小羊の悲鳴は止まない

好きな映画を好きな時に好きなように語りたい。

雌雄を決する三位一体バトルミステリー(「劇場版名探偵コナン 紺青の拳」ネタバレ感想)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は「名探偵コナン 紺青の拳」について語りたいと思います。

映画「紺青の拳」の事件の核心(犯人や手口等)には触れていませんが、物語に関するネタバレ、名探偵コナンの原作コミックス、及び前作までの劇場版名探偵コナンのネタバレは含みます。

未読、未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


製作年:2019年
製作国:日本
配給:東宝
上映時間:110分


解説

大ヒットアニメシリーズ「名探偵コナン」の劇場版23作目。劇場版シリーズでは初めての海外となるシンガポールを舞台に、伝説の宝石をめぐる謎と事件が巻き起こる。コナン宿命のライバルでもある「月下の奇術師」こと怪盗キッドと、これが劇場版初登場となる空手家・京極真が物語のキーパーソンとなる。19世紀末に海賊船とともにシンガポールの海底に沈んだとされるブルーサファイア「紺青の拳」を、現地の富豪が回収しようとした矢先、マリーナベイ・サンズで殺人事件が発生。その現場には、怪盗キッドの血塗られた予告状が残されていた。同じころ、シンガポールで開催される空手トーナメントを観戦するため、毛利蘭と鈴木園子が現地を訪れていた。パスポートをもっていないコナンは日本で留守番のはずだったが、彼を利用しようとするキッドの手により強制的にシンガポールに連れてこられてしまう。キッドは、ある邸宅の地下倉庫にブルーサファイアが眠っているという情報をつかむが……。
名探偵コナン 紺青の拳(フィスト) : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編



蹴撃の貴公子

400戦無敗"蹴撃の貴公子"と称される杯戸高校空手部主将、京極真。


原作初登場は「園子のアブない夏物語」
ある事件で犯人に狙われた園子を助けたことから二人の関係が始まります。

「バレンタインの真実」では発射されたライフルの弾丸を避けるという人間離れした身体能力も披露します。
他にも「園子の赤いハンカチ」で園子のピンチに駆けつけるなど、園子にとってヒーロー的存在でもあるんですよ。
真面目が故に園子の露出の多い服装を注意したり、一途が故に連勝記録を止めてでも何日も園子を待っていたり、天然な所も。


「容疑者か京極真」では園子と蘭のクラスメートで截拳道の使い手の世良真純と初対面します。

怪盗キッドvs.京極真」では園子の思惑、そして嫉妬させようと園子の心を盗んだと茶化す怪盗キッドに敵意剥き出しの京極真が描かれます。
鈴木財閥の相談役、鈴木次郎吉が京極真のことを"世界最強の防犯システム"と称しました。

京極真と怪盗キッドがライバル関係になったのはこの回からなんです。



怪盗1412号

怪盗キッドとは、名探偵コナンの原作者である青山剛昌先生が描く作品「まじっく快斗」の主人公。


天才マジシャンであった亡き父、黒羽盗一の死の真相を突き止めるべく、父の後を引き継ぎキッドという怪盗で世間を騒がしています。
彼の目的は父の死の真相と関わりのあるビッグジュエルを探し出し、真実を解き明かすことなんです。
怪盗と呼ばれていますが、所謂義賊。
盗んだものは元の持ち主に返還しています。


正式名称は怪盗1412号。
書きなぐりの"1412"が"KID"に見えたことから怪盗キッドと呼ばれるようになりました。

原作怪盗キッドの驚異空中歩行」では、鈴木財閥が所有するビッグジュエル"大海の奇跡"を狙って怪盗キッドとコナンが初対面します。
その時、園子がキッドに攫われて京極真が助けに来てくれるという妄想を蘭に話しており、怪盗キッドvs.京極真」で実現することに。

また怪盗キッドの瞬間移動魔術」でも鈴木財閥が所有する"紫紅の爪"を使ってキッドへの挑戦状を叩きつける。

怪盗キッドvs.最強金庫」ではキッドからの予告で鈴木財閥が誇る難攻不落の金庫"鉄狸"を披露。
「闇に消えた麒麟の角」「コナンキッドの竜馬お宝攻防戦」「コナンvs.キッド 赤面の人魚」でキッドとコナンは何度も対峙しています。

鈴木次郎吉がコナンのことを"キッドキラー"と呼ぶ所以がここにあります。



今作「紺青の拳」では協力関係にあるコナンとキッドも探偵と怪盗という本来は追う側追われる側の立場。
コナンの好敵手である怪盗キッドの好敵手が京極真という絶妙な三角関係。
というか、怪盗キッドに敵が多いだけなんですが。



今回もキザなセリフを残していきました。

『中身を言い当ててくれよ名探偵。殺人という名の謎めいた拳の中身をな。』



本作を観る前に

ここで、本作を観る前に原作もしくはアニメの「名探偵コナン」で書かれた事件「容疑者か京極真」怪盗キッドvs.京極真」を読んでおくことをオススメします。
京極真が如何に真面目で如何に強いのかが分かります(笑)


ただ本編で怪盗キッドvs.京極真」の映像が少し挿入される程度なので、今作『紺青の拳』単品でも十分楽しめる仕上がりになっています。
無理に観る必要は特に問題はありません。

前作『ゼロの執行人』同様に予備知識さえあれば単品で楽しめる仕様となっており、登場人物と人物相関図さえ頭に入れておけば問題はありません。


さて、前回の記事『ゼロの執行人』でも、Twitterでも何度も語っている自論"名探偵コナン"とは何たるか。が本作には詰め込まれています。



改めて語りましょう。


原作「名探偵コナン」では新一と蘭、平次と和葉、園子と京極、小五郎と妃、高木と佐藤…など様々なラブコメが描かれています(青山剛昌先生がラブコメ大好き)。

極論ですが、自分は「名探偵コナン」はラブコメありき、寧ろラブコメのない「名探偵コナン」は「名探偵コナン」ではないと思ってます。

‪APTX4869という黒の組織が開発した新種の薬を投与され、幼児化してしまった工藤新一。‬
江戸川コナンとして事件解決していく中で、新一がコナンとして過ごすという現状は新一と蘭のラブコメは平行線のままということ。
しかし、原作や映画でも何度か新一の姿に戻ったり、声だけでも蘭の傍に寄り添う。

‪ミステリー漫画として売り出している以上、本筋は黒ずくめの組織との対峙、殺人事件の推理がメインなのは仕方ないのですが…時が止まったように、本来は進展しないはずのラブコメが徐々に進展していく様、お互いの気持ちを素直に言えないもどかしさや物理的な障害が最大の魅力だと思っています。



今作ではシンガポールを舞台に鈴木園子と京極真、この二人のラブコメを中心‬に怪盗キッドの好敵手・京極真との三角関係、そして毛利蘭と工藤新一と怪盗キッドの三角関係も絡ませつつ非常に上手い人物相関図を描いています。


また、従来追うはずの立場である探偵・江戸川コナン怪盗キッドに協力するという、言わば"容疑者か怪盗キッド"という構図も見所。


今作は京極真が劇場版初登場なので劇場版の過去作を鑑賞する必要はないのですが、過去作でのキッド出演作もチェックしておくとより今作を楽しめます。

「世紀末の魔術師」

「銀翼の奇術師」

「探偵たちの鎮魂歌」

天空の難破船

「業火の向日葵」




ネタバレ感想

ここからネタバレ感想になるので未鑑賞の方はご注意ください。










さて、上記で鈴木園子と京極真のラブコメと記述しましたが、今回で園子への想いがしっかりと分かる描写がありましたね。

特に、京極真の額に貼られた絆創膏の秘密が。
園子とのプリクラを肌身離さず持ってるだなんて乙女かよと(笑)
400戦無敗の最強の男にこんなことされたら、そりゃあもうギャップに萌えますね!


ギャップと言えば、園子の髪型。
普段はカチューシャなどで前髪を上げたヘアースタイルをしていますが、今回初めて前髪を下ろす園子が拝めます。
端的に可愛すぎます。



と、基本的には園子と京極の恋愛が中心なのですが、結局のところ最後は工藤新一と毛利蘭のラブコメで締まりました。

メインはあくまでも園子と京極ですが、新一と蘭のラブコメは水面下でしっかりと描かれていたんです。
これは自分が今作こそ「名探偵コナン」だと賞賛する一因でもあります。
正直、前作での不完全燃焼から一転、ここまでのラブコメを見せられては、原作ファンとしても非常に嬉しい。


「ホームズの黙示録」でロンドンにて遠回しな告白をした新一、「紅の修学旅行」で蘭が答えを出した。
原作でも正式に付き合ったことになるのですが、キッドはこのことを知らなかったんですよね。


ラストで蘭は新一がキッドの変装だと見破っていました。
『二回も新一に変装して!』の台詞。
これは過去作天空の難破船のことです。
蘭は新一がキッドの変装だと見破ったのも、新一がしないようなことをキッドがしたから。
今回のきっかけは父である毛利小五郎のことを『おっちゃん』と呼んだから。

これ、めちゃくちゃ些細な日常の一片であって、二人の仲だからこそ気付けることなんですよね。
コナン自体も気付かなかったほどに。


それまでの新一と蘭のツーショットや言動、全てをしっかりと観察した上で確信したからこそのあのラストなのです。

蘭がどれだけ新一のことを考えているのか、どれだけ新一のことが好きなのか。が分かる素晴らしい描写なんです。

これ、コナン(新一)からすればめちゃくちゃ嬉しくないですか!?
自分なら嬉しい。。。

怪盗キッドvs.京極真」でも、園子に変装したキッドを京極真が見破ります。
京極が見破った理由はアレでしたが(笑)



キッドが間に入り、愛の再確認が出来る。
それを可視化する演出が最高of最高なんですよ!!!


