表作のひとつ『ナイト・オン・ザ・プラネット』に着想を得て書き上げた新曲「ナイトオンザプラネット」に触発されて本作『ちょっと思い出しただけ』を書き上げたと仰っています。

池松は今作に主演するに際し、ジャームッシュを研究し直したそうで、「すごくポップですよね。内実はすごいことをしているのに、ポップだし気分が良いし、2時間という体感の中で独特なリズムを保ちつつ、素敵なものがたくさん映っている。ジャームッシュのDNAを受け継ぐ映画をやるのならば、少しでもそういう境地に近づきたいと思ったんです」と述懐。そして、「尾崎世界観さんの曲も、青春に決着をつけた楽曲でしたよね。過去にすがったり、懐古する映画はたくさんありますけれど、今作は過去を描きながら『色々あったけど、いまは生きている。でもちょっと思い出しただけ』というのを、どのバランスでやるかは日々考えながら過ごしていました」と明かす。
【特別インタビュー】池松壮亮と伊藤沙莉はいま、誰に何を伝えたいのか? : 映画ニュース - 映画.com


ということで、僕自身もジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』を再鑑賞してから書き上げようと思い、久しぶりに観ました。

5つの都市を舞台にした物語からなる所謂オムニバス形式の映画なのですが、池松さんの仰る通りポップで独特なリズムのまま2時間突っ走るような作品なんですよね。

ジャームッシュ自身も東京を舞台に撮影したかったと言ってますし、ある意味で本作が原点回帰の側面も担っているのかなあと。



時間経過を観客に示す演出として、照生の部屋にあるデジタルのカレンダー時計のショットが必ず挿入されます。
これは『ナイト・オン・ザ・プラネット』でアナログ時計が映し出されて世界を移動する演出を意図的にオマージュした分かりやすいものとなってますね。

前情報なしだと、曜日だけが変わって日付が変わっていないことに1度目から気付けるかどうかは怪しいところですが(笑)



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劇中でもジャームッシュ監督作品『ナイト・オン・ザ・プラネット』の序盤のシーンが流れます。
それを観ている葉が人生プランをしっかりと持つ女性運転手(ウィノナ・ライダー)に共感するシーンも。

たぶん、葉がタバコを吸い始めたのもこの映画の影響でしょ(笑)
『ルパン三世』次元大介のファンはポールモールを吸っているのと同じですね!


タクシー運転手という共通点と、自分の道を歩む女性像への憧れ。
僕たちも映画を観ながら自分と重なる部分を無意識に探して、共感や感情移入をしていると思います。
また、映画の登場人物に憧れて形だけでも真似てみたりしたこともあったと思います。

ラブストーリーだけでなくこういったワンシーンにおいても普遍的な描写を織り交ぜることで、今度は本作『ちょっと思い出しただけ』を観ている我々観客に共感や感情移入をさせるというメタ的な構図となっていますね。



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場面変わってタクシー車内で、劇中の台詞を真似る微笑ましい二人の姿や、タクシー車内のサンバイザーにラッキーストライクのソフトパックを挟んでいるシーンもあったり。

まさにこれは『ナイト・オン・ザ・プラネット』の真似事で、クリープハイプの尾崎世界観がオールタイムベストに上げていることをリスペクトした松居大悟監督なりの賞賛なのでしょう。


葉が女性ということで、乗車した渋川清彦さん他3人のオジサンに絡まれるシーンなども、『ナイト・オン・ザ・プラネット』でコートジボワール人の運転手が客から揶揄されるシーンと重なる。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』では怒って客を降ろしてしまうんですが、本作『ちょっと思い出しただけ』では照生との関係でイライラして騒がしいきゃくに怒ってしまうが冗談だとその場を収める現代的な脚色となってました。

また、怪我した照生を迎えに行った葉がタクシーの助手席に乗せるシーンでは葉がドアを閉めようとして扉に足を挟まれそうになる。
このシーンなんかはまさに『ナイト・オン・ザ・プラネット』の空港からタクシーに乗せるシーンのオマージュ。

葉と照生が初めて出会った日の帰り道、商店街で踊る二人のバックに見える看板「一期一會」はジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』のテーマのひとつでもある。




このように、同時刻の各国のタクシー運転手のドラマを描いていく『ナイト・オン・ザ・プラネット』に対して、『ちょっと思い出しただけ』では同日の同じ人物(照生と葉)のドラマを描いていくのが面白い。


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クリープハイプの歌詞にも出てきますが
「吹き替えよりも字幕で 二人で観たあの映画
巻き戻せば恥ずかしいことばかりで早送りしたくなる」


字幕の方が集中できると言った照生と観るあの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』。
そんな映画を真似てみたり、振り返れば照れてしまうような二人の何気ない日常。
あの頃に戻りたくても巻き戻せないもどかしさ。

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Twitterに上げた感想でも書きましたが
ふとした瞬間に馳せる想いを、やんわりと感じる胸の痛みを…甘酸っぺえんですよ。


だって、この約2時間の映画の始まりも、"ちょっと思い出しただけ"なのだから。




終わりに

ということで、本作『ちょっと思い出しただけ』は『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観ずに、ただ振り返るだけのラブストーリーという点で評価するのは勿体無いと思うので、未鑑賞の方は本作と合わせて鑑賞することをオススメしたい。

そして主題歌、クリープハイプの「ナイトオンザプラネット」も聞きましょう!



最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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