もう一度言います。
今作はラブコメがしっかりと盛り込まれた"これぞ名探偵コナン"だと思います。



怪盗キッド出演作の劇場版名探偵コナンはミステリーというよりもアクションに重きが置かれ、いつもの名探偵コナン以上に視覚的に楽しめると思います。

欲を言えば、怪盗キッドと京極真の直接対決をもっと見たかった気もしますが、敵対する関係が協力関係になるという構図は好みでしたね。



今作の監督を務められた永岡智佳さん。
劇場版名探偵コナン初の女性監督ということもあって、ラブコメ要素に関して申し分無し。
また、キャラクタームービーとしても最高で、怪盗キッド、京極真のファンにとっては最高でしょう。



終わりに

コナン(新一)とキッドは今までにも貸し借りのある仲で、利害の一致で今回も協力関係にあったわけですが、新一と蘭の間を良い感じで怪盗キッドが取り巻いてくれました(笑)

現在の最新巻96巻でも別の事件ですが怪盗キッドと京極真が登場しています。
また前作「ゼロの執行人」のメインキャラクター、安室透も登場し、各々の登場人物が文字通り一本に繋がる展開に…!

同時に新一と蘭、平次と和葉、警視庁の千葉と三池など恋愛要素も徐々に進展。

96巻にして依然として飽きることなく、更に楽しみにさせてくれる「名探偵コナン」を今後も応援していきます!



そして、「紺青の拳」のエンドクレジットで恒例の次回作の触り映像が流れましたね!

次回作はどうやら赤井秀一についての映画のようです。
原作の黒ずくめの組織とのエピソードを準えつつ、前作「ゼロの執行人」の続編的な作品になりそうです。

2020年も劇場版名探偵コナンが楽しみです!



最後までお読みくださった方、ありがとうございました。




(C)2019 青山剛昌名探偵コナン製作委員会

栄華に狂い、破滅と踊る(『サンセット』ネタバレなし考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は第68回カンヌ映画祭コンペティション部門に出品した『サウルの息子』のネメシュ・ラースロー監督最新作『サンセット』について語っています。

この記事にネタバレはございません。



作品概要


原題:Napszallta
製作年:2018年
製作国:ハンガリー・フランス合作
配給:ファインフィルムズ
上映時間:142分
映倫区分:G

解説

長編デビュー作「サウルの息子」がカンヌ国際映画祭グランプリのほか、アカデミー賞ゴールデングローブ賞外国語映画賞も受賞したネメシュ・ラースローの長編第2作。第1次世界大戦前、ヨーロッパの中心都市だったブダペストの繁栄と闇を描いた。1913年、ブダペスト。イリス・レイテルは、彼女が2歳の時に亡くなった両親が遺した高級帽子店で職人として働くことを夢見て、ハンガリーの首都ブタペストにやってくる。しかし、現在のオーナーであるオスカール・ブリッルはイリスを歓迎することなく追い払ってしまう。そして、この時になって初めて自分に兄がいることを知ったイリスは、ある男が兄カルマンを探していることを知り、イリスもブタペストの町で兄を探し始める。そんな中、ブタペストでは貴族たちへの暴動が発生。その暴動はイリスの兄とその仲間たちによるものだった。2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品。
サンセット : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編



時代背景

1913年頃、現代のオーストリアハンガリーをはじめチェコスロバキアクロアチアスロベニアルーマニアボスニア・ヘルツェゴビナの領土を持ったオーストリア=ハンガリー帝国が存在していた。

ハプスブルク家ハプスブルク=ロートリンゲン家)の君主が統治した、中東欧の多民族(国家連合に近い)連邦国家である。1867年に、従前のオーストリア帝国がいわゆる「アウスグライヒ」により、ハンガリーを除く部分とハンガリーとの同君連合として改組されることで成立し、1918年に解体するまで存続した。

帝国内人口20パーセントを有するマジャル人(ハンガリー人)と友好を結び、ドイツ人とマジャル人で帝国を維持する。
その結果1867年、帝国を「帝国議会において代表される諸王国および諸邦」(ツィスライタニエン)と「神聖なるハンガリーのイシュトヴァーン王冠の諸邦」(トランスライタニエン)に二分した。このドイツ人とマジャル人との間の妥協を「アウスグライヒ」という。君主である「オーストリア皇帝」兼「ハンガリー国王」と軍事・外交および財政のみを共有し、その他はオーストリアハンガリーの2つの政府が独自の政治を行うという形態の連合国家が成立した。これが「オーストリア=ハンガリー帝国」である。

オーストリア=ハンガリー帝国 - Wikipediaより引用


第一次世界大戦勃発前、ヨーロッパ全域の緊迫した情勢の交差点、そして多数の言語と文化や宗教の近代化と廃退が混在する多民族国家でもあり、不穏な空気が入り乱れる時代。
その中心地でもあったブダペスト
そこにある当時最先端で憧れの職業でもあった高級帽子店を舞台にひとりの女性が翻弄されていく物語。

冒頭から流れるシューベルトの楽曲と美しい日没(サンセット)の街並みはこの後に起こる何かを示唆させる。



フランツ・ヨーゼフ1世オーストリア皇帝に即位し、ハンガリー国王も兼ねた。
舞台となる高級帽子店レイターに貴賓として迎えるのは皇位継承者フランツ・フェルディナント皇太子とその皇太子妃ゾフィー
1914年、この2人がセルビア人青年に暗殺され、オーストリア=ハンガリー帝国セルビア王国に宣戦布告し第一次世界大戦の勃発に繋がった。

これが、サラエボ事件です。


暗殺場面を描いた新聞挿絵, 1914年7月12日付(La Domenica del Corriere)

サラエボ事件サラエボじけん、サラエヴォ事件、サライェヴォ事件)は、1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国皇位継承者であるオーストリア大公フランツ・フェルディナントとその妻ゾフィー・ホテクが、サラエボ(当時オーストリア領、現ボスニア・ヘルツェゴビナ領)を訪問中、ボスニア出身のボスニアセルビア人(ボスニア語版)の青年ガヴリロ・プリンツィプによって暗殺された事件。プリンツィプは、セルビア系秘密結社「黒手組」の一員ダニロ・イリッチ(英語版)によって組織された6人の暗殺者(5人のボスニアセルビア人と1人のボシュニャク人)のうちの1人だった。暗殺者らの目的は青年ボスニア(英語版)と呼ばれる革命運動と一致していた。この事件をきっかけとしてオーストリア=ハンガリー帝国セルビア王国最後通牒を突きつけ、第一次世界大戦の勃発につながった。

サラエボ事件 - Wikipediaより引用




高級帽子店を舞台にしたのにも理由がある。
20世紀初頭において帽子は重要なアイテムのひとつでした。
当時はブリムと呼ばれる帽子のつばの部分が大きく、顔を覆うようなボリューム感のあるデザインが流行していました。

劇中で、「帽子はおぞましい物を見ないようにするためにある」と語られるようにつばの広い帽子は劇中の物語の確信に迫る真実を覆い隠すという意味があるのかもしれません。


女性解放運動などの社会的な方面、医学的な側面からもコルセットは廃れ、様々なファッションが模索される時代でもあります。
コルセットを必要としないファッションに合わせるように帽子のデザインもコンパクトなものが流行するようになる。

このように自由な女性のファッションという流行の変化が、時代の変化のメタファーとして盛り込まれています。



ネメシュ監督の手腕

さて、冒頭でも記述しましたネメシュ・ラースロー監督。
彼自身、ハンガリーブダペスト出身で、彼の初の長編作となるサウルの息子では手腕を見せつけられました。



サウルの息子』ではアウシュヴィッツを舞台に第二次世界大戦を描く。
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で、ハンガリーユダヤ人のサウルは同じユダヤ人の死体処理係(ゾンダーコマンド)として働く。
強烈なテーマと独自のカメラワークは彼の名を世界に広めることとなる。



長編二作目となる今作『サンセット』では第一次世界大戦に至る前の歴史と時代の陰りを見事に描き切っています。

サウルの息子』同様に執拗以上にカメラは主人公イリスの後方を追い、彼女を映しながらその世界を体感させる。

常に先を見据えたような、そして彼女の困惑と真実を知りたいという視点が我々観客の視点とリンクした時、初めてこの作品は完成する。



正直なところ、直接的な表現や明白な意図、得られる情報が少ないまま物語は進んでいき、置いてけぼりになる可能性が高い、非常に不親切な手法。

これは2019年公開の『ウトヤ島、7月22日』の疑似体験型ドキュメンタリーを観た時の不安感やモヤモヤ感に近い。



ウトヤ島、7月22日』において、観客がその場に居るような体感型を取り入れながら物語に一切介入しないモキュメンタリーとしての"視点の矛盾"が生じる。
つまりは"存在しないはずのカメラマンの存在"だ。

今作『サンセット』では引きの映像も織り交ぜ、あくまでも俯瞰的にその世界を見つめる客観的視点とした上で、体感型としても臨場感を味わうことが出来る。
それが"視点の矛盾"を回避しているんです。



ひとりの女性に焦点を当て、時代に翻弄され、世界に迷い、自分を見誤り、何を見て何を体験したのか?
ピントをわざと外したり、暗闇ではっきりと映さない芯を掴ませない映像、その全容を明かさず世界の片鱗を覗かせるように映し出される。


ネメシュ・ラースロー監督は

この作品は全編35mmフィルムで撮影されています。映画という表現とテクノロジーの関係についてどのようにお考えですか?
私にとって現在の映画とテレビの標準化は疑わしく、すでに証明し尽くされ文脈に当てはめられつくした方法に頼るのではなく、イメージや物語を現す新しい方法を探そうと依然として決心し続けています。つまりは、リスクを犯さなければならないという意味です。

今日、観客が映画から得る経験は、だんだん不満足なものになり、観る者の想像の旅を無視し、より簡単に理解できる産業化された表現に堕ちてしまったように感じます。いまの映画に満足している人にとっては、私の『サンセット』の監督方法は、簡単には受け入れ難かったかもしれません。しかし、私は映画が持っている大いなる可能性と観客を結び付けたいのです。

(オフィシャル・インタビューより)


と語るように、受け入れ難いリスクを承知の上でこの手法をとっているのです。



観客に"気づき"を与え、観客が想像力を膨らませる。
観客に委ね、観客を信じ、時には謎は謎のまま明白な答えを掲示しないこと。

ここの徹底ぶりは監督の意図であり、腕があっての演出であろう。



まとめ

ブダペストにある高級帽子店を舞台に、ヨーロッパの歴史の自滅、時代の変化をファッションの流行の変化に準えながら、兄探しというミステリードラマで描かれる主人公イリスの視点と我々観客の視点が同化した時、困惑とともに絶大なる疲労と余韻を齎す。



映画を通して歴史を推理する。

この楽しみに気付いたのは学生を終えて"勉強"という枠から解放されてからだ。
特にわたくしはホロコースト映画、ナチ映画が好みで、フィクションか否かは関係ない。
そこに在った事実をどう見せるのか?が重要だと思っています。


専門書なら兎も角、映画という"娯楽"から学ぶ"史実"はもっと演出に"自由"があってもいいのではないか?

史実とはあくまでも史料によって導き出された結論のひとつに過ぎない。
言わば"原作"のようなもの。
その窮屈な枠から解放され、その他の史料、諸説を繋ぎ合わせて新たな仮説を立てることの面白さ。

映画を通して歴史を推理するとは、ミステリー小説におけるハウダニットホワイダニットのように、"どのように"、"何故その行為に至ったのか"、散りばめられた手掛かりから結論を紡ぐように推理していく行為に似ています。


観客の想像力を信じたネメシュ・ラースロー監督のリスクを承知で謎を謎のままで残す新たな映画の見方。
観客に委ねる手法と独自のカメラワークはその腕を確かなものにしたと思います。



終わりに

如何でしたか?
上記にも書いたように非常に不親切で難解な内容ではあるのですが、映画の答え(感じること)は自分で持てばいいんです。

ネメシュ・ラースロー監督の次回作にも期待します!




(C) Laokoon Filmgroup - Playtime Production 2018

運ばれるもの(『運び屋』ネタバレ感想)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は3月8日に全国公開された『運び屋』について(とは言ってもいつものような掘り下げた考察ではなく、イーストウッドの過去作を交えながら)語っています。

待ちに待ったイーストウッド監督最新作。
そして『人生の特等席』から7年振りの主演、自身の監督作では『グラン・トリノ』から10年振りということで、ずっと楽しみにしていました!


というわけで、最後までお目通しいただけたら幸いです。



この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


原題:The Mule
製作年:2018年
製作国:アメリ
配給:ワーナー・ブラザース映画
上映時間:116分
映倫区分:G


解説

巨匠クリント・イーストウッドが自身の監督作では10年ぶりに銀幕復帰を果たして主演を務め、87歳の老人がひとりで大量のコカインを運んでいたという実際の報道記事をもとに、長年にわたり麻薬の運び屋をしていた孤独な老人の姿を描いたドラマ。家族をないがしろに仕事一筋で生きてきたアール・ストーンだったが、いまは金もなく、孤独な90歳の老人になっていた。商売に失敗して自宅も差し押さえられて途方に暮れていたとき、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられたアールは、簡単な仕事だと思って依頼を引き受けたが、実はその仕事は、メキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だった。脚本は「グラン・トリノ」のニック・シェンクイーストウッドは「人生の特等席」以来6年ぶり、自身の監督作では「グラン・トリノ」以来10年ぶりに俳優として出演も果たした。共演は、アールを追い込んでいく麻薬捜査官役で「アメリカン・スナイパー」のブラッドリー・クーパーのほか、ローレンス・フィッシュバーンアンディ・ガルシアら実力派が集結。イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドも出演している。
運び屋 : 作品情報 - 映画.comより引用



予告編




前置き

まず、前置きとして、クリント・イーストウッドの映画について語っていきたいのですが、ちょっと長いのである程度焦点を絞って語ろうと思います。




これはTwitterに上げたイーストウッド監督作ベスト10です。
多少前後入れ替わりはあるかもしれませんが、大体こんな感じです。

ご覧の通り、自分は概ねイーストウッド監督作はゼロ年代以降に好みが偏ります。


まあここに『運び屋』(19年)が入るんですが。



ミスティック・リバー』(03年)
ミリオンダラー・ベイビー』(04年)
チェンジリング』(08年)

といったゼロ年代の作品は明確なテーマを基に人の心の影を、心を抉るような骨太ドラマを描いた作品が多い。
映画的には正統派、分かりやすく、そして心に留まる、それ故に傑作なのです。



また、21世紀以降の作品はイーストウッド監督にとっても転機であったと思います。

硫黄島からの手紙』(06年)
父親たちの星条旗』(06年)

から、イーストウッドは実話を基に数々の作品を残しています。

インビクタス/負けざる者たち』(09年)では、黒人初の南アフリカ大統領ネルソン・マンデラを。
J・エドガー』(11年)では、FBI長官ジョン・エドガー・フーバーを。
ジャージー・ボーイズ』(14年)では、伝説のグループ、ザ・フォーシーズンズを。


そして
アメリカン・スナイパー』(14年)
ハドソン川の奇跡』(16年)
15時17分、パリ行き』(18年)

戦争の恐怖、航空機事故、銃乱射事件。
それらの実話を基に、ヒロイズムと奇跡を描いています。


実際にあった出来事は観客がどれだけその知識が共有されているか、がひとつの問題。
当然、その出来事には様々な要因やその背景があり、それを劇中でどの程度、どの分量で上手く見せられるのか、教えられるのかが重要であると考えています。

その点、イーストウッド監督は良い意味での割り切り、潔さがあるんです。
劇中で見せる部分は見せる。
端折る部分は切る、もしくは淡々とあっさり流してしまう。
そして訴えたいこと、残したいメッセージを的確に伝えてくる。
つまり、裏を返せば、"イーストウッド監督が見せる映像には全て意味がある"ということ。

ここがわたくし個人の好みと合致するが故にクリント・イーストウッドが最高峰の映画監督と称する所以です。


過去の作品に遡って見てみると、イーストウッドのその映画がイーストウッド自身の人生と重なる部分が多い。

例えば、ガントレット』(77年)、『許されざる者』(92年)、『ブラッド・ワーク』(02年)など出演、監督作の多数に見られる死と再生。
敬虔なキリスト教徒でもあるイーストウッドの"イエス・キリストの復活"とも受け取れる。

更に踏み込んだ話をするならば、監督作ではないにしろ一昨年に『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(17年)としてリメイクされた『白い肌の異常な夜』(71年)や、『タイトロープ』(84年)などで女性に虐げられる姿も晒け出す。

イーストウッド初監督作の恐怖のメロディ』(71年)を鑑賞された方なら御察しだと思いますが、イーストウッドはプライベートでも女好きで有名で、プレイボーイそのもの(笑)
ブラッド・ワーク』等でお爺ちゃんになってもラブシーンを撮るなど、割とこの手のセクシャリティがなんの躊躇いもなく盛り込まれている作品も多い。


こうした何気ない描写ひとつひとつも、後から見てみれば意味を持つ。
これもイーストウッドの映画人生の楽しみ方ではないでしょうか。



さて、冒頭でも語りましたが、そんな長期に渡るイーストウッドの映画人生の中でも、21世紀以降のイーストウッド監督作はガラリと毛色が変わった"転機"なんです。

そのきっかけがこの作品。

許されざる者』(92年)



グラン・トリノ』(08年)


この二作を繋ぐものは、クリント・イーストウッドの自己投影、集大成だということ。


グラン・トリノ』と今作『運び屋』を観る前に、ある程度過去のイーストウッド出演作及び監督作を観ておくことをオススメします。



許されざる者では、これまで悪党を殺しまくってきたガンマンが「もう暴力の時代じゃない」と銃を置く物語。
イーストウッドの俳優時代を支えた西部劇を否定するような構成は夕陽のガンマン』(65年)などを経た俳優イーストウッドの精神的遺作なのだ。

そしてグラン・トリノは、『許されざる者』から監督イーストウッドとしての新境地開拓してきた自身の映画の答え、集大成であるとともにダーティハリー』(71年)などの現代劇からの脱却、更なる挑戦である。


では、今作『運び屋』(19年)とはイーストウッドにとって一体どのような立ち位置による作品なのだろうか。



本題

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です(笑)

『運び屋』は2014年6月にニューヨーク・タイムズ・マガジンに掲載された『シナロア・カルテルの90歳の運び屋』に着想を得て作られています。

今作の主人公アールは、デイリリーというユリの一種の栽培で有名な人物であり、一度に13億円相当のドラッグを運んだレオ・シャープという実在の人物がモデルです。



主にイーストウッド監督作には形骸的な家族をテーマとする作品が作られている。

グラン・トリノ』に関してもそうだ。
妻を亡くし、息子とは不仲。
そんな中で隣に越してきた少年と"擬似家族"のような関係を築いていく。


今作でも『グラン・トリノ』と同様に不仲な家族を描きつつ、麻薬組織の一員として彼らとの関係を築いていく。
まるで家族との関係性の代わりのように。

故にこの劇中の言葉が胸に響く。



"時間がすべて"。


今まで生きてきた90年という歳月の中で、デイリリーの栽培、仕事を優先し家族を蔑ろにした結果、その失った時間を金で埋め合わせようとする姿。
そして、時間はお金で買えないという普遍的なテーマから、時間が家族との愛を育むものとして、気付かせてくれのが皮肉にも妻の病であること。
それらの人生をデイリリーという花に準え落とし込んだイーストウッドの自己投影。


劇中にも語られますが、デイリリーは1日に数時間しか花を咲かせない。
その注目されるひと時のために人生を捧げ、有名になり、賞を貰うアール。

イーストウッド自身も、俳優、監督として数々の賞を貰い脚光を浴びる一方で家庭問題を抱えていた。
前置きでも語ったセクシャリティな部分はしっかりと今作にも反映されています。



イーストウッド自身、こう語っています。

俳優として60余年のキャリアを誇るイーストウッドは「若い時はたくさん役を演じ、なかには社会的価値のあるものも、アクション満載の娯楽作品だけのこともある。いろいろな機会がある。でもある段階に達したら、少し自分に負荷を課す作品を探すことも必要だ。言えなかったことが言えるような作品を選ぶこともね」と作品選びの重要性を説く。
さらに、「学ぶことに年齢は関係ない。年を取っても学べる。そうしながら、人に教えることもできる」と本作で描かれるテーマについて触れ、「私はいつも異なるタイプの物語に興味がある。西部劇でも、現代劇でも、どんな作品でも、私はずっと新しいもの、脳を刺激するものを探そうとしてきたし、この作品もそうだ」と創作のポリシーを明かす。
イーストウッド「学ぶことに年齢は関係ない」 創作のポリシー語るインタビュー映像 : 映画ニュース - 映画.comより引用



イーストウッド自身が師と仰ぐドン・シーゲル監督。
ドン・シーゲルイリノイ州出身ということで、イーストウッドドン・シーゲルを目指すように劇中でもテキサス州からイリノイ州に向かうアールの姿が描かれています。(考えすぎかもしれませんが)。

『白い肌の異常な夜』(71年)ダーティハリー』(71年)など俳優イーストウッドとして育ててもらったことはお金では買えない有意義な時間。
次はイーストウッドブラッドリー・クーパーに与えたいと思ったのかもしれない。

『アリー/スター誕生』(18年)でも、当初はイーストウッドが監督を務める予定でした。
クーパーが監督を務め、レディー・ガガを起用したことに苦言を呈しながらも、完成度の高さに前言撤回するなど、師弟愛を感じさせる。


『運び屋』劇中でも、追われるアールとその背を追うベイツという構図がまさにそれ。
ブラッドリー・クーパー演じる麻薬取締局の捜査官ベイツに声を掛けるイーストウッド演じるアール。
この師弟コンビの会話シーンが最も印象的だ。

90歳という年齢だからこそ、思ったことを口にしただけであってもその会話ひとつひとつの言葉にも重みが含まれる。
役だけでなく、監督としてまるでイーストウッドからクーパーへ意志や想いが運ばれていくような…そう想って観ると、ますます映画人生の教えのようにも見えてくるんですよ。


『運び屋』はイーストウッドの"集大成"ではなく、あくまでそれは『グラン・トリノ』。
『運び屋』はその集大成『グラン・トリノ』を経て、次に進んだイーストウッドの"映画人生の継受"。
映画におけるアールが自身の投影ではなく、映画『運び屋』そのものが自身の映画人生の投影なんだと思います。

許されざる者』、『グラン・トリノ』を経て、イーストウッドが、今作で我々に訴えるメッセージはイーストウッドにとって"映画は人生そのもの"であるということ。

『運び屋』はまさにイーストウッドの人生観、映画人生を示したもの、そしてそんな人生を次世代へ継受する作品なのです。



イーストウッドにとっての映画とは、仕事ではなく家族と過ごすような愛を育む時間であると今になって気付かされた。

何に時間を使うのか。
時間は有限であり不可逆的だからこそ、その使い方次第で価値のあるものにも、無価値なものにもなり得るということ。

これは映画業界へ遺したものであり、師弟関係にあるクーパーへの遺産でもある。



また、ラストの裁判のシーンにイーストウッドの意志が強く反映されているように思う。

逮捕、起訴され、弁護士の弁論中にアールは自ら「自業自得」「有罪」という言葉を発する。
これは素直に受け取ると、アール自身の人生への最終宣告、つまり身柄を拘束されその引導を渡す相手がベイツであることから、やはりイーストウッドからクーパーへの継受なのだろう。

その上で「老いたりしない」と語り、ラストにデイリリーを栽培する姿は「イーストウッド監督としてもまだやっていくぞ」という意気込みなのだろうか。

「年を取っても学べる。そうしながら、人に教えることもできる」
と語るイーストウッドのこれからに注目だ。



終わりに

結局、本題より前置きの方が長くなってしまいましたが、如何でしたでしょうか?

自分で書きながら、イーストウッド出演作、監督作をまた改めて観直していきたいと思いました(笑)

何れにせよ、改めて今後もクリント・イーストウッド監督作及びブラッドリー・クーパー監督作を観ていきたい。
そう思える充実した最高のひと時でした。


最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC


人間の本質とは(『岬の兄妹』ネタバレなし感想)

目次




初めに

こんばんは、レクと申します。

またまた久しぶりの更新になって申し訳ございません。
今回はポン・ジュノ監督が傑作と認めた片山慎三初長編監督作『岬の兄妹』について、ネタバレなしで語っています。

最後までお付き合いいただけると幸いです。



作品概要


製作年:2018年
製作国:日本
配給:プレシディオ
上映時間:89分
映倫区分:R15+



解説

ポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品などで助監督を務めた片山慎三の初長編監督作。ある港町で自閉症の妹・真理子とふたり暮らしをしている良夫。仕事を解雇されて生活に困った良夫は真理子に売春をさせて生計を立てようとする。良夫は金銭のために男に妹の身体を斡旋する行為に罪の意識を感じながらも、これまで知ることがなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れることで、複雑な心境にいたる。そんな中、妹の心と体には少しずつ変化が起き始め……。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で優秀作品賞と観客賞を受賞。
岬の兄妹 : 作品情報 - 映画.comより引用



予告編



貧困がテーマの映画

母なる証明』のポン・ジュノ監督作品や『マイ・バック・ページ』の山下敦弘監督作品などで助監督を務めた片山慎三の初長編監督作であり、個人的にこの二人の監督の共通するテーマは人間の本質だと思います。
今作『岬の兄妹』を鑑賞し、片山慎三監督も少なからずこれらの影響は受けているように思いました。

普段何気なく平穏な生活を送るにあたって、我々が目にも留めないであろう貧困層障碍者の抱える問題。



昨今、日本映画では貧困に焦点を当てた作品が多数作られています。

例えば、2017年公開の個人的邦画ベストにも入った白石和彌監督作『彼女がその名を知らない鳥たち』。


所謂貧乏生活の中でも愛の多様性を訴えた作品。
愛とは見返りを求めず、ただ純粋に与えるもの。
これは恋人だけでなく家族にも通ずるものがあります。
イヤミスと言われていますが、個人的には純愛そのもの。
共感出来ない愛、それは当人たちの間で育まれたひとつの愛の形だからです。



そして、2018年公開の是枝裕和監督作『万引き家族』。


こちらも貧乏生活の中で、血の繋がらないひとつの家族としての在り方を描いた作品。
生きるために犯罪を犯す。
その犯罪が共有する秘密、擬似家族としての絆を育んでいく皮肉。
不可視である家族愛というものを主観的に、そして現実の厳しさを客観的に見せたこの作品は心に複雑な想いを残しました。



日本映画以外にもアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作『ビューティフル』や、ケン・ローチ監督作『わたしは、ダニエル・ブレイク』、ダニス・タノヴィッチ監督作『鉄くず拾いの物語』など、貧困をテーマに鑑賞後に心に重くのしかかるも家族愛を描いた作品も多数あります。



ここで疑問に思うのが、貧困とは生活だけの問題なのだろうか?ということ。
確かに金銭面での貧困は目に見えるものです。
万引き家族』のように居場所のない人達が社会的弱者となること。

そんな貧困を問題提起とし、人と人の絆を描いたこの作品、個人的評価はイマイチな理由がその更に一歩先に踏み込んで欲しかったという点に尽きる。


今作『岬の兄妹』のように兄の良夫は正しく貧困であることは目に見えています。
しかし、妹の真理子のように一人で出歩くことすらままならない自閉症などの精神疾患を抱えた人たちは生活が潤っていたとしても満足なのでしょうか?

"貧困な発想"などと表現されるように、貧困には目に見えない精神的な部分も示されるのではないか?


そう、今作『岬の兄妹』では金銭面での貧困だけでなく、障碍者としての社会的弱者の貧困をも描き出した『万引き家族』では描ききれなかった、生きる為ならなんでもするという更に一歩踏み込んだ現実の生々しさや厳しさから人間の本質を炙り出した衝撃作なんです。



社会的弱者から見た視点

上記でも挙げさせていただいた『万引き家族』でも生活苦を脱却するために犯罪が正当化されるような演出がなされています。
勿論、犯罪は犯すべきものではないのですが、それを主観で見ることで劇中で正当化しているんです。


今作『岬の兄妹』でも身的障害を持つ兄がリストラに逢い、罪の意識を抱きながら生活苦から無許可の売春斡旋を行う。
犯罪に手を染めながら、心的障害の妹真理子の姿に喜びを得、そして生を性で繋ぐこの生活から逃れられなくなっていきます。

そこには社会的弱者から見た主観が入る。
苦肉の策とでも言おうか、その選択肢しかなかったのです。
そうするしか生きる道はなかったのです。

真理子の視点から見ても、自閉症ということもあり、善悪の判断は出来ません。
言い方は悪いですが、そこにつけ込んだ良夫の罪はあるでしょう。
そんな行動も、美味そうに飯を食う姿、快楽、そして潤っていく生活に犯罪行為や倫理観が正当化されてしまっている怖さ。


決して共感出来るものではない。

自制が効かず自分から性を求める真理子の姿は痛ましいものがある。
あくまでも客観的に、第三者から見れば明らかな異常。
これは良夫の親友でもある警察官・肇の視点でも示されます。

この社会的弱者と我々との視点の齟齬が鮮明に描かれています。



障碍者と健常者の視点

この作品はあらすじにあるように、貧困による生活苦から金銭のために妹の身体を商品とする売春斡旋に手を出してしまう。

そんな重いテーマの中、妹の真理子の台詞から笑いを誘うようなブラックユーモアな演出が幾つもされている。

これは例えば某番組での運動神経悪い芸人を笑いものにするように、或いは外国人のカタコトな日本語を嘲笑うように。
我々が普段何気なく目にするバラエティ番組などでの無自覚な偏見に気づかせるものでないのか?

何不自由のない平穏な生活を送る我々が、客観的に社会的弱者を、自分よりも劣る対象を見て揶揄したり嘲笑うこと。

片山慎三監督はこのブラックユーモアを見せることで、健常者が無意識に持つ障碍者への差別や偏見を伝えたいのではないのか?

この疑問は鑑賞後にも、今も尚、自分の心に留まり続けています。



終わりに

第71回カンヌ国際映画祭で、最高賞のパルムドールを受賞。
第91回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。
第42回日本アカデミー賞最優秀作品賞を含む8部門で最優秀賞を受賞。
現在も劇場での上映がされており、話題性も高い『万引き家族』を敢えて引き合いとして挙げさせていただきました。

勿論、共通する部分は多いのですが、『岬の兄妹』は上記で述べたように更に一歩踏み込んだ現実の厳しさを見せられます。
生々しい性描写など、美化されていない人間の本質を顕著に描き切っています。


小規模上映が勿体無いと思えるほどの力作であり、衝撃作。
映画館で鑑賞することをオススメいたします。

人間の本質とは何か?
是非、その目で確かめてください。


最後までお目通しいただいた方、ありがとうございました。



(C)SHINZO KATAYAMA

魔女の存在と意思(「サスペリア(2018)」ネタバレを 考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。

公開日初日に鑑賞してきました1月25日公開の『サスペリア(2018)』について語っています。

今回もいつもながら、こじつけと自論で展開しております。
興味のある方は最後までお付き合い頂けたら幸いです。

この記事はオリジナル版、リメイク版ともにネタバレを含みます。
ご注意ください。




作品概要


原題:Suspiria
製作年:2018年
製作国:イタリア・アメリカ合作
配給:ギャガ
上映時間:152分
映倫区分:R15+


・解説

映画史に名を刻むダリオ・アルジェントの傑作ホラーを、「君の名前で僕を呼んで」のルカ・グァダニーノ監督が大胆にアレンジし、オリジナル版とは異なる視点から新たに描いた。1977年、ベルリンの世界的舞踊団「マルコス・ダンス・カンパニー」に入団するため、米ボストンからやってきたスージー・バニヨンは、オーディションでカリスマ振付師マダム・ブランの目に留まり、すぐに大きな役を得る。しかし、マダム直々のレッスンを受ける彼女の周囲では不可解な出来事が続発し、ダンサーたちが次々と謎の失踪を遂げていく。一方、患者だった若きダンサーが姿をくらまし、その行方を捜していた心理療法士のクレンペラー博士が、舞踊団の闇に近づいていくが……。「フィフティ・シェイズ」シリーズのダコタ・ジョンソンほか、ティルダ・スウィントンクロエ・グレース・モレッツら豪華女優陣が共演。イギリスの世界的ロックバンド「レディオヘッド」のトム・ヨークが映画音楽を初めて担当した。撮影はグァダニーノ監督の前作「君の名前で僕を呼んで」に続き、「ブンミおじさんの森」などで知られるタイ出身のサヨムプー・ムックディープロム。

サスペリア : 作品情報 - 映画.comより引用



・予告編






オリジナル版『サスペリア(1977)』

今回、『サスペリア(1977)』のリメイクということで、正直なところ期待と不安、フィフティーフィフティーだったわけですよ。



君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督に決定!と初めて聞いた時には
「おいおいおいおい!」
と。


いや、監督がどうこうというよりも、リメイクするのかという方に驚きが。
リメイクすることは、古い映画への認知、古参新参共に楽しめるという点では賛成なんですがね。



何を隠そう、当管理人レクはですね…
サスペリア大好きマン!!!
なんですよ(笑)



キャッチコピー
「決してひとりでは見ないでください」
インパクトを与えた作品でもあります。



特別ダリオ・アルジェント監督のファンというわけでもないのですが、魔女三部作の中でもそりゃあもう『サスペリア(1977)』は至高です。

続編の『インフェルノ』、『サスペリア・テルザ 最後の魔女』はまあ置いておいて、『サスペリア(1977)』はずっと色褪せない傑作だと思ってます。



ということで『サスペリア(1977)』から語らなければ本作の話には入れないので、少し前置きが長くなりますが語ります、すみません。
語りたいだけなので、オリジナル版の話なんか要らないんだよという方は飛ばしていただいて結構です(笑)

正直な話、リメイクと言いつつオリジナル版の鑑賞は必須ではありません。

なぜなら、オリジナル版『サスペリア(1977)』とは異なる視点から描いたものとのことで、基本的に予備知識がなくてもひとつの作品としてしっかりと成り立っています。

むしろ、過去の有名作を40年以上経った今リメイクするということについて、改変は大正解だと思います。
同じストーリーを準えるだけではオリジナル版を鑑賞した方にとっては面白味に欠けちゃいますからね。


しかし、しかしですよ?
オリジナルを観ていれば「おっ!」となる箇所は幾つかあります。
そして、この魔女三部作の一作目『サスペリア』においては特に魔女の存在をしっかりと把握することで見えてくるものがあるんじゃないかと思っております。





Twitterの"1日1本オススメ映画"というタグでも『サスペリア(1977)』をオススメしています。



もしオリジナル版をご鑑賞なさるならこちら、HDリマスター パーフェクト・コレクションがオススメです!


ここで記載したダリオ・アルジェント魔女三部作の魔女とは何か?という話をしておきましょうか。
一応、リメイク版でも言及はされますが、魔女三部作ではより詳しく言及されています。


魔女三部作では一作目『サスペリア(1977)』に登場する魔女の正体は続編『インフェルノ』、『サスペリア・テルザ 最後の魔女』で明かされることになります。




要約すると

サスペリア(1977)』に登場した三姉妹の魔女の1人"溜息の母(『インフェルノ』では嘆きの母)"。
続いて『インフェルノ』に登場した魔女"暗黒の母(『インフェルノ』では暗闇の母)"。
サスペリア・テルザ 最後の魔女』では魔女"涙の母"。

インフェルノ』にて。
近所の骨董屋で"3人の母"という本を見つけます。
その本の著者はバレリという人物で、数世紀前の建築家。
その"3人の母"(魔女)のためにそれぞれフライブルク、ローマ、ニューヨークで家を建てたことが明かされる。

サスペリア・テルザ 最後の魔女』にて。
1000年以上前に3人の姉妹が黒海の近くで姿を現し、世界中を放浪して行く先々の村や町で死や破壊、混沌をもたらした。
やがて3人は安住の地を求め溜息の母はフライブルクに、暗黒の母はニューヨークに、涙の母はローマにそれぞれが移り住んだとされる。

サスペリア(1977)』の舞台がドイツ。
インフェルノ』の舞台がアメリカ。
サスペリア・テルザ 最後の魔女』の舞台がイタリアというわけです。




さて、ここからは魔女について少し話を進めましょう。
魔女の正体について魔女三部作から得た情報を元に独自に探っていきます。


ここで言う"3人の母"とは、クトゥルフ神話ニャルラトホテプ(Nyarlathotep)の産み落とした百万の恵まれたもののうちの三体。

マーテル・ススピリオルム(Mater Suspiriorum, 嘆息の聖母)、マーテル・テネブラルム(Mater Tenebrarum, 闇の聖母)、マーテル・ラクリマルム(Mater Lachrymarum, 涙の聖母)。


H・Pラヴクラフトの作品『魔女の家の夢』で「黒い男」として現れたナイアーラトテップ

ナイアーラトテップ (Nyarlathotep) は、クトゥルフ神話などに登場する架空の神。日本語では他にナイアーラソテップ、ナイアルラトホテップニャルラトホテプ、ニャルラトテップなどとも表記される。

ナイアーラトテップ - Wikipediaより引用



この嘆きの聖母たちは、ギリシア神話におけるゴルゴン三姉妹のモデルとも言われています。

また、1839年歴史学者フランツ・ヨーゼフ・モーネが唱えた説によると、魔女宗教とはかつて黒海沿岸にいたゲルマン人ヘカテー崇拝と接したことで生まれた地下宗教であるとのこと。


ヘカテーウィリアム・ブレイク/画、1795年)

ヘカテー古代ギリシャ語: Ἑκάτη, Hekátē)は、ギリシア神話の女神である。
ヘカテー」は、古代ギリシア語で太陽神アポローンの別名であるヘカトス(Ἑκατός, Hekatós「遠くにまで力の及ぶ者」、または「遠くへ矢を射る者」。陽光の比喩)の女性形であるとも、古代ギリシア語で「意思」を意味するとも言われている。

「死の女神」、「女魔術師の保護者」、「霊の先導者」、「ラミアーの母」、「死者達の王女」、「無敵の女王」等の別名で呼ばれた。


3面3体の姿をしたヘカテーの像(キアラモンティ美術館所蔵)

中世においては魔術の女神として魔女と関連付けられた。
また、シェイクスピアによって書かれた戯曲『マクベス』に登場するヘカテーは、マクベスに予言を行った3人の魔女たちの支配者として描かれている。

過去、現在、未来という時の三相を表している。

ヘカテー - Wikipediaより引用


このことからも3人の魔女の基となったのはクトゥルフ神話の3人の魔女、死の女神と称されるヘカテーの混合の宗教、悪魔崇拝であろうと考えられます。



当時はアーティスティックでショッキングな前衛的なホラー映画。
女性の身に降りかかる畏怖や狂気を孕んだ夢か現実かも分からないような恐怖体験。
美しい死体に刺激的な色彩、そして何よりも
「わけがわからない」んです。


イタリアンホラーによくある事なんですが、とっ散らかってて全てを理解なんて出来ないんですよね。

伏線か?と思ったら回収されずにそのままであったり、構えれば構えるほどこの映画の不可解さに取り込まれていく感覚…そうなんです、簡単にリメイクしても納得のいく作品が出来るような代物ではない作品なんですよ(笑)

ここがリメイクと聞いて不安になった大きな要因。


あくまでこれはオリジナル版の情報から抜き取ったものに過ぎません。
オリジナル版を既に鑑賞されている方は、このオリジナル版をどう解釈するかによってリメイク版の解釈、また評価も変わってくるのではないでしょうか?



今回、リメイクという名目でそんな名作を、持ち前の丁寧さとセンスで「再構築」したルカ・グァダニーノ監督。
君の名前で僕を呼んで』で知名度、認知度も高くその名を知らしめた監督が作る新しい『サスペリア』。

今作は
ダリオ・アルジェントではなくルカ・グァダニーノの『サスペリア』劇場の開演なんです。



リメイク版『サスペリア(2018)』

さて、ここからはリメイク版『サスペリア(2018)』の話に入っていこうと思います。

先ずなんと言っても目玉はキャスト。



1977年公開のオリジナル版のヒロインを演じたジェシカ・ハーパーが41年の歳月を経て同名タイトル作品に出演!
リメイク版では心理療法クレンペラー博士の妻アンケ役を演じています。

ここで小さな感動が(笑)



公開前に1人3役を演じていることが明かされたティルダ・スウィントン

その中でも特殊メイクで演じた心理療法士クレンペラ―博士が凄い。
ルッツ・エバースドルフ名義で本編クレジットされている82歳の男性。

なんたって、あるカットで股間が露わになるんだもの。




さてさて、オリジナル版『サスペリア(1977)』とリメイク版『サスペリア(2018)』を比較すると、一番に目に見えるのは色調の違い。



サスペリア(1977)』


サスペリア(2018)』



オリジナル版には序盤からの視覚的演出がありますが、リメイク版では序盤は落ち着いた印象。
これは演出にも同じように反映されています。

オリジナル版の方でも話しましたが、『サスペリア』の舞台はドイツ。
リメイク版『サスペリア(2018)』ではオリジナル版と同じ年代でもある1977年当時のドイツの背景を共に描き、何か起こりそうな不穏な空気を演出しています。




少し、当時のドイツがどのような状況であったのか、引用しておきます。

ドイツの秋(ドイツのあき、Deutscher Herbst)は、1977年後半の西ドイツ(当時)で起こった、一連のテロ事件の通称。

ドイツ赤軍(Rote Armee Fraktion、RAF)は、この年の9月にドイツ経営者連盟会長ハンス=マルティン・シュライヤー(Hanns-Martin Schleyer)を誘拐し、10月にはパレスチナ解放人民戦線PFLP)とともにルフトハンザ機をハイジャックした。ハイジャック機には特殊部隊が突入し、RAF幹部は獄中で相次ぎ自殺し、シュライヤーは遺体で発見されるという衝撃的な結末を迎えたこれらの事件は、マスコミで連日連夜大きく報じられた。戦後最大のテロ事件と政治的危機により西ドイツ社会は恐怖に震えた。

ドイツの秋 - Wikipediaより引用

ドイツ赤軍(ドイツせきぐん、ドイツ語: Rote Armee Fraktion, RAF)は、1968年結成のドイツ連邦共和国(西ドイツ)における最も活動的な極左民兵組織、テロリスト集団。バーダー・マインホフ・グルッペ(ドイツ語: Baader-Meinhof-Gruppe)との名称も使用した。ドイツ語名の直訳は「赤軍派」だが、日本では「ドイツ赤軍」または「西ドイツ赤軍」の呼称が一般的である。

1977年の後半にはブリギッテ・モーンハウプトとクリスティアン・クラーを新たな指導者として、相次いで事件を起こし西ドイツを震撼させた。

1977年9月5日には西ドイツ経営者連盟会長ハンス=マルティン・シュライヤーが誘拐された。1977年10月にはルフトハンザ航空181便ハイジャック事件を起こすが、ソマリアモガディシュに着陸したところを西ドイツ政府によって派遣された特殊部隊GSG-9によって急襲された。結果、ハイジャック犯3名を射殺、1名を逮捕、乗客人質全員を救出され、ハイジャックの失敗を知ったバーダーらは獄中で自殺。10月19日、ドイツ赤軍は誘拐した会長を殺害、遺体はフランスで発見された。

ドイツ赤軍 - Wikipediaより引用


直接的に本筋とは関わりはありませんが、1968年にアンドレアス・バーダー、ウルリケ・マインホフ、グドルン・エンスリンは極左地下組織「バーダー・マインホフ・グルッペ」(後にドイツ赤軍と改称)を結成。

ドイツ赤軍の指導者でもあるウルリケ・マインホフはテロリストの母と称されることもしばしば。
ある意味で魔女のような存在と言えます(こじつけ)。



この不穏な空気が、リメイク版ではテーマ性を盛り立て、良い感じに活きてくるんですよね。

当時のドイツの時代背景と並行して舞踊団で巻き起こる不可解な出来事。
まるでナチズムのように抑圧に苛まれる人々を舞踊団という小さな枠組みの中で投影したように、尚且つ夢か現実かわからないオリジナル版とは違い、よりリアルに生々しく映し出すことで露わとなる救済(ここについては後述しています)。

舞踊団の一員が「マルコス!」と掛け声を上げていたのも、ナチス政権のような抑圧的独裁政権を彷彿とさせます。





ラストシークエンスで地下の真っ赤に染まる部屋。
これはオリジナル版のように刺激的な色彩を見せて来なかったリメイク版が、溜めに溜めた鬱憤を晴らすような破壊力のあるインパクトを与えてくれます。

赤を基調とした映像と同化するように鮮血の紅が混ざり合う芸術性。
目が釘付けになること間違いなし。


魔女達の集会(サバト)については映画『ウィッチ』で語っています。


また、悪魔崇拝は映画『ヘレディタリー/継承』にも通ずるものがあります。







地下での集会サバトに入る直前
弟子達との会食はレオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」的な構図。
マダム・ブランとスージーが互いに見合うシーンはこの後、何か大変なことがあるな…と思わせる。

勿論、ここで言うイエスはマザー・マルコスのこと、そしてユダはスージーです。

ちなみに人数も数えましたが、この会食で腰掛けた人数は12人、使徒の数と一致します。


作者レオナルド・ダ・ヴィンチ

『最後の晩餐』(さいごのばんさん、英: The Last Supper伊: L'Ultima Cena)は、キリスト教の聖書に登場するイエス・キリストの最後の晩餐の情景を描いた絵画。ヨハネによる福音書13章21節より、12弟子の中の一人が私を裏切る、とキリストが予言した時の情景である。

最後の晩餐 (レオナルド) - Wikipediaより引用

そしてサバトで、周りを踊る女性達の中心にあったサラとパトリシアを含む三位一体像

これこそが上記で挙げた3人の母のモデル"ヘカテー"を彷彿とさせ、魔女誕生の儀式、クライマックス感をヒシヒシと感じられる仕様になっています。




オリジナル版のストーリーの大筋を準えてはいますが、ほぼ別物と言ってもいい内容、特に結末が大きく改変されています。

サスペリア(1977)』ではマルコスが嘆きの母という設定でしたが、『サスペリア(2018)』ではなんとスージーが嘆きの母という設定に。

冒頭の
「母はあらゆる者の代わりにはなれるが、何者も母の代わりにはなれない」
という言葉は正にこれ。


マザー・マルコスも、マダム・ブランも、嘆きの母の可能性として候補に挙がっていました。
マルコスを魔女の1人だと思い込んでいた舞踊団のメンバー(と我々観客)。
彼女の器となるダンサーを探し求めていたところ、ついに相応しい人物スージーが現れたぜ!

と思い込ませておいてのコレですよ。
嘆きの母になる者は実は初めから決まっていたということですよ。



そして、先程記述しましたが

まるでナチズムのように抑圧に苛まれる人々を舞踊団という小さな枠組みの中で投影したように、尚且つ夢か現実かわからないオリジナル版とは違い、よりリアルに生々しく映し出すことで露わとなる救済。

スージーはあの地下儀式により3人の母の1人、嘆きの母として新たに誕生しました。

そこで行われたのが望みを叶えること
また、その後にクレンペラ―博士の自宅を訪れ、記憶を消したこと



上記で"3人の母"は"ヘカテー"説を説きましたが、ヘカテーの持つ特徴に「死の女神」と「遠くにまで力の及ぶ者。遠くへ矢を射る者。陽光の比喩。」、また古代ギリシア語で「意思」を意味するとも言われている。

三相は過去、現在、未来を表し、クレンペラー博士の妻アンケの行く末を知っていたのも頷ける。

ラストカットのスージーの微笑みも、きっと未来を見据えたもの。
残りの2人の魔女も復活させてしまうのだろうか…。



ホロコーストで迫害されてきたユダヤ人と魔女狩りで虐げられてきた魔女。
その2つの接点が見えてくる。

望むものに死を、そして苦悩の忘却。
スージー意思で行った抑圧的な環境からの解放と悲哀に満ちた人生からの解放
一見、舞踊団の魔女たちへの復讐、見方によっては虐げられてきた者たちへの救済と受け取れませんか?



「おいおいおいおい!」と。

やりやがったな!と。
僕好みの展開じゃないか!と。

ルカ・グァダニーノ監督、リメイク決定と聞いた時に不安を抱いてごめんなさい!と。



不明瞭で畏怖する対象となる魔女を説明的に丁寧に描いたことで、リメイク版単品でもひとつの作品として成立しています。

オリジナル版『サスペリア(1977)』で描いた"魔女の存在"から、更に踏み込んだ新たな"魔女の存在と解釈"

リメイクの存在意義についても確実のものとしたリメイク版『サスペリア(2018)』。


こりゃあとんでもないものを見せられたと思うわけですよ!



良くも悪くもダリオ・アルジェントルカ・グァダニーノ、2人の監督によってオリジナル版とリメイク版で異なる視点から映画が作られた。という事実が素晴らしい‬!




終わりに

長々と失礼しました。
オリジナル版『サスペリア(1977)』についてはもう少し語ることはあったのですが、だいぶ端折らせていただきました。
あくまでもリメイク版『サスペリア(2018)』に必要な部分のみ記述したつもりです。


少し…いや、かなり独断と偏見を交えながら語ってきた新旧『サスペリア』。
如何でしたか?

芸術性に富んだオリジナル版『サスペリア(1977)』
社会性を取り込んだリメイク版『サスペリア(2018)』
どちらも素晴らしい映画であり、割と好みな内容で安心しました。


とはいえ、今年は1月から凄い作品が出てきますね!
後半に失速しないか心配になってしまう程です(笑)



また不定期に、ブログ案件の映画に出会うまでは書きませんが、今後ともよろしくお願いいたします。

最後までお読みくださった方、ありがとうございました。




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歴史を作る全ての女性に対する賛美(「バハールの涙」ネタバレなし感想)

目次




初めに

こんばんは、レクと申します。
今年初の更新ということで・・・

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。(遅)

今年も不定期ながら更新していきます。



さて、今日は「バハールの涙」について語っています。

この記事は物語の核心に迫るネタバレはありません。
いつものような考察記事ではなく、前情報として知っておいた方がいい事と当管理人が感じたこと、思ったことをそのまま綴っています。



作品概要


原題:Les filles du soleil
製作年:2018年
製作国:フランス・ベルギー・ジョージア・スイス合作
配給:コムストック・グループ、ツイン
上映時間:111分
映倫区分:G


・解説

「パターソン」のゴルシフテ・ファラハニが、捕虜となった息子の救出のためISと戦うこととなったクルド人女性を演じるドラマ。「青い欲動」のエバ・ウッソン監督が、自らクルド人自治区に入り、女性戦闘員たちの取材にあたって描いた。弁護士のババールは夫と息子と幸せな生活を送っていたが、ある日クルド人自治区の町でISの襲撃を受ける。襲撃により、男性は皆殺しとなり、バハールの息子は人質としてISの手に渡ってしまう。その悲劇から数カ月後、バハールはクルド人女性武装部隊「太陽の女たち」のリーダーとして戦いの最前線にいた。そんなバハールの姿を、同じく小さな娘と離れ、戦地で取材を続ける片眼の戦場記者マチルドの目を通して映し出していく。2018年・第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。

バハールの涙 : 作品情報 - 映画.comより引用



・予告編




予備知識として

ISはヤズディ教徒を虐殺するためにイラク北部を侵攻。
約50万人のヤズディ教徒が他国へ脱出、逃げ遅れた男性は殺害され、多くの女性と子ども達が拉致された。

この出来事は事実である。


この映画の出来事はそんな悲劇を基に着想を得て作られたもので、エヴァ・ウッソン監督自身も逃げ出してきた女性たちの証言を得るためにクルド人自治区の前線と難民キャンプへ足を運んでいます。



ゴルシフテ・ファラハニが演じた主人公バハールは、監督がそこで出会った彼女たちの証言から作り上げられたもの。

2018年にノーベル平和賞を受賞し、自らも性暴力や虐待の被害者として世界に訴えたシンジャル出身ヤズディ教徒のナーディヤ・ムラードを想起させる。


ナーディーヤ・ムラード・バーシー・ターハー(Nadia Murad Basee Taha)
ヤズィーディー教徒の人権活動家。1993年、イラクのスィンジャール(英語版)近くにあるヤズィーディー教徒のコミュニティ、コジョ村(アラビア語: كوجو)生まれ。ノーベル平和賞候補に名前が挙がり[4][5]、2016年9月16日に人身取引に関する国連親善大使に就任した。

ナーディーヤ・ムラード - Wikipediaより引用


エマニュエル・ベルコが演じた女性記者マチルダのモデルは戦地で片目を失った隻眼のジャーナリストのメリー・コルヴィンと、文豪アーネスト・ヘミングウェイの3番目の妻で従軍記者として1936年から活動したマーサ・ゲルホーンとのことです。

メリー・コルヴィン(Marie Catherine Colvin)
1956年、アメリカ合衆国ニューヨーク州ロングアイランドに生まれる。エール大学を卒業後、UPI通信を経て、1986年にサンデー・タイムズに移籍。レバノン内戦や第1次湾岸戦争チェチェン紛争東ティモール紛争など世界中の戦場や紛争地などの危険な取材を重ねる中、2001年のスリランカ内戦の取材時に左目を失明。その後、心的外傷後ストレス障害PTSD)を負いながらも現場復帰し、その際に付けるようになった黒い眼帯は彼女のトレードマークとなった。

2012年2月22日、シリア内戦が起きていたシリアのホムスにて、反政府勢力側の取材中に政府軍の砲弾を受けて死亡。56歳。
2018年、彼女の生涯を描いた映画『ア・プライベート・ウォー』が制作され、ロザムンド・パイクがコルヴィンを演じた。

メリー・コルヴィン - Wikipediaより引用

『私が愛したヘミングウェイ』(原題:Hemingway & Gellhorn)は、2012年、HBO制作のアメリカ合衆国のテレビ映画。

20世紀のアメリカ合衆国を代表する文豪アーネスト・ヘミングウェイと彼の3番目の妻となった戦時特派員マーサ・ゲルホーン(英語版)との恋愛をスペイン内戦や第二次世界大戦を背景に描いた作品。ヘミングウェイクライヴ・オーウェン、ゲルホーンをニコール・キッドマンが演じた。

私が愛したヘミングウェイ - Wikipediaより引用


女性監督でもあるエヴァ・ウッソンはこの映画を製作し戦場をリアルに描くことにあたって、このように語っています。

シナリオを書いているときから映画の完成までのすべてのプロセスにおいて、さまざまな人たちにアドバイスを求めました。フランス人の戦場ジャーナリストのグザヴィエ・ムンズはそのひとりで、私は1年にわたって彼から話を聞きました。また、クルド人の元兵士のサムからは、武器の種類や扱い方から、兵士たちが夜寝るときに銃をどこに置くかといったことまで、戦場にまつわるすべてを教わりました。
映画の冒頭に3人の戦場ジャーナリストが出てきますが、そのひとりをグザヴィエ自身が演じています。撮影の初日、彼はサムに言いました。「なんだかちょっと胸騒ぎがする。この撮影現場にいるとまるでクルディスタンにいるような気分になってしまう」と。サムは、「君もか。僕はいま、無意識に地雷を探していた」と答えたそうです。実際に戦地にいた彼らがそんなふうに反応したことに私は凄く驚いたと同時に、安堵もしました。現実に即した形で戦場を表現するのにひとまず成功したわけですから。

https://www.vice.com/jp/article/zmaby5/les-filles-du-soleilより引用




感想

捕虜となった女性たち。
"女性という表現が真実ではない"という言葉が包含する重み。

この映画は決して強い女性を描いたものではない。
バハールを中心に何故戦わざるをえない状況に陥ったか、を過去と現在で壮絶に描いている。


人としての尊厳を奪われ、それでも生き抜くために、家族のために戦うことを選択せざるを得なかった女性戦闘員の意志。
真実を伝え続けるべく、観客に代わって戦場の最前線に立ち、数々の悲劇を見てきた女性ジャーナリストの意志。

「バハールの涙」は普遍的なもので、悲劇に抗い戦い続ける母への讃歌、歴史を作る全ての女性に対する賛美、そして我々観客に真実を届ける映画です。



また、淡々とした時間の流れが、緊迫した状況と過酷な環境を克明に表し、息づかいや鼓動にも似た音が不安を煽る演出。

この映画を観ていて、戦場で自分の弱さを感じるのは何故か?ということを理解することが重要であるようにも映る。
何故ならば、弱さを知ることで強くなれる、強くなろうとすることが出来るからだ。

それを表現されたのが、立場は違えど似たような境遇にあった女性ジャーナリストのマチルダと女性戦闘部隊リーダーのバハール。

強さと弱さの両方を表現することがこの映画で最も重要な点だったと思う。



人が信じたいのは夢や希望。悲劇から必死に目を背けたがる。

人は他人に無関心だからこそ、真実を語り訴え続ける必要がある。


人は楽しい夢や未来への希望は何度でも観たいと思うが、真実はワンクリックで消される。

たとえ関心がないわけではなくとも、安全な国日本で暮らす我々は、このような悲惨な出来事でさえもニュースで流れる映像くらいしか受け取らない。

だからこそ、こういう映画を観るべきではないのだろうか。
もし、この映画の内包する何かしらのメッセージが伝わったとしたら、それは自由を手にするために悲劇に抗う女性たちが何かを残せたということになるのではないか?

感情移入出来なくてもいい。
共感出来なくてもいい。
お金を払い劇場で観ることに、このような悲劇に目を向けることに意味があると思う。



バハールの流した涙が彼女の抱えた背景を見せる。
是非、劇場で"バハールの涙"の意味を感じてもらいたい。



終わりに

と、ここまで感じたままにダラダラと書き綴ったわけですが、言葉で語るよりも実際に観て感じてほしいというのが本音です。

正直、簡単に纏めたら母への讃歌と女性賛美の映画なんですが、込められた想いに鑑賞後は何も言えない状態でした。
どんな言葉ですら安っぽくなってしまうんじゃないかって。

全てが劇中で語られています。
何度も言いますが、劇場で観て、感じてほしい映画です。
是非、劇場で!




(C)2018 - Maneki Films - Wild Bunch - Arches Films - Gapbusters - 20 Steps Productions - RTBF (Television belge)

2018年劇場鑑賞邦画ベスト10


目次




初めに

こんばんは、レクと申します。
恐らく、今年最後のブログ更新となりますので、まずは挨拶から。

年の瀬も押し詰まってまいりましたね、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
皆様方のお力添えにより今年もブログを続けられましたことを厚く御礼を申し上げます。

来年もマイペースではありますが、更新していきますのでよろしくお願い申し上げます。


では昨年に続き、今年劇場鑑賞した作品の中から邦画に絞ったベスト10をサクッと紹介していきます。



次点5作

まずは残念ながらベスト10に入らなかったけど、これも外せないと思う作品を5作品、ご紹介させていただきます。


教誨師

(C)「教誨師」members

感想


ギャングース

(C)2018「ギャングース」FILM PARTNERS (C)肥谷圭介鈴木大介講談社

感想


四月の永い夢

(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

感想


恋は雨上がりのように

(C)2018映画「恋は雨上がりのように」製作委員会 (C)2014 眉月じゅん小学館

感想


愛しのアイリーン

(C)2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ(VAP/スターサンズ/朝日新聞社

感想


番外編


ここで、ベスト10に入る前に今年一番笑った映画をご紹介しておきます。
とはいえ残念ながら邦画15位にはランクインせず…(笑)

番外編「娼年

(C)石田衣良集英社 2017映画「娼年」製作委員会

感想




10位〜4位

では本題に入っていきます。
まずは10位から4位まで一気に。

10位「日日是好日

(C)2018「日日是好日」製作委員会

解説

エッセイスト森下典子が約25年にわたり通った茶道教室での日々をつづり人気を集めたエッセイ「日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」を、黒木華主演、樹木希林多部未華子の共演で映画化。「本当にやりたいこと」を見つけられず大学生活を送っていた20歳の典子は、タダモノではないと噂の「武田のおばさん」が茶道教室の先生であることを聞かされる。母からお茶を習うことを勧められた典子は気のない返事をしていたが、お茶を習うことに乗り気になったいとこの美智子に誘われるがまま、流されるように茶道教室に通い出す。見たことも聞いたこともない「決まりごと」だらけのお茶の世界に触れた典子は、それから20数年にわたり武田先生の下に通うこととなり、就職、失恋、大切な人の死などを経験し、お茶や人生における大事なことに気がついていく。主人公の典子役を黒木、いとこの美智子役を多部がそれぞれ演じ、本作公開前の2018年9月に他界した樹木が武田先生役を演じた。監督は「さよなら渓谷」「まほろ駅前多田便利軒」などの大森立嗣。
日日是好日 : 作品情報 - 映画.comより引用

感想



9位「人魚の眠る家

(C)2018「人魚の眠る家」 製作委員会

解説

人気作家・東野圭吾の同名ベストセラーを映画化し、篠原涼子西島秀俊が夫婦役で映画初共演を果たしたヒューマンミステリー。「明日の記憶」の堤幸彦監督がメガホンをとり、愛する娘の悲劇に直面し、究極の選択を迫られた両親の苦悩を描き出す。2人の子どもを持つ播磨薫子と夫・和昌は現在別居中で、娘の小学校受験が終わったら離婚することになっていた。そんなある日、娘の瑞穂がプールで溺れ、意識不明の状態に陥ってしまう。回復の見込みがないと診断され、深く眠り続ける娘を前に、薫子と和昌はある決断を下すが、そのことが次第に運命の歯車を狂わせていく。
人魚の眠る家 : 作品情報 - 映画.comより引用

感想



8位「栞」

(C)映画「栞」製作委員会

解説

大分県を舞台に、理学療法士の青年が様々な境遇の患者たちや周囲の人々と向き合いながら成長していく姿を描いた人間ドラマ。理学療法士として献身的に患者のサポートに取り組んでいる真面目な青年・高野雅哉。ある日、彼が働く病院に、疎遠になっていた父・稔が入院してくる。徐々に弱っていく父の姿を目の当たりにする一方で、担当している患者の病状が悪化するなど、理学療法士として出来ることに限界を感じ無力感に苛まれる雅哉。そんな折、ラグビーの試合中に怪我をした患者を新たに担当することになった雅哉は、その患者の懸命な姿に心を動かされ、仕事への情熱を取り戻していく。主人公・雅哉役に三浦貴大。自身も理学療法士の経歴を持つ榊原有佑監督がオリジナルストーリーで描く。
栞 : 作品情報 - 映画.comより引用

感想



7位「オー・ルーシー!

(C)Oh Lucy,LLC

解説

第67回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門(学生部門)で上映された平柳敦子監督による桃井かおり主演の同名短編映画を、寺島しのぶを主演に迎え、平柳監督自身が長編作品として再映画化。近い将来やってくる「退職」と、いずれ訪れる「死」をただ待つだけの毎日を送る43歳の独身OL節子。ひょんなことから通うことになった英会話教室の授業で節子は、教室内では金髪のカツラをかぶり「ルーシー」というキャラになりきることを強いられた。アメリカ人講師ジョンによるこの風変わりな授業によって節子の眠っていた感情が解き放たれ、節子はジョンに恋をする。そんな幸せな時間も長くは続かず、ジョンは節子の姪の美花ともに日本を去ってしまう。主人公の節子を寺島が演じ、南果歩忽那汐里役所広司らが出演するほか、「パール・ハーバー」「ブラックホーク・ダウン」のジョシュ・ハートネットが参加。
オー・ルーシー! : 作品情報 - 映画.comより引用

感想



6位「孤狼の血

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

解説

広島の架空都市・呉原を舞台に描き、「警察小説×『仁義なき戦い』」と評された柚月裕子の同名小説を役所広司松坂桃李江口洋介らの出演で映画化。「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」の白石和彌監督がメガホンをとった。昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島・呉原で地場の暴力団・尾谷組と新たに進出してきた広島の巨大組織・五十子会系の加古村組の抗争がくすぶり始める中、加古村組関連の金融会社社員が失踪する。所轄署に配属となった新人刑事・日岡秀一は、暴力団との癒着を噂されるベテラン刑事・大上章吾とともに事件の捜査にあたるが、この失踪事件を契機に尾谷組と加古村組の抗争が激化していく。ベテランのマル暴刑事・大上役を役所、日岡刑事役を松坂、尾谷組の若頭役を江口が演じるほか、真木よう子中村獅童ピエール瀧竹野内豊石橋蓮司ら豪華キャスト陣が脇を固める。
孤狼の血 : 作品情報 - 映画.comより引用

感想


5位「8年越しの花嫁 奇跡の実話」

(C)2017映画「8年越しの花嫁」製作委員会

解説

YouTube動画をきっかけに話題となり、「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」のタイトルで書籍化もされた実話を、佐藤健&土屋太鳳の主演で映画化。結婚を約束し幸せの絶頂にいた20代のカップル・尚志と麻衣。しかし結婚式の3カ月前、麻衣が原因不明の病に倒れ昏睡状態に陥ってしまう。尚志はそれから毎朝、出勤前に病院に通って麻衣の回復を祈り続ける。数年後、麻衣は少しずつ意識を取り戻すが、記憶障害により尚志に関する記憶を失っていた。2人の思い出の場所に連れて行っても麻衣は尚志を思い出せず、尚志は自分の存在が麻衣の負担になっているのではと考え別れを決意するが……。「64 ロクヨン」の瀬々敬久監督がメガホンをとり、「いま、会いにゆきます」の岡田惠和が脚本を担当。
8年越しの花嫁 奇跡の実話 : 作品情報 - 映画.comより引用

感想


4位「ちはやふる 結び」

(C)2018 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀講談社

解説

末次由紀の大ヒットコミックを広瀬すず主演で実写映画化した「ちはやふる 上の句」「ちはやふる 下の句」の続編。瑞沢高校競技かるた部の1年生・綾瀬千早がクイーン・若宮詩暢と壮絶な戦いを繰り広げた全国大会から2年が経った。3年生になった千早たちは個性派揃いの新入生たちに振り回されながらも、高校生活最後の全国大会に向けて動き出す。一方、藤岡東高校に通う新は全国大会で千早たちと戦うため、かるた部創設に奔走していた。そんな中、瑞沢かるた部で思いがけないトラブルが起こる。広瀬すず野村周平新田真剣佑ら前作のキャストやスタッフが再結集するほか、新たなキャストとして、瑞沢かるた部の新入生・花野菫役をNHK連続テレビ小説あまちゃん」の優希美青、筑波秋博役を「ミックス。」の佐野勇人、映画オリジナルキャラクターとなる千早のライバル・我妻伊織役を「3月のライオン」の清原果耶、史上最強の名人・周防久志役を「斉木楠雄のΨ難」の賀来賢人がそれぞれ演じる。
ちはやふる 結び : 作品情報 - 映画.comより引用

感想




ベスト3

ここからは邦画ベスト3です。


3位「勝手にふるえてろ

(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

解説

芥川賞作家・綿矢りさによる同名小説の映画化で、恋愛経験のない主人公のOLが2つの恋に悩み暴走する様を、松岡茉優の映画初主演で描くコメディ。OLのヨシカは同期の「ニ」からの突然の告白に「人生で初めて告られた!」とテンションがあがるが、「ニ」との関係にいまいち乗り切れず、中学時代から同級生の「イチ」への思いもいまだに引きずり続けていた。一方的な脳内の片思いとリアルな恋愛の同時進行に、恋愛ド素人のヨシカは「私には彼氏が2人いる」と彼女なりに頭を悩ませていた。そんな中で「一目でいいから、今のイチに会って前のめりに死んでいこう」という奇妙な動機から、ありえない嘘をついて同窓会を計画。やがてヨシカとイチの再会の日が訪れるが……。監督は「でーれーガールズ」の大九明子。2017年・第30回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞を受賞した。
勝手にふるえてろ : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編

感想



2位「斬、」

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

解説

「野火」「六月の蛇」の塚本晋也監督が、池松壮亮蒼井優を迎えて描いた自身初の時代劇。250年にわたって続いてきた平和が、開国か否かで大きく揺れ動いた江戸時代末期。江戸近郊の農村を舞台に、時代の波に翻弄される浪人の男と周囲の人々の姿を通し、生と死の問題に迫る。文武両道で才気あふれる主人公の浪人を池松、隣人である農家の娘を蒼井が演じ、「野火」の中村達也、オーディションで抜擢された新人・前田隆成らが共演。「沈黙 サイレンス」など俳優としても活躍する塚本監督自身も出演する。2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。
斬、 : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編

感想



1位「犬猿

(C)2018「犬猿」製作委員会

解説

「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔が4年ぶりにオリジナル脚本でメガホンをとり、見た目も性格も正反対な兄弟と姉妹を主人公に描いた人間ドラマ。印刷会社の営業マンとして働く真面目な青年・金山和成は、乱暴でトラブルばかり起こす兄・卓司の存在を恐れていた。そんな和成に思いを寄せる幾野由利亜は、容姿は悪いが仕事ができ、家業の印刷工場をテキパキと切り盛りしている。一方、由利亜の妹・真子は美人だけど要領が悪く、印刷工場を手伝いながら芸能活動に励んでいる。そんな相性の悪い2組の兄弟姉妹が、それまで互いに対して抱えてきた複雑な感情をついに爆発させ……。和成役を「東京喰種 トーキョーグール」の窪田正孝、卓司役を「百円の恋」の新井浩文、由利亜役をお笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子、真子役を「闇金ウシジマくん Part3」の筧美和子がそれぞれ演じる。
犬猿 : 作品情報 - 映画.comより引用

予告編

感想



終わりに

もし、ご覧になられていない作品が御座いましたら是非。

ちなみに、今年の劇場鑑賞ベスト10はこちらになります。


いくつか劇場鑑賞を逃して悔しい思いをした作品はあれど、特に観る予定もなくフラッとその時に観た映画が素晴らしかった、なんてこともありまして…やはり先入観や固定概念は捨てて先ずは観てみることが重要なのかなと思う一年でした。


来年も自分にとって素晴らしいと思える作品に出会えることを。
そして、皆さんにとっての傑作を見つけられることを願っています。



最後までお読みくださった方、ありがとうございました。
改めまして、今年最後のご挨拶として。

時節柄、何かとご多忙のことと存じますが、皆様くれぐれもご自愛ください。
良いお年を